第2話 結婚の願い(1)

文字数 1,508文字

 樋口久美は、ため息をつきながら帰り道を歩いていた。

 その顔はアラサーの割に疲れている。化粧や服装も頑張っている様子は伝わってくるが、どことなく覇気の無い女性だった。

 それもそのはずである。

 今日も婚活だったが、良い男に出会えなかった。

 しかも今回は最悪だ。アプリで知り合った年収1000万越えの自称・医者という男に会いにいったが、ろくでも無い男だった。母親を同伴させ、かなりのマザコンだった。どうやら医者である事は本当だろうが、親の言う通りに勉強をがんばり、医学部に入ったそうだ。親子で年収自慢などもしていて、最悪だ。高卒や派遣社員や介護職を自己責任で努力不足だと馬鹿にしていた。一つ収穫があるとすれば、医者は抗がん剤と抗うつ剤は自分には身体に悪いので使わないと言っていた事だろうか。

 自分のは使わないものを患者に平気で売りつけているなんて……とも思ったが、医者なんてそんなもんだろう。婚活で会った自称・医者は120%糞だった。まともな医者は、普通にモテるから婚活サービスなんて使わないのだろう。さっき会った男のように親に言われてステータスで医者になったものばっかりだ。

 まあ、婚活する女性の方も男をステータスにしか見ていないから、そんなもんだろう。似たもの同士で引き合っているだけなのかも知れない。

 そんな事も思うと、どっと憂鬱になってきた。自分はハイスペ男子の税金対策方法とか、帰国子女特有の悩み、人気のビジネス書や古典や聖書なんて知らない。ハイスペになればなるほどヨガや瞑想、宗教の話をしているのが意外で、上にのし上がるのには、「霊」の力が必要とかよくわからない事も話していた。ハイスペ男子は新興宗教信者も多く意味がわからない。特に会社経営者は何らかの宗教に入っていた。運良くパーティーなどでハイスペ男子と会っても話が合わないのが悩みの種だった。結婚する事は、果てしなく長い道のりのように思えてきた。

 そんな憂鬱な気持ちを抱えながら、家のそばにある住宅街を歩いていると、神社があるのが見えた。木々に囲まれ、立派な赤い鳥居も見える。

「あやかし神社? こんな神社あったっけ?」

 近所にあるはずだが、こんな神社がある事など知らなかった。しかも「あやかし神社」なんてファンタジーじみた名前の看板もある。

 神社は静かで人はいないようだ。それが余計に怖くなったが、お参りしても良い気もしていた。ファンタジーじみた名前の神社だが、逆に御利益がある気がする。良い人と結婚できるよう、願掛けでもしようか。

 こうして久美は赤い鳥居をくぐった。

 神社は木々に囲まれて、森の中にいるみたいだ。そういえば神社は自然も神が宿るとか言われていたのを思い出す。石畳も掃除され、葉っぱ一枚落ちていなかった。

 人がいないので、やっぱりちょと怖い。今は昼間で明るいはずなのに、墓地にでも紛れてしまった気分だ。おみくじが木にいっぱい括られていたが、風に揺れてカサカサと音がする。妙にその音が耳につく。

 一応手水舎に行き、手を洗った。確か作法はこんな感じだったと思う。間違えたらバチが当たりそうで、ちょっと怖い。

 こうして本殿に近づき、賽銭箱に小銭を投げた。

 たった十円で婚活が成功するとは思えないが、とりあえず、心の中で声を出す。

『結婚させてください。良い人と結婚したいです。親のようにはなりたくないです!』

 見上げると太いしめ縄があった。二匹の蛇が絡まっているようにも見えるが、神聖な気持ちにもなる。

「あ、鈴を鳴らすのを忘れてたわ」

 久美はその事に気づいて、カラカラと鈴を鳴らす。乾いた音があたりに響いた。

 すると、予想もできない事が起きていた。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

悪魔

あやかし神社の主。人間の記憶を食い幽霊のフリ、天使、動物やイケメンのフリをして人間を騙している。ヤクザのように願いの代償を請求する。聖書の神様に敵対。

悪霊

悪魔の手先。人間の心に棲みつく実行部隊。あやかし神社では眷属のフリをしている。

聖書

悪魔と人間が結んだ契約を破棄する鍵…?

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み