第20話 〆切りの願い(3)

文字数 1,540文字

「お守りの自動販売機? 何これ?」

 広場には、自動販売が並んでいた。どれも同じデザインで、同じお守りを売っているようだ。そばには「あやかし神社の〆切守り」というのぼりも出ていた。神社ではなく、俗っぽい雰囲気だが、紗枝自身もエゴまみれの欲望を持っているので、特に違和感は無い。

 自動販売は、〆切守りとおうお守りを売っているようだ。学業や芸術を仕事にしている者向けの物らしい。まるで今の自分の願いを具現化したようなお守りで、思わず鳥肌がたつ。

 値段も手頃だった。紗枝はさっそく小銭を自動販売に入れて購入した。一応アルコールで手も消毒する。自動販売の側にはご丁寧にアルコールと未使用のマスクが置いてあった。神社がコロナウィルスを怖がっているのも、すごく俗ぽいが、この神社は元々こういうエンタメ的な所なのかもしれない。別に神社をガチで信じている訳ではないが、こういうエンタメ風というか、遊び心って楽しいではないか。

 さっそく〆切守りをカバンに括り付け、手を合わせた。

『契約成立だね! ザマァ!』

 どこからか男の声がしたが、木々のざわめきのお陰でよく聞こえない。たぶん、紗枝の聞き違いだったのだろう。

 その後、驚くほど筆がのり、〆切りまでの仕事が終わった。発売後すぐに重版がかかり、書店員からの評判もよく、さっそく次の仕事も決まった。

 次の仕事はネット小説ではなく、ライト文芸レーベルでの依頼だった。大人向け少女小説といった雰囲気のジャンルで、ライトミステリやご当地小説が主流のジャンルだった。

 神社に住む神様と大学生がコンビを組んで、町の人の願いを叶えるという物語を作った。神様は実はイケメン悪魔で、心に傷を抱えているという設定だった。タイトルは「神様の御手伝い」。なぜか、ふっとアイデアが浮かんだ。

「でも、日本の神社に悪魔がいる設定でいいですかね? 自分で作ってはアレですが、ちょっと違和感があったかな」
「そんな事無いですよ、紗枝先生。キリスト教の概念では、他の神々は全部悪魔らしいです」
「そんな極端な」
「神社は偶像崇拝なんですって。まったく不寛容な差別的な宗教ですよ。今の時代、LGBTも罪とかいって差別してるんですから」
「しかし何でキリスト教?」
「ここだけの話ですが、聖書と逆の事を書くと売れるみたいですよ。あるいは善と悪を混ぜたようなもの。なんか営業部長と編集長が噂してまして。666とか某宗教団体の象徴カラー入れたり表紙イラストで片目を強調したオカルトシンボルを入れたり、他にも鳥居、ピラミッド、蛇、林檎、女神、生贄とかホロスコープとか悪魔とか……」

 「神様の御手伝い」は重版が相次ぎ66.6万部も売れてしまった。ベストセラーとは言いがたいが、出版不況の中では大健闘といったところだろう。

 その後もライト文芸や少女小説レーベルから依頼が相次ぎ、紗枝は〆切守りの効果を実感せずにはいられなかった。

 お守りは小さな袋に「あやかし神社の〆切り守り」と書いているだけだが、何かとても大きなパワーがあるような気がした。紗枝は毎日のように〆切守りに手を合わせて拝んでいた。

 何故かあやかし神社は消えてしまい二度と行く事はなかったが、効果は抜群。むしろ、神社が消えたからこそ不思議なパワーを感じてしまう。ネットにもあやかし神社の記事は全くなく、キリスト教会の牧師の変なブログ記事しか出てこないが、願いが叶ったのでどうでも良い。

 今は西洋風の舞台のファンタジーを書いていた。悪魔と契約した聖女のラブストーリー要素もあり、ふと、突然浮かんできたアイデアだった。

 この作品も売り上げが良かった。コミカライズのイラストが美麗である事も相まり、最終的には累計100万部売り上げた。

 めでたし、めでたし?
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登場人物紹介

悪魔

あやかし神社の主。人間の記憶を食い幽霊のフリ、天使、動物やイケメンのフリをして人間を騙している。ヤクザのように願いの代償を請求する。聖書の神様に敵対。

悪霊

悪魔の手先。人間の心に棲みつく実行部隊。あやかし神社では眷属のフリをしている。

聖書

悪魔と人間が結んだ契約を破棄する鍵…?

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