まひる 15

文字数 1,370文字

 フロントガラスいっぱいの太陽。

もうすぐ地平線に消えてゆくだろう。

この、夜が迫り来る瞬間はヴァンパイア映画でよく使われる演出だ。

攻守交代。すぐにヴァンパイアの時間が来る。

神不在であなたはどう戦いますか? って。

明日の朝、出直せばって思うけど、たいがい行っちゃう。で、死ぬ。

いままさにそんな状況。

でも、辻沢のヴァンパイアは太陽光に耐性があるから昼夜関係ないんだよね。

おそらく向こうもそうだから、ただ沈み行く夕陽を見ているだけのまったりした時間になってる。

 車は雪の中の一本道を白いなだらかな丘陵に向かって走って行く。

となりのエカチェリーナさんが言った。

「あの。手を繋いで貰っていいですか?」

声が震えている。

戦いの前で不安と恐怖で押しつぶされそうなのだろう。

「どうぞ」

あたしが右の手を差し出すとおずおずと手を取った。

「やった。夜野まひるさんの手。氷壁ゲードルの手に触れてる、あたし」

全然ちがった。

エカチェリーナさんはRIBのファンだった。

手を口に当てて興奮気味のエカチェリーナさんの向こうでキノッピが憮然としている。

なんかややこいしいことになってる車内。

 道が登りにさしかかってすぐ、

「あそこの脇道に入ってくれる?」

エカチェリーナさんがキノッピに指示を出した。

そこはちょうど渓谷が公道を横切るところで、凍った川筋に沿って寒林の中に道が出来ていた。

脇道に入ると雪が積もったままだ。

すっかり陽も暮れてヘッドライトに照らされるのは雪のトンネルのようだ。

しばらく進むと、雪に埋まった真っ赤なゲートが行く手を阻んでいた。

「僕、開けてきます」

キノッピがすかさず降りてゲートに向かった。

「彼、いい子ですよね」

エカチェリーナさんがそのキノッピの後ろ姿を見ながら言う。

「はい」

あたしは本心からそう思っている。

キノッピには会ってからずっと助けて貰っている。

自分の生活を投げ打ってあたしの願いを聞いてくれた。

感謝してもしたりないくらいだ。

「きっと、死なさないで下さいね」

……。

「彼は死んでもあなたを守る子です。でも絶対死なしちゃダメですよ」

エカチェリーナさんの心の中にキノッピへの温かい感情があった。

それは肉親の情に近いものだった。

「約束します」

あたしは握った手に力を入れてその思いに応えたのだった。

 ゲートは意外に簡単に開いてキノッピが戻って来た。

運転席に乗り込んで、あたしとエカチェリーナさんの繋いだ手をちらっと見てドアを閉めた。

ドアの閉まる音がいつもより大きかった。

 さらに進むと林が開けて正面に古ぼけた二階建ての洋館が見えてきた。

ゆっくりと車が前庭に進みそこで停車する。

 屋根に積もった雪が重みで垂れ下がり、その奥から黒い壁がこちらを威嚇しているようだ。

窓という窓はベニヤの板で閉ざされ、中に入るには重厚な玄関扉を押し開くしかなさそうだった。

見るからに「いそう」な佇まい。

「行きましょう」

あたしの合図で、エカチェリーナさんが大きく息を吐いた。

キノッピに、

「アガル曲かけて待っててくれる?」

と言うと、

「ラジオしかないので……」

と曲が掛かってる局を探していたが結局もとの『キタキツネ物語』に戻り、

「次は明るい曲です。ゴダイゴで『グッドモーニングワールド』お聴き下さい」

「これしかないみたいです」

「ありがとう」

本当に「おはよう」しないように、さっさとかたづけよう。

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