キノッピ 45

文字数 2,152文字

 トラックを取ってくると言ってコージが立ち去った間、まひると僕はヤオマン・イン・札幌のロビーで待っていることにした。

ロビーの中は従業員は一人もいず、荷物が散乱し家具が倒れたままだった。

まひるはソファーに深々と腰を下ろすと、戦いの疲れを癒すかのように天井を仰いで目をつぶった。

改めてその姿を見る。

あの美しい銀髪には肉片のようなものがこびりつき、せっかくの『君の血は僕の糧』(君血)の制服も血汚泥でドロドロだった。

戦いの前より頬がこけたような気がする。

ひたいにへばりついた前髪がまひるの疲労が半端ないことを物語っていた。

こんな姿になるまで闘ってくれたんだと思うと涙が出た。

「どうしたの?」

 まひるに気づかれてしまった。

「いえ、シャワーしたくないですか?」

「そうね。時間があれば」

 と言ったけれど、まひるオタとしては絶対にかなえてあげたいところだった。

「コージが来たら待たせておきますから」

 と言いおいて、無人のフロントへ行き部屋の鍵を探す。

フロント裏手の事務室に入ると壁にいくつか鍵が掛かっていたので、その中の一番上で一番目立つゴージャス・スィートと名札のある鍵を取ってまひるの元に戻った。

ところがまひるはソファーからいなくなっていた。

あせって探すと中階段へ向かって廊下を歩いていく後ろ姿が見えた。

「どこへ?」

 振り向いたまひるが、

「開いてる部屋があるみたいだから」

 と言う。

「僕もついて行きます」
 
 追いすがると、まひるが僕の上下を見て、

「木下くんもその恰好はいやだよね」

 木下くん! って本名呼ばれるたびに心臓バコる。

 もとい、改めて自分の格好を見るとまひるの制服以上の汚れ方をしていた。

オーバーオールの胸のポケットには何やら得体の知れないものまで入っている。

すごく臭いやつ。

「どこの部屋です?」

「玄関口の真上」

 中階段は相変わらずひんやりとしていた。

こっちはもちろん、蛭人間が蟠っていなかった方の階段だ。

償いの部屋へ戻った時に上った階段。

まひるは二階の非常扉を開いて廊下に出た。

さらに狭い廊下を歩いて目的の部屋の前に立つ。

よく見ると、ドアの下に客室用のスリッパが挟んである。

「誰かいるんじゃ」

「うん。正確にはいた、だけど心配ないよ」

 どういうことかさっぱりわからなかったので、ドアを開けて中に入るまひるについて行こうとすると、

「木下くんは向かいの部屋みたいよ」

 と後ろの部屋の扉を指差した。

見るとそこにもスリッパが挟んであって、扉が少し開いていたのだった。

「じゃ、後で」

 と、まひるが扉を閉じたので僕も後ろの部屋へ入ってみる。

狭めの部屋にシングルベッドがあって、その上に今着ているのとまったく同じオーバーオールが置いてあった。

そして、壁際の液晶テレビの前に牛乳瓶が数本。

その下にメモ用紙が置いてあって、

「これを飲んで下さい。残りは持っていくこと」

 とあった。

 それは遠軽露西亜正教会でヒョードルさんがまひるに最初に会った時に渡した箱の中にあったものと同じだった。

また先を越されたようだった。

けれど今はそんなことどうでもよかった。

それより、まひる用を間違えて置いたのではと思って、牛乳瓶を手に部屋の扉を開けると、まひるが廊下に顔を出したところだった。

その口の周りに牛乳ひげができていたので、

「あ、なんでもありません」

 と扉を閉めようとしたら、

「おいしいからって全部飲んじゃだめだよ」

 と忠告された。

「わかりました。一本だけにします」

 部屋に入って蓋を開けて口に含んだら、

「まっずっ!」

 吐き出しそうになったけど、お薬だと思って全部飲んだ。

飲んだらみるみる疲れが吹っ飛んで行く。

羽根が生えるどころの騒ぎではなかった。

もうビンビンなのだ。変な意味でなく(変な意味しか思い浮かばないかもしれないが)。

すごいエネドリがあったものだ。売ってるとこ知りたい。

 シャワーを浴びて不本意ながら新しいオーバーオールを着て部屋を出るとまひるがすでに廊下で待っていた。

まひるは『君の血は僕の糧』(君血)の黒い制服を着ていた。

少し生地の感じが違うなと思ったら、

「これは夏用。制服は夏用、冬用、春秋用と3着あるの」

 薄手になったせいか、まひるのスタイルが前よりはっきりわかる気がした。

「何?」

 いいえ、なんでもありません。
 

 
 ロビーに戻るとコージが待っていた。

「用意はいいみたいだね」

 そう言ったコージもさっぱりとした恰好をしている。

待機所でシャワーしてきたのだそう。

 外に出ると、路駐された10tトラックの後ろで蛭人間さんたちが何やら荷台に押し込んでる最中だった。

壬生から盗んだHONDA Z 360だった。

「そこの路地に放置してあったから運んでおいた」

 キーは僕の手元にあった。

ポケットの中で血汚泥まみれになっていたのを洗って持って来たのだ。

エンジン大丈夫か心配だがフェリーに載せてから確認しようと思う。

 10tトラックの運転席は広かった。

運転するのはコージ、真ん中に僕、その隣に夜野まひるだ。

肘を張れば、まひると触れそうになるHONDA Z 360のあの狭さが懐かしい。

「行くよ」

 コージが言った。

目指すは道の駅、望羊中山。

道民のソールフード、揚げ芋を食べに行くのではない。

コージをたぶらかした連中と決着をつけに行くのだ。
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