まひる 37

文字数 1,980文字

 ジャンプの軌道がそのままだったら、あたしは巨獣の胴体に体当たりするはずだった。

でも、あたしは中空に放り出されて、眼下にひっくり返った路面電車を見ていた。

その大きな力で押しつぶされた車両の脇にゆっくりと降り立って振り向くと、

巨獣は微動だにせずこちらに背を向けていた。

あたしの長ドスは、確かに男根親父の鎌首を真っ二つにした。

なのに男根親父は巨獣の股座にぶら下がって、にやけてこちらを見ていたのだった。

ならばもう一度、そのやにさがった面をたたっ切るまで。

長ドスを大上段に構えて大地を蹴る。

構えのまま縦に高速回転を加え、股間目掛けて飛び上がる。

今度は男根親父をすだれにしてやる勢いだ。

しかし、やはり気づくとあたしは中空に放り出されていた。

着地して振り返る暇もなく、巨獣のこぶしがあたしの頭上に振り下ろさていた。

咄嗟に避けた巨大な拳が目の前のアスファルトを穿つ。

大地が爆発噴火し、あたしは交差点の外まで吹っ飛ばされビル壁に叩きつけられた。

そこから穿たれた場所を見ると、衝撃でアスファルトが煮え立ち濛々と煙を上げている。

あやうく蒸発するところだった。

とてつもないパワー。まるで巨大な重機と戦っているような感覚だった。

以前『建設重機喧嘩バトル ぶちギレ金剛!! MR(複合現実)』という格ゲーで重機と戦った経験がある。

動作は遅いが、攻撃を喰らった時のダメージは激甚だった。

攻撃を仕掛ければその反発も凄まじいものがあった。

しかし、この重機化した男根巨獣は、その存在感に比して手ごたえがなさすぎた。

すっかすかなのだ。

と思う間もなく巨獣が寄せて来てストンピングだ。

それを横に飛んで交わし距離を取る。

建造物が瓦解する音がすすき野に響き渡る。

振り向くと、巨獣はすでに背後にいてハンマーを振り下ろして来た。

再びの爆発噴火。

煮えたぎるアスファルト。

濛々たる湯気の向こうに、男根親父がいきり立っていた。

それを仰ぎ見て重機と言ったのを撤回する。

動きが軽すぎる。

あれだけの大きさの物体なら、質量からして動きが緩慢になるはずだった。

しかし、あの男根巨獣は踊るかのように軽快に動く。

まるで……。

浦塩崇徳。

いや、あいつは遠軽で滅殺した。

その直感を保留にして、リリカ&メルルの父親が男根巨獣に変身する瞬間を思い出す。

あの時、父親に黒い何かがまとわりついてみるみる巨大化していった。

何だったんだ。あれは?

「ヴァンパイアが凝集したんだよ!」

また誰かの叫び声がした。

女子の声だが、リリカ&メルルの声ではなかった。

彼女らは父親の乱暴狼藉には関心なさげに交差点の端にいる。

キノッピの裏声のような。でも、なんで裏声?

大看板を振り仰だがキノッピの姿は見当たらなかった。

トリマ、声を頼りに浦塩崇徳の直観をひも解いてゆく。

その間も、ハンマー、ストンピングと繰り出される攻撃を寸前で避け続ける。

爆発噴火、爆裂噴火、爆大噴火。

路面に噴火口が次々に出現し、札幌の顔、すすき野が火山と化してゆく。

おま、こんなことして道民がただではおかないぞ。

また振り下ろされた巨大ハンマーが大地を抉る。

その時ようやく、その直後を見逃していたことに気づく。

避けるのに必死だったのだ。

巨獣が噴火口から拳を持ち上げる瞬間、いくつかの黒い物体が剥離したのが目に入った。

それらは白煙上がる陥穽に落ちたが、すぐに羽を広げ巨獣の脛に張り付いて消えた。

「そういうことか」

この巨獣がヴァンパイアの集合体なのだ。

あの声はそれが言いたかったのか。

ヴァンパイアの集りだから、その動きを浦塩崇徳と直感したのか。

しかし、まるで一つの意志が決定しているような動きはなんだ。

…。

そうか。司令塔があると見るべきなんだ。

繋ぎ合わされた意志系統。それを統括する場所。

ならば是が非でも、あの陽物をぎったぎたにしてやるだけだ。

 その後も、男根に一点集中、こちらからも攻撃を繰り出し続けた。

何度か、鎌首を切り裂いたかに見えたが、刃が触れる寸前、にやけた表情を歪ませたかと思うと、

蝟集のヴァンパイアが散り散りとなって、それを避けた。

これでは埒が明かない。

リリカ&メルルの父親は男根姿で巨獣の股間にぶら下がっている。

あたしが攻撃を失敗する度に高笑いしながらこちらを見下している。

目があえば挑発するように、ウインクまでする始末だ。

むかついて腹が煮えくり返るほど、確かにそこにいる。

だが、まるで実体がないかのような手ごたえのなさなのだった。

「チ〇ポに惑わされるな!」

再び叫び声だ。

しかし今度のは聞き覚えがあった。

あの中階段でキノッピに呼びかけていた声。

キノッピはそれをはねつけ助けに来てくれたのだった。

ひっくり返った装甲車の向こうから、背丈ほどの鉄パイプを頼りに足を引きづりつつ男が現れた。

それはやはり、養蜂家のコージだった。

その背後にうごめくのは、改・ドラキュラやカーミュラ・亜種。

蛭人間の群れだった。
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