まひる 27

文字数 1,811文字

 ラーメン屋からは、ウラジーミル改め海斗が軽トラで送ってくれた。

「アイルさんとは高校の同級生だったんですよ」

 と聞きもしないのに身の上話をしてくる。

「年齢詐称で入学してたみたいですけど」

 と言った。

あの中年親父のことをくん付けで呼んでいたところから推してかなりのお年なのは分かったが。

「もともと僕の通ってた高校の目の前でラーメン屋を営んでて、どうやら若い男を捜してみたいなんです」

 海斗を見初めて目的を果たし山の上に引っ越したらしい。

ではなんであのとき、

「海斗と」じゃなくて「ユタカとセックスしてー」だったのか?

「アイルとユタカのなれそめは?」

「半世紀前、小学生のユタカさんを攫って育て、18才になるのを待って旦那さんにしたんです」

大方、ユタカの家族を皆殺しにして手元に置いたといったところだろう。

「やっぱり、ユタカさんはかっこいいし、とてもセクシーだし、アイルさんが旦那さんにしたの分かるなって」

 別れ際にラーメン無料券を差し出す姿にセクシーさはまったく感じられなかったが、普段の厨房ではきっとそうなのだろう。

トリマ、旭川のヴァンパイアによる覇権争いは飴玉ジジイを黒棘姐さんがやっつけたと言うことで収まったようだった。



 ラブホ、もとい教会に戻ると騒ぎが起きていた。

コトハがエージェント二人と臨戦状態になっていたのだ。

それをヒョードルさんが間に入って取りなしていた。

今度のはホンモノっぽい。

「まひるさん、お帰りなさい」

「どうしたの? コトハがこんなに興奮するなんて」

 コトハは銀色の牙をむき出しにして今にもエージェントに食らいつかんとしていた。

ヒョードルさんはそんなコトハを羽交い締めにして押さえながら、エージェントを宥めている。

「コトハさんが暴れながら部屋から出てきて、二人を襲ったらしいです」

 ヒョードルさんが言った。

「ぎりぎりのところで私が間に合って押しとどめることができました」

 事前に知らせでもあったような言い方だ。

「連絡が?」

「はい、例の女性の声で旭川でまひるさんが困られてると」

 例の女性というのは、あたしたちが遠軽露西亜正教会に着く前に、手はずを整えてくれた人だ。

辻沢からの使者と言えばいいだろうか。

あの時置いていった飲み物はあたしにとっては命綱だ。

自称エージェントの二人は、コトハを見逃す訳にはいかないと意気込んでヒョードルさんの説得に応じない姿勢だった。

「ここは私がなんとかしますから、まひるさんはコトハさんをつれて逃げてください」

 今ここででいざこざを起こしたら何のための偽ヒョードル退治だったかわからなくなるので、おとなしくその言葉に従うことにする。

「ありがとう、ヒョードルさん。エカチェリーナさんたちによろしくね」

 とお礼を言ってコトハの手を引き地下の駐車場へ向かったのだった。

 HONDA Z360の後部座席にコトハを押し込んでエンジンをかける。

旭川の夜の道をアヤネとキノッピが待つ幌加内へ向けてぶっ飛ばす。

景気づけに音楽だ。

流れてきたのはTM NETWORKの「Get Wild」だった。

いや、待って。それははまりすぎ。

コトハはすぐにでもおとなしくなるだろうと思ったのだったが、ますます激しく興奮してしまった。

音楽のせいではないと思うが、ついには段ボールの仕切りをぶち破り運転席に顔を突き出してくる始末だった。

なんかおかしい。

そういえば、前日幌加内を後にする時のアヤネもおかしかった。

旭川ロシア正教会を助けに行くため、コトハとアヤネを連れて行こうと思ったらアヤネが頑として動こうとしなかった。

それで仕方なく、アヤネのことをキノッピに頼んで出かけたのだったが、あれも何かの前兆だったのか?

胸騒ぎがした。

 林道の中を走る車のヘッドライトは道路脇の並木を照らしながら走る。

やがて前方にアヤネたちが待つ養蜂家の拠点を照らし出した。

奇妙なほど静まりかえる平屋建て。

車を家の目の前まで進めると、窓という窓が破られて暗闇の中で真っ黒い口を空しく開けているのが分かった。

襲撃を受けていたのだった。

後部座席のコトハを見ると、鼻を向けて外の空気の匂いを嗅いでいる。

これは雪原の中を彷徨っていた時にキノッピの血の匂いを求めていた時の仕草だ。

キノッピを探している。

「コトハ、キノッピはどこ?」

答えはなかったけれど、コトハの気持ちの方向だけは分かった。

南へ。

あたしはHONDA Z360を札幌に向けて走らせたのだった。
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