第21話 〆切りの願い(4)完

文字数 1,988文字

 紗枝は仕事に追われていた。人気作家になったのはいいが、依頼が相次ぎ、同時に10作品も進行している状況だった。

 毎週のように〆切がある状況で、書いても書いても終わらない。

 夫とはすっかりセックスレスになっていた。妊活も思うようにいかず、結局子供を諦めた。それと同時に、夫婦仲は冷え切った。

 今や夫の顔を見るだけでもイライラとしてくる。自分より収入が低い男性と一緒にいると、何故か心が冷える。別居も考えていて、おそらく離婚する事になると思うが、仕事に追われ、まともな思考もできなかった。

 今は主に、デーモンという悪魔とクリスチャンの女子大生のラブコメを書いていた。思いつくネタは悪魔ばかりだが、売り上げはいい。悪魔ばっかり書いていたので「紗枝先生は魂売った」と昔からのファンに言われていたが、そんな自覚は全くない。

 今日もまた〆切りに追われながら、キーボードを叩いていた。その目は死んで魚のようだったが、逃げるわけには行かない。〆切り守りを握りしめ、どうにか踏ん張っていた。書店に行くと、自作と似たような表紙や設定の本が並んでいたが、何とも思わない。紗枝はもう何も考えたくなかった。とにかく〆切りを守るのが最優先だった。

 そんな紗枝を上空から見ていた神社の主は、大笑いしていた。その姿は神っぽい何かからツノが生えた悪魔に変わっていく。

「馬鹿だな、紗枝は。もう少し聖書読んで神のことも取材してくれよ? まあ、スピってるから興味無いよねぇ? うん、やっぱり聖書なんて絶対に読まないで欲しいね。絶対聖書は読むなよ。絶対だからな。あはは、紗枝はこーんな悪魔ばっかりのエンタメ書いてくれて本当にありがたいよねぇ。作家のみなさん、〆切り守りを持つ時は気をつけて?」

 ここで悪魔は、紗枝に思考を吹き込んだ。それは、悪魔と女子高生のシンデレラストーリーのアイデアだった。生贄にされた女子高生とバアルという悪魔の溺愛を描く。紗枝は自分で思いついたネタだと勘違いしていたが、悪魔が思考を吹き込んだ結果だった。

 これは、いわゆるインスピレーションと言えるものだ。インスピレーションは神からか悪魔からか2種類しかない。特に紗枝のような欲が強い人間は、意識しなくても悪魔と繋がりやすい。日本は数々の偶像のお陰で土地が呪われ、物理的にも悪魔と繋がりやすいというのもある。ラジオで例えると悪魔のチャンネルばかり聞こえてくるといったところだろうか。神社やお守りなどの偶像、あるいは人間の心にある欲は悪魔チャンネル受信機のようなものだった。

 本来、人間は神の似姿として創造された。思考したり、言葉を操ったり、クリエイティブな活動をできるのは、そんな性質のお陰だ。人間の言葉や思考は力もあり、動物には無い性質だった。本来なら神の為にその力を使うのが正しい活用方法だが、悪魔はそれを盗み、自分に都合よく利用したかった。特に悪魔を賛美した人間の言葉、音楽、絵、漫画、小説なども悪魔のエネルギーにもなってしまう。巡り巡って世の中に悪いエネルギーが満ち、いじめ、殺人、暴力や詐欺などの不幸が延々と続いていく。悪魔への賛美はこの世の呪いへと変わるのだ。

 戦争も悪魔が人間に悪い思考を吹き込み、実行させた結果だった。悪い事をしている人間の背後には必ず悪魔が居る。悪人を恨んだり、復讐したり、改心させようとするのは、あまり意味はなく、子供に「何で世界には戦争があるの?」と質問されたら、こう答えましょう。「人間が堕落して悪魔に祈ってるから。一人一人が悪魔を賛美して養分を与えているからだよ」と。

「うん、エンタメでは我々悪魔を美化してカッコ良く宣伝してくれないと困るからね? 聖書通りに嘘つきとか偽りの父とか、天使のフリしてオレオレ詐欺してるとか言われちゃうと困っちゃうよねー。俺たちは広報みたいな人間も必要なのだよ。できるだけ多くの人間からエネルギーを吸い取りたいからね。これが本当の『神様の御手伝い』というものだね? まあ、我々はこの世の神なだけで本当のそれでは無いがね」

 しかし、だんだんと悪魔の顔から笑顔が消えていた。こんな風に人間を操っていたが、別に悪魔は神様ではない。人間の前では神を演じる悪魔だが、地獄行きは決定している。今の時代は最後の悪あがきをやっている所だった。

「あ? ラッパの音か?」

 天空から終末の知らせのような音が聞こえた。実際の音は、ラッパではなく鳥の鳴き声だったが、来るべき未来を想像して震えていた。

「クソ! 一人で多く人間を騙してやる! その為には、エンタメって最高に便利だから利用してやるんだ!」

 悪魔は捨て台詞を吐き、あやかし神社に舞い戻った。

 また何処からかラッパの音のようなものが聞こえた。誰かがヨハネの黙示録でも朗読してるのかも知れない。悪魔は耳を塞ぎ、小鳥のようにカタカタと震えていた。
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登場人物紹介

悪魔

あやかし神社の主。人間の記憶を食い幽霊のフリ、天使、動物やイケメンのフリをして人間を騙している。ヤクザのように願いの代償を請求する。聖書の神様に敵対。

悪霊

悪魔の手先。人間の心に棲みつく実行部隊。あやかし神社では眷属のフリをしている。

聖書

悪魔と人間が結んだ契約を破棄する鍵…?

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