第64話 芸能上達の願い(3)
文字数 1,939文字
「あんた、大丈夫?」
そこに制服姿の高校生がやってきた。筋肉質で、何か部活でもやっていそうな男子高校生だった。制服はきちんと着こなしていて、全体的に営業職のサラリーマンのような落ち着きも感じられた。
「だ、大丈夫」
高校生に抱え起こされ、夢子はどうにか立ち上がる。
「俺、桐谷誠って言うんだ。近所に住んでるんだけど、この神社参拝はいわくつきでな」
「い、いわくつき?」
桐谷は、この神社に行き、願いは叶ったが、後で散々な目に遭ってきた被害者をよく知っていると言っていた。夢子のように具合が悪くなる参拝客もいるようで、時々様子を見に来ているらしい。
「神社参拝なんてやめとけ。願い事には、代償が伴うんだよ」
「そう?」
友達は親が宝くじを当て、楽しそうだったが。
「だって、神社って宗教だよ。人間がなんかやって救われようとしたり、御利益を拝むのは宗教」
「宗教……」
意外と桐谷の語り口は穏やかだったが。
「そう言われると、ちょっと夢はないね。うちの近所にもカルト信者がいるけど、不幸そう」
「だよな。ま、とりあえず、ここから帰ろうぜ。コンビニでアイス奢ってやるよ」
その誘いも怪しく思ってしまったが、このまま神社に居るよりは良いと思った。それに桐谷は学校の制服も着ていたし、そうそう悪い事もできないと思った。
こうして神社から去り、コンビニに向かった。広めのイートインスペースがあるコンビニで、そこで二人でアイスクリームを食べた。
アイスは甘くて滑らかだったが、桐谷の指に大きなタコがあるのに気づいた。
「桐谷、その指のタコ何?」
「ああ、これか。勉強しまくって指が痛いのよ。最近は簿記の資格も取りたいから、練習問題ばっかりやってたら、こうなった」
「へー」
勉強しすぎで指が痛い人なんて、夢子の周りには存在しなかった。
「という事で俺はちょっとここで勉強するよ」
桐谷は、カバンからテキストを出し、勉強をはじめてしまった。テキストはよく読み込まれ、大事なところにはアンダーラインが引いてあった。
「アンダーラインは重要なところだけ引くといいよ。よく何でもアンダーライン引く馬鹿がいるけど、意味ないから。優先順位が一番高いのが赤とか、間違いやすいのを紫とか色分けマーカー引くのもいいね」
「そっかー」
「隙間時間も大事なんだよな。何でもアンダーライン引いてる馬鹿は、勉強やってるポーズやってるだけだからね〜。時間の無駄だよな」
桐谷は何だか楽しそうにテキストを読んでいた。元々勉強が好きなタイプのようで、ガリ勉のような神経質さは見えなかった。
夢子は、ふと自分に手のひらを見てみた。頼りない小さな手だった。さっきまでアイスクリームを食べていたので、ほんのりとバニラの香りがしていたが、赤ちゃんの手みたい。赤ちゃんも甘い香りがする。
「勉強って楽しいの?」
「楽しいよ。たとえ、スキルをコンピューターからダウンロードできるようになったら、つまらないと思うよね」
なぜか夢子の顔は真っ赤になっていた。自分は、努力も何もしないで神頼みしようとしていた。ピアノも努力しないで上達したいと虫のいい事を考えていた。そんな事はあり得ないのに。
もし、何の努力もしないで、最新技術でプロのようにピアノが弾けたとしても、本当に楽しいのかわからなかった。
もう一度、夢子は自分のちっぽけな手を見てみた。この手には、一流ピアニストのスキルは、全く似合わない気がした。例え、そのスキルをダウンロード出来ても筋肉や骨はついていかないだろう。そんな未来は容易に想像できてしまった。そもそも最初は楽しくてもすぐに飽きそう。人は簡単に手に入れたものは、大事にしない。タダで貰ったクリアファイルやエコバッグ、近所のカルト信者が持ってきた聖書は、全部ゴミ箱に直行していた。
「桐谷、やっぱり神社で願い事するのは良くない気がしてきた」
「そうだよ。願いが叶った人は偶然さ。それか元々ちゃんと努力していた人だよ。俺は、受験のお守りなんて欲しくないね。神社の神に馬鹿にされてる気がする。俺は案外、プライドが高いからね? そんなもん頼るもんかっての。腹立つわ。努力している人間を馬鹿にすんな」
そう言って、桐谷はテキストをカバンにしまっていた。これからバイトらしい。
「じゃあな」
そう笑顔で去っていく桐谷の後ろ姿を見ながら、夢子は再び恥ずかしくなり、俯いてしまう。
「帰ったら、勉強しよう。ピアノもちゃんと練習しよう……」
目が覚めたというか、心が変わった気がした。
その後、ピアノの発表会があった。失敗したところもあったが、技術をダウンロードして演奏するより、楽しいと思う。別に一流のピアニストの技術なんて要らない。自分はロボットじゃない。
めでたし、めでたし?
そこに制服姿の高校生がやってきた。筋肉質で、何か部活でもやっていそうな男子高校生だった。制服はきちんと着こなしていて、全体的に営業職のサラリーマンのような落ち着きも感じられた。
「だ、大丈夫」
高校生に抱え起こされ、夢子はどうにか立ち上がる。
「俺、桐谷誠って言うんだ。近所に住んでるんだけど、この神社参拝はいわくつきでな」
「い、いわくつき?」
桐谷は、この神社に行き、願いは叶ったが、後で散々な目に遭ってきた被害者をよく知っていると言っていた。夢子のように具合が悪くなる参拝客もいるようで、時々様子を見に来ているらしい。
「神社参拝なんてやめとけ。願い事には、代償が伴うんだよ」
「そう?」
友達は親が宝くじを当て、楽しそうだったが。
「だって、神社って宗教だよ。人間がなんかやって救われようとしたり、御利益を拝むのは宗教」
「宗教……」
意外と桐谷の語り口は穏やかだったが。
「そう言われると、ちょっと夢はないね。うちの近所にもカルト信者がいるけど、不幸そう」
「だよな。ま、とりあえず、ここから帰ろうぜ。コンビニでアイス奢ってやるよ」
その誘いも怪しく思ってしまったが、このまま神社に居るよりは良いと思った。それに桐谷は学校の制服も着ていたし、そうそう悪い事もできないと思った。
こうして神社から去り、コンビニに向かった。広めのイートインスペースがあるコンビニで、そこで二人でアイスクリームを食べた。
アイスは甘くて滑らかだったが、桐谷の指に大きなタコがあるのに気づいた。
「桐谷、その指のタコ何?」
「ああ、これか。勉強しまくって指が痛いのよ。最近は簿記の資格も取りたいから、練習問題ばっかりやってたら、こうなった」
「へー」
勉強しすぎで指が痛い人なんて、夢子の周りには存在しなかった。
「という事で俺はちょっとここで勉強するよ」
桐谷は、カバンからテキストを出し、勉強をはじめてしまった。テキストはよく読み込まれ、大事なところにはアンダーラインが引いてあった。
「アンダーラインは重要なところだけ引くといいよ。よく何でもアンダーライン引く馬鹿がいるけど、意味ないから。優先順位が一番高いのが赤とか、間違いやすいのを紫とか色分けマーカー引くのもいいね」
「そっかー」
「隙間時間も大事なんだよな。何でもアンダーライン引いてる馬鹿は、勉強やってるポーズやってるだけだからね〜。時間の無駄だよな」
桐谷は何だか楽しそうにテキストを読んでいた。元々勉強が好きなタイプのようで、ガリ勉のような神経質さは見えなかった。
夢子は、ふと自分に手のひらを見てみた。頼りない小さな手だった。さっきまでアイスクリームを食べていたので、ほんのりとバニラの香りがしていたが、赤ちゃんの手みたい。赤ちゃんも甘い香りがする。
「勉強って楽しいの?」
「楽しいよ。たとえ、スキルをコンピューターからダウンロードできるようになったら、つまらないと思うよね」
なぜか夢子の顔は真っ赤になっていた。自分は、努力も何もしないで神頼みしようとしていた。ピアノも努力しないで上達したいと虫のいい事を考えていた。そんな事はあり得ないのに。
もし、何の努力もしないで、最新技術でプロのようにピアノが弾けたとしても、本当に楽しいのかわからなかった。
もう一度、夢子は自分のちっぽけな手を見てみた。この手には、一流ピアニストのスキルは、全く似合わない気がした。例え、そのスキルをダウンロード出来ても筋肉や骨はついていかないだろう。そんな未来は容易に想像できてしまった。そもそも最初は楽しくてもすぐに飽きそう。人は簡単に手に入れたものは、大事にしない。タダで貰ったクリアファイルやエコバッグ、近所のカルト信者が持ってきた聖書は、全部ゴミ箱に直行していた。
「桐谷、やっぱり神社で願い事するのは良くない気がしてきた」
「そうだよ。願いが叶った人は偶然さ。それか元々ちゃんと努力していた人だよ。俺は、受験のお守りなんて欲しくないね。神社の神に馬鹿にされてる気がする。俺は案外、プライドが高いからね? そんなもん頼るもんかっての。腹立つわ。努力している人間を馬鹿にすんな」
そう言って、桐谷はテキストをカバンにしまっていた。これからバイトらしい。
「じゃあな」
そう笑顔で去っていく桐谷の後ろ姿を見ながら、夢子は再び恥ずかしくなり、俯いてしまう。
「帰ったら、勉強しよう。ピアノもちゃんと練習しよう……」
目が覚めたというか、心が変わった気がした。
その後、ピアノの発表会があった。失敗したところもあったが、技術をダウンロードして演奏するより、楽しいと思う。別に一流のピアニストの技術なんて要らない。自分はロボットじゃない。
めでたし、めでたし?
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