キノッピ 35
文字数 1,656文字
まひるは僕が渡した迷彩服を着ると、すすきの交差点に近づいていった。
その真ん中には、芋ジャー姿の小柄な女子が立っている。
償いの部屋でセイヘキリーマンを骨まで喰らいつくした怪物からは想像もできない可憐な少女だった。
その隣に立っているのは迷彩服の団長だ。
少女のことをどこかで見たことがあると思ったら、団長の娘さんのようだ。
まひるが交差点にたどり着いた。
それまで吹いていた風が止み、人の動きも止まって何も音がしなくなった。
真っ昼間なのに、そこだけスポットライトが当たったように輝いている。
これが夜野まひるなのだ。
夜野まひるがステージに現れると、誰もが固唾を飲んで見守ってしまう。
「『銀髪の自衛官』は無理があったかな?」
あれではまひる丸出しだから。
まひるに団長が何かまくし立てている。
遠くからだと何を言っているかわからないけれど、どうせヴァンパイアが悪いとかじゃないか?
戦国の昔、宮木野と志野婦のヴァンパイア姉妹が辻沢に住みついてより、ヴァンパイアと辻っ子との争いは絶えず繰り返されてきた。
あらゆる争いごとがそうであるように、どちらにも言い分があり、どちらにも咎がある。
わざわざ札幌まで出張ってきて、それを繰り返すことの愚かさは、当事者にはわからないのだ。
もっと他にすることがあるだろうのに。
「例えば?」
海鮮食べたり、ジンギスカン食べたり、スープカレー食べたり。
「食べてばっかり」
お腹空いちゃったから。って……。
あの少女の声だ。
「キノッピ、いいの? まひと一緒に戦うチャンスだよ」
戦うなんて滅相もない。僕は運動音痴なんだから。
「知ってる」
ならなんで。
「戦ってみて欲しいから」
どうして?
「キノッピなら大丈夫だから」
また、めまいだ。
クラッというよりズルって感じの、意識が後ろにずれるやつ。
でも今はダメだ。必死に意識をつなぎ止めて持ち直す。
「残念。そんなこと出来るんだ」
君と何年付き合ってると思ってる?
「イコール年齢」
プラス十月十日だろ。
「なんだ気づいてたんだ。あたしたちが双子ってこと」
そうなのだ、少女は僕の体の中にいるもう一人の僕。
僕の体に吸収されたバニシング・ツイン、半身の少女なのだ。
団長に本当は僕が双子のヴァンパイアだと言われたとき、奇しくも意識のずれの正体を知った。
君はずっと僕の中で生きていた。
違うかい?
「あたり。ちょっと窮屈だけど温かいし、わりと快適だよ」
それはよかった。僕のこと恨んでるかと思った。
「何で?」
だって、僕が君を殺したようなもんだもの。
「ふーん。外の世界に居続けると、そんなゆがんだ考えになるのか」
違うの?
「全然。あたしはキノッピを通して世界を見てるから恨みようがない」
そういうものなんだ。
「そんなこといいから、あたしにいい名前つけてくれる?」
そうだな。僕がキノッピだから、君はコノッピなんてどう?
「何それ?」
アッチョンブリケだよ。『ブラック・ジャック』に出てくる助手の少女だ。
僕のハンドルネームはピノキオをもじったもの。
小学生のころ好きだった山根サイクルのさっちゃんに言われたんだ。
「木下君って嘘つきだね。ピノキオみたい」
さっちゃん、どうしてるかな。
「そしてあたしは、ピノコをもじってコノッピ」
気に入った?
「パクリじゃない?」
いや、オマージュさ。
「ものは言いようね」
いやかい?
「コノッピでいいよ。じゃあ、まひと一緒に戦いたくなったら呼んでね」
そう言うと、少女の声は遠のいていった。
蜂球戦法でまひるが蒸し殺されそうになったとき、突然目の前に現れたのはコノッピだったのだ。
コノッピが蛭人間を殲滅してまひるを蜂球から救い出し、屋上まで僕と一緒に連れて行ってくれた。
コージが言っていた「あの怪物」とは、償いの部屋の怪物ではなくて、おそらく僕の中から飛び出たコノッピのことを言ったのだ。
でも、どうやって?
天才外科医がいないのに、どうやって僕の中のコノッピは外に出ることができたんだろう?
すすき野交差点に動きがあった。
団長が手を上げたのを合図に、小柄な少女がまひるに躍りかかって行くのが見えた。
その真ん中には、芋ジャー姿の小柄な女子が立っている。
償いの部屋でセイヘキリーマンを骨まで喰らいつくした怪物からは想像もできない可憐な少女だった。
その隣に立っているのは迷彩服の団長だ。
少女のことをどこかで見たことがあると思ったら、団長の娘さんのようだ。
まひるが交差点にたどり着いた。
それまで吹いていた風が止み、人の動きも止まって何も音がしなくなった。
真っ昼間なのに、そこだけスポットライトが当たったように輝いている。
これが夜野まひるなのだ。
夜野まひるがステージに現れると、誰もが固唾を飲んで見守ってしまう。
「『銀髪の自衛官』は無理があったかな?」
あれではまひる丸出しだから。
まひるに団長が何かまくし立てている。
遠くからだと何を言っているかわからないけれど、どうせヴァンパイアが悪いとかじゃないか?
戦国の昔、宮木野と志野婦のヴァンパイア姉妹が辻沢に住みついてより、ヴァンパイアと辻っ子との争いは絶えず繰り返されてきた。
あらゆる争いごとがそうであるように、どちらにも言い分があり、どちらにも咎がある。
わざわざ札幌まで出張ってきて、それを繰り返すことの愚かさは、当事者にはわからないのだ。
もっと他にすることがあるだろうのに。
「例えば?」
海鮮食べたり、ジンギスカン食べたり、スープカレー食べたり。
「食べてばっかり」
お腹空いちゃったから。って……。
あの少女の声だ。
「キノッピ、いいの? まひと一緒に戦うチャンスだよ」
戦うなんて滅相もない。僕は運動音痴なんだから。
「知ってる」
ならなんで。
「戦ってみて欲しいから」
どうして?
「キノッピなら大丈夫だから」
また、めまいだ。
クラッというよりズルって感じの、意識が後ろにずれるやつ。
でも今はダメだ。必死に意識をつなぎ止めて持ち直す。
「残念。そんなこと出来るんだ」
君と何年付き合ってると思ってる?
「イコール年齢」
プラス十月十日だろ。
「なんだ気づいてたんだ。あたしたちが双子ってこと」
そうなのだ、少女は僕の体の中にいるもう一人の僕。
僕の体に吸収されたバニシング・ツイン、半身の少女なのだ。
団長に本当は僕が双子のヴァンパイアだと言われたとき、奇しくも意識のずれの正体を知った。
君はずっと僕の中で生きていた。
違うかい?
「あたり。ちょっと窮屈だけど温かいし、わりと快適だよ」
それはよかった。僕のこと恨んでるかと思った。
「何で?」
だって、僕が君を殺したようなもんだもの。
「ふーん。外の世界に居続けると、そんなゆがんだ考えになるのか」
違うの?
「全然。あたしはキノッピを通して世界を見てるから恨みようがない」
そういうものなんだ。
「そんなこといいから、あたしにいい名前つけてくれる?」
そうだな。僕がキノッピだから、君はコノッピなんてどう?
「何それ?」
アッチョンブリケだよ。『ブラック・ジャック』に出てくる助手の少女だ。
僕のハンドルネームはピノキオをもじったもの。
小学生のころ好きだった山根サイクルのさっちゃんに言われたんだ。
「木下君って嘘つきだね。ピノキオみたい」
さっちゃん、どうしてるかな。
「そしてあたしは、ピノコをもじってコノッピ」
気に入った?
「パクリじゃない?」
いや、オマージュさ。
「ものは言いようね」
いやかい?
「コノッピでいいよ。じゃあ、まひと一緒に戦いたくなったら呼んでね」
そう言うと、少女の声は遠のいていった。
蜂球戦法でまひるが蒸し殺されそうになったとき、突然目の前に現れたのはコノッピだったのだ。
コノッピが蛭人間を殲滅してまひるを蜂球から救い出し、屋上まで僕と一緒に連れて行ってくれた。
コージが言っていた「あの怪物」とは、償いの部屋の怪物ではなくて、おそらく僕の中から飛び出たコノッピのことを言ったのだ。
でも、どうやって?
天才外科医がいないのに、どうやって僕の中のコノッピは外に出ることができたんだろう?
すすき野交差点に動きがあった。
団長が手を上げたのを合図に、小柄な少女がまひるに躍りかかって行くのが見えた。