まひる 43

文字数 1,905文字

 ヒナタは、あたしの長ドスを腹に受けてほほ笑んだ。

「そんなんじゃ効かない」

 と言いながら体全体を溶解させて肉壁と同化した。

直後、肩口に激痛が奔る。

振り返ると、そこにヒナタが立って長ドスと化した右腕をあたしの肩に振り下ろしていた。

あたしは、肩肉に食い込む長刃を掴んで引き離し、飛びし去ってヒナタから距離を取る。

傷は深かったが、この程度じゃ大丈夫。

すぐに回復した。

「なるほど、ヴァンパイアの再生力か。懐かしい」

「懐かしい?」

「ああ、われわれはヴァンパイアからの派生種なので」

 もとはヴァンパイアだったが、人形使いに派生してからいろいろ面倒になったという。

「血液だけでなく、肉を喰らわないと肉体を維持できない。特有の能力も生物的な障害もこれに起因しているようだが、喰えば余計なものも出来る」

 余計なものとはリリカ&メルルのことのようだった。

ヒナタはそれを逆手にとって、原種帰りを目論み辻沢ヴァンパイアの血を入れようとした。

そのため宮木野流の男を選んで喰ったのだった。

「それはあの男ではない。喰ってしまえば腹の中」

 リリカ&メルルは見事に原種帰りを果たしたが、

「父親は必要だろうと妹が作った人形があの男だ」

 結局そいつもバグっていて、疑似家族すら出来上がらなかったということらしい。

 思い出せば、

父親はリリカ&メルルの、

リリカ&メルルは母親の、

ヒナタは夫を作った妹の、

全員が全員、家族が成立しなかったことを自分以外の誰かのせいにしていた。

これでは普通の家庭でもうまくいかないだろう。

これがリリカ&メルルたちのカルマ? 

いいや、これは単なるワガママ。

韻を踏んでる場合ではなかった。

肉壁からしみ出す液体が、あたしの制服の裾を溶かし始めていたのだ。

やはりここに居続けたら溶かされてしまうのだ。

あたしは長ドスを持ち換えてヒナタに突進した。

ヒナタが義手長ドスを構えるより早く逆ケサに腹から右乳に切り上げる。

上体が切り飛ぶのを見とどけたが、上体は上部の、下半身は下部の肉壁に吸収されて再び同化した。

再出現を予測して、後ろ手に長ドスを突く。

手ごたえあったが、同時に背中が熱線で焼かれたような感覚に襲われる。

切られたのだ。

再び飛んで距離を取る。

 そういう攻防が何度も続いた。

その度にあたしはヒナタに斬撃を食らわし、食らわされた。

喉が渇いていた。

あたしの再生力にも限界がある。あのクソまずい辻沢醍醐を飲まねば回復しない。

それに対してヒナタはこの肉壁から常に養分を吸収しているようで、それは無限のようだった。

時間が経ては当然、ヒナタのフィールドにいるあたしが不利だ。

あたしは渇望に駆られて自分自身の手首を噛み、迸る血を飲んだ。

その血は甘美だった。恍惚としてしまいそうだった。

キノッピの血と同じ、辻沢の血の味。ほんのりと山椒が香る。

そして、ヒナタの血の味を思い出した。

あたしがあの時浴びたヒナタの血も甘美な味がしていた。

あの愉悦に引きずられてあたしはヴァンパイアになったのだ。

それは決して、記憶に刷り込まれた「最愛の姉」などではなかった。

あたしは、たしかにヒナタと共にいた。そう確信した。

そして、長ドスについた血をなめてみる。

その血の味は苦かった。そこはかとない松脂の匂いがした。

辻沢の血とは全く違ったが、あたしに備わったヴァンパイアの能力がその血から情報を吸い上げた。

「なるほど、そこが弱点か」

 あたしは偽ヒナタの懐に飛び込むと、義手長ドスの柄を返して切っ先を偽ヒナタの胸に、自分の長ドスを偽ヒナタの下腹に突き刺した。

心臓と母なる臓器とを同時に攻めたのだ。

そこが苦い血の血脈をたどって見出した、偽ヒナタの発端と終端だったのだ。

偽ヒナタからほほえみが消え、一瞬で凝集すると血の塊となって肉壁もろとも下方に流れ出て行った。

その時、巨大な刃先が侵入してきて、臓器を真っ二つにした。

その隙間から見上げる自動車ほどの心臓にも同じように巨大な刃物が突き刺さっていた。

そしてみるみる巨獣の外壁が崩れ始め、白骨、腐肉、臓器が頭上に落ちて来る。

ついに心臓も支えを無くしこちらに落下してきた。

あたしは母なる臓器を抜け出し、堆積した人体部位を踏んで崩れ始めた外壁の隙間から外に飛び出した。

血汚泥の海に大量の人体部位が着水する凄まじい轟音の中、キノッピたちを探す。

降り注ぐ部位に押しつぶされ溺れかけている蛭人間が目に入る。

この無間地獄の中では、彼らも助からなかったかと思った時、

血汚泥の波を分けて、カーミラ・亜種が近づいて来た。

その背中に養蜂家のコージと、キノッピが捕まっていた。

「木下くん!」

 あたしはその凄惨な光景の中、キノッピの本名を初めて呼んだのだった。
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