第19話 〆切りの願い(2)

文字数 1,326文字

 翌日、紗枝は住宅街を歩いていた。

 昼過ぎ、どうにか今日の分の仕事を終わらせた。相変わらず仕事は全く面白くなく、〆切りまで書けるかわからない。

 デビュー前や直後は、この仕事に胸を躍らせていたが、だんだん現実が見えてくる。シリーズの存続はハードルが高いし、歴史描写をすれば、マニアがいちゃもんをつけてくる。電子書籍の印税は雀の涙。売れてる作家とそうでない作家の落差がえぐい。10年前は見向きもされないジャンルが、突然人気になったりもする。どこかギャンブルのような面もある仕事だ。その割には、売れない作家は人気設定以外絶対に書かせてくれない。

 現実が見えてくると、お花畑で楽しんでいるのは読者だけだったと気づく。作者はお花畑を維持する為に泥まみれで雑草を抜き、虫を殺し、枯れた花を捨てていた。全く夢も希望もない。しかし、読者の手前、「作家は過酷で残酷な仕事」とも言えず、大きなジレンマに陥っていた。

 そんな鬱鬱とした思考をやめて顔を見上げると、大きな鳥居がみえた。夏の蒼い空と、真っ赤な鳥居の対比が鮮やかだ。木々に囲まれていて、ここだけが住宅街にあるオアシスのよう。パワースポットかも知れない。紗枝は妊娠するため、引き寄せの法則の本は熱心に見ていた。神社は興味はなかったが、ツキがありそうな気がした。他に参拝客もいないのが、より神社に歓迎されていると感じた。確かこの近所はラブホやヤクザの事務所もあったが、紗枝はそんな事はすっかり忘れていた。

 だんだんと紗枝の機嫌も良くなる。引き寄せの法則の本にも「叶った波動、ポジティブな感情を維持しろ」と書かれていた。そう、仕事でイライラしていたが、もっとポジティブでいなければ。〆切り前でナーバスになり、鬱鬱としてしまったが、ポジティブ思考の方が絶対いい。

 鳥居をくぐり、手水舎で手を洗う。引き寄せの法則の本にも何故か神社作法が書いてあった事を思い出す。作法を間違えると引き寄せ力が作動しないらしい。意外とルールに厳格な神様らしい。

 こうしてルール通りに鈴をならし、賽銭箱に五円玉を入れ、二礼二拍手して願いを心の中で呟く。

『まずはベストセラー作家になりたいです。重版印税だけで生活したいです。夫との赤ちゃんが欲しいです。ダイエットしないで5キロ痩せたいです。臨時収入ください。アラフォー向けの雑誌で読者モデルになりたいです。美魔女になれたら最高です。ついでに〆切りが守られたらもっと良いです』

 我ながら欲深いとも思ったが、どうせ願うのなら全部言った方がいいだろう。さっきまで感じていた神聖な空気は感じず、普通の色褪せた古い神社にしか見えなかったが、別にそれでも良いと思った。

 所詮、人間なんて欲深い動物なのだ。欲望を持って何が悪い。引き寄せの法則の本でも「欲望を解放しよう」と書いてある。そうじゃないない本でも「自己肯定感を上げ自分軸で生きようとか「自己肯定感がある人が小悪魔系でモテる」「好きな事だけで生きていこう」「気の合わない人とは距離をとろう」「繊細なあなたは生きづらくて当然」と呪いのような言葉が書いてあった。

 紗枝は開き直り、帰ろうとした。

「これ、何?」

 本堂のすぐ横の広場に、見た事もないものがあった。
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登場人物紹介

悪魔

あやかし神社の主。人間の記憶を食い幽霊のフリ、天使、動物やイケメンのフリをして人間を騙している。ヤクザのように願いの代償を請求する。聖書の神様に敵対。

悪霊

悪魔の手先。人間の心に棲みつく実行部隊。あやかし神社では眷属のフリをしている。

聖書

悪魔と人間が結んだ契約を破棄する鍵…?

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