まひる 46
文字数 1,880文字
正面の「中山峠」とある建物の屋上を見ると、小ぶりの気球が揺れていた。
右へ左へと揺れ動いているのは風のせいかと思っていたら、気球には手足があって茶色の背広を着ていた。
最初のうちは道の駅のゆるキャラかと思ったから、人目に付く入り口付近に置けばいいのにと思って見ていた。
とここがそれが仰々しく両手を天に突き上げて一変した。
建物の背後の白樺林がゆっさゆっさと揺れ出したのだ。
林全体が鳴動している。
すると、白樺の木々の間の土の中から、ひとつまたひとつと屋上の気球と似た形のものが湧き出してきた。
ただ、屋上のそれは人の顔をしていたが、湧き出たものの頭は全て牛の首で、体はこの逃避行で何度も見た、ホルスタインの模様をしていた。
丸々と膨れ上がったケンタウロスのよう。
「蛭人間ならぬ牛人間? いや、蛭牛 か」
それを見てコージがつぶやいた。
「あいつ、兵隊造るのに牛を使ったんだ」
「あいつとは?」
キノッピが聞くと、
「辻川町長だよ」
コージは屋上の気球を指さしたのだった。
辻沢の町長ならあたしも会ったことがある。
非合法戦闘ゲーム『スレイヤー・R』の秘密イベントに呼ばれた時に町長室で会って、若い頃は東京の青物市場で働いていたとかで、延々と「やっちゃ場」の話を聞かされたのだった。
その時の町長は、痩せて背が高く目鼻立ちの濃いイケおじだったはずで、あんな気球のような体型ではなかった。
強いて似ているところを挙げるならハ○ 散らかしている頭髪くらいか。
「僕が知ってる町長とは別人?」
キノッピもあたしと同じ感想のようだった。
コージはそれに答えず、
「『スレイヤー・V』ってモバゲー知ってるよな」
限定会員制である『スレイヤー・R』の入会鍵が目的の無料ゲームのことだ。
Vはヴァンパイアを意味しスレイヤーの主人公が辻沢の町でヴァンパイアを狩りまくる。
ただ入会鍵を手に入れるには数十万単位の課金が必要と言われる鬼畜ゲーで、入会鍵を手にする前に破産しかねないことでも有名だった。
それでも人は『スレイヤー・R』に群れるたがる。
金を使うことに倦 み疲れ、生死を賭けたヒリヒリする体験を求める人間がいかに多いか。
「ラスボスのポリドリだ」
「町長が?」
ポリドリは雑魚キャラの屍人軍団を産み出すヴァンパイアで、そのモデルになったのが町長なのだという。
「あいつに血を吸われたら全部同じ体型の屍人になってしまう。ハンプティー・ダンプティーのような」
だから血を吸われた牛たちも膨らんだホルスタインになったのか。
さらにコージは座席の後ろを指して、
「こいつら改・ドラキュラやカーミラ・亜種はもともと町長が殺した人間なんだ」
町長は周辺の男女を襲っては吸血行為を繰り返し屍人を増殖した。
その屍人にミツバチのような採蜜機能を植え付けたのがコージの父親だったという。
蛭牛 の大群は窓を割って建物にも侵入しだした。
それと同時に建物の中から大勢の人がまろび出てきて、それぞれの車に乗り込むと西へ東へと走り去って行った。
騒然としていた駐車場に車がなくなると、そこに蛭牛たちが押し出してきてあたしたちの10tトラックを遠巻きにした。
その圧倒的な数は、セレンゲティ大平原を埋め尽くすヌーの大群を思わせた。
あたしは動物ドキュメンタリーでよく観るヌーの大移動が大嫌いだ。
アフリカでは、ある時期が来ると100万頭と言われる数のヌーが大隊列を組んで数千キロも移動する。
その間に老いたり若すぎたり怪我をしていたり、はたは注意力が足りない個体がどんどん淘汰されてゆく。
なんでワニが潜む川を渡るのか、どうしてわざわざライオンのテリトリーを通るのか?
あの無為で無策で無慈悲な死の行軍を見ていると鬱になるのだ。
今、駐車場を埋め尽くした蛭牛たちのざわめきが、まるで死んで行ったヌーの恨みを吐き出しているかのように感じるのは、あたしだけだろうか。
建物の上で町長が叫んだ。
「我が種が生き延びる鍵を渡して貰おう」
鍵?
何のことだ。
巨獣の中にいた偽ヒナタは、彼女たちの種が滅びの道にあって回生のために地獄のエリクサーが必要だと言っていた。
さらに地獄の蓋を開くためには
あの気球男は、あたしとキノッピ二人をよこせと言っているのか?
やっぱりここに来たのは罠だった?
コージを見た。
コージはスマフォを取り出し通話をしていた。
心を読んでみたが、一点の曇りもなく、「父の仇を討つ」(極太明朝体)と思っていた。
そしてコージはスマフォを置いてあたしの目を見ると、
「すぐ味方が到着します」
と言ったのだった。
右へ左へと揺れ動いているのは風のせいかと思っていたら、気球には手足があって茶色の背広を着ていた。
最初のうちは道の駅のゆるキャラかと思ったから、人目に付く入り口付近に置けばいいのにと思って見ていた。
とここがそれが仰々しく両手を天に突き上げて一変した。
建物の背後の白樺林がゆっさゆっさと揺れ出したのだ。
林全体が鳴動している。
すると、白樺の木々の間の土の中から、ひとつまたひとつと屋上の気球と似た形のものが湧き出してきた。
ただ、屋上のそれは人の顔をしていたが、湧き出たものの頭は全て牛の首で、体はこの逃避行で何度も見た、ホルスタインの模様をしていた。
丸々と膨れ上がったケンタウロスのよう。
「蛭人間ならぬ牛人間? いや、
それを見てコージがつぶやいた。
「あいつ、兵隊造るのに牛を使ったんだ」
「あいつとは?」
キノッピが聞くと、
「辻川町長だよ」
コージは屋上の気球を指さしたのだった。
辻沢の町長ならあたしも会ったことがある。
非合法戦闘ゲーム『スレイヤー・R』の秘密イベントに呼ばれた時に町長室で会って、若い頃は東京の青物市場で働いていたとかで、延々と「やっちゃ場」の話を聞かされたのだった。
その時の町長は、痩せて背が高く目鼻立ちの濃いイケおじだったはずで、あんな気球のような体型ではなかった。
強いて似ているところを挙げるならハ
「僕が知ってる町長とは別人?」
キノッピもあたしと同じ感想のようだった。
コージはそれに答えず、
「『スレイヤー・V』ってモバゲー知ってるよな」
限定会員制である『スレイヤー・R』の入会鍵が目的の無料ゲームのことだ。
Vはヴァンパイアを意味しスレイヤーの主人公が辻沢の町でヴァンパイアを狩りまくる。
ただ入会鍵を手に入れるには数十万単位の課金が必要と言われる鬼畜ゲーで、入会鍵を手にする前に破産しかねないことでも有名だった。
それでも人は『スレイヤー・R』に群れるたがる。
金を使うことに
「ラスボスのポリドリだ」
「町長が?」
ポリドリは雑魚キャラの屍人軍団を産み出すヴァンパイアで、そのモデルになったのが町長なのだという。
「あいつに血を吸われたら全部同じ体型の屍人になってしまう。ハンプティー・ダンプティーのような」
だから血を吸われた牛たちも膨らんだホルスタインになったのか。
さらにコージは座席の後ろを指して、
「こいつら改・ドラキュラやカーミラ・亜種はもともと町長が殺した人間なんだ」
町長は周辺の男女を襲っては吸血行為を繰り返し屍人を増殖した。
その屍人にミツバチのような採蜜機能を植え付けたのがコージの父親だったという。
それと同時に建物の中から大勢の人がまろび出てきて、それぞれの車に乗り込むと西へ東へと走り去って行った。
騒然としていた駐車場に車がなくなると、そこに蛭牛たちが押し出してきてあたしたちの10tトラックを遠巻きにした。
その圧倒的な数は、セレンゲティ大平原を埋め尽くすヌーの大群を思わせた。
あたしは動物ドキュメンタリーでよく観るヌーの大移動が大嫌いだ。
アフリカでは、ある時期が来ると100万頭と言われる数のヌーが大隊列を組んで数千キロも移動する。
その間に老いたり若すぎたり怪我をしていたり、はたは注意力が足りない個体がどんどん淘汰されてゆく。
なんでワニが潜む川を渡るのか、どうしてわざわざライオンのテリトリーを通るのか?
あの無為で無策で無慈悲な死の行軍を見ていると鬱になるのだ。
今、駐車場を埋め尽くした蛭牛たちのざわめきが、まるで死んで行ったヌーの恨みを吐き出しているかのように感じるのは、あたしだけだろうか。
建物の上で町長が叫んだ。
「我が種が生き延びる鍵を渡して貰おう」
鍵?
何のことだ。
巨獣の中にいた偽ヒナタは、彼女たちの種が滅びの道にあって回生のために地獄のエリクサーが必要だと言っていた。
さらに地獄の蓋を開くためには
つがい
のヴァンパイアが必要で、その候補があたしとキノッピだったとも。あの気球男は、あたしとキノッピ二人をよこせと言っているのか?
やっぱりここに来たのは罠だった?
コージを見た。
コージはスマフォを取り出し通話をしていた。
心を読んでみたが、一点の曇りもなく、「父の仇を討つ」(極太明朝体)と思っていた。
そしてコージはスマフォを置いてあたしの目を見ると、
「すぐ味方が到着します」
と言ったのだった。