キノッピ 9

文字数 1,888文字

 目を覚ますと4時前だった。

外はまだ暗い。

疲れているはずなのに3時間も寝られなかった。

当然だ。

隣の部屋にはまひるが寝てるのだから。

いつもなら二度寝タイムだが、今日もまたまひるを乗せてドライブだ。

寝てなんていられなかった。

 昨日の事がどうなったか気になって暖炉の上のラジオを付けた。

これラジオだよね。

半円の木枠の中央に選局バーと各種ダイヤル、両脇にスピーカーがあるやつだ。

スイッチを入れてニュース番組を探す。

トラックが行方不明というニュースはどこもやっていなかった。

でも警察はすでに動いている可能性はある。

杉本のおばさんが僕のことをどう言ったか心配になった。

 天気のニュースが入った。

遠軽が今年一番の積雪を記録したと言っていた。

 窓の外を覗くとまだ雪が降り続いていて、世界を白で均一化する真最中だった。

HONDA Z 360も埋もれているだろうと思って見たら、意外にそこだけ雪が積もっていない。

どうしたんだろう。

下の道を見ると、こんな早くから誰かが「雪はね」をしてくれていた。

雪が降っているのに?

僕は急いで服を着替えた。

手伝いに行くためだ。

 会社の制服を着て外套を羽織ろうと洋服掛けに近づくと、ドアの外に気配があって隙間から白い紙が差し入れられた。

拾って読むとそれはまひるからの手紙で「出掛ける」とある。

扉を開けてまひるを呼び止め、一緒に行くと言うと是非にと言ってくれた。

 玄関を出ると、階段下で雪まみれで路面を掃いている人がいた。

「おはようございます」

 こちらを振り返って一礼したのはヒョードルだった。

いったい何時から

をしていたんだろう。

前の通りの除雪も終わり、目抜き通りまでの道が通っていた。

とても一人でやったとは思えない範囲だった。

「ありがとうございます」

 とお礼をすると、

「気をつけていってらっしゃいませ」

 と僕にではなく後ろのまひるに言った。

出掛けることを知っていて、そのために除雪作業をしていたらしかった。

 HONDA Z360に乗り込みエンジンを掛ける。

さすがにエンジンが冷え切っていてなかなか掛からない。

何度か試みてもだめなので諦めかけたら、

「チョークレバーを引いてみたら?」

 という声が後部座席からした。

「?」

 後ろを見ると、段ボールの小窓から手が出ていて、ひらひらさせていた。

「誰?」

「僕だよ。箕輪セルゲイ」

 何故乗っているのか聞く間もなく、

「司祭から言われてね」

 助手席のまひるを見ると、小さく頷いたのだった。

 まずチョークレバーとはから解決しなければならなかったが、それはセルゲイに聞いて理解した。

吸気を制限することでガソリン濃度を上げ着火しやすくする機構だそう。

次いでそのチョークレバーとやらを探し当てて、セルゲイの助言通りにすると無事エンジンが掛かり出発できた。

それにしてもHONDA Z360に乗り換えて本当によかった。

昨日は緊張もあって気がつかなかったけれど、まひるとの距離が異様に近いのだ。

これはラバーズディスタンスと言っても過言ではない。

ちょっと肘を張るだけでまひるの腕に触れそうになるのだから。触れないけども。

 目抜き通りに出る。

すでに除雪車が出動していて積雪は最小限だ。

ただ、駅裏までの道が通行不能になっていたので、駅前に回ってそこで車を停めることにした。

「ここからは歩いて行きます」

まひるはそう言うと、雪が降りしきる車外に降りた。

僕も一緒にと車を出ようとすると、

「きみはここで待っていた方がいい」

助手席の背もたれを倒して段ボールから出てきたセルゲイに言われた。

その時セルゲイの肩にライフル銃が見えた。

WW2映画でスナイパーが使うような、柄のところが木製のやつだ。

 それでもと僕が身を乗り出すと、今度はまひるが、

「お願い。アガル曲かけて待ってて」

と言った。

僕は座り直してカセットの曲をかける。

当てずっぽうにかけた曲が結構景気がよかった。

ジェット機で上昇するみたいな出だしの曲。

「曲名は?」

とまひる。

ケースの曲順からすると、

「佐野元春の『アンジェリーナ』です」

まひるからいいねのサインが出た。

 セルゲイの後について、まひるが駅舎に向かって歩き出す。

中を通って裏手に回るつもりなのだろう。

降りしきる雪の中、まひるは「血で血」の制服に薄手の外套のみ。

この極寒の中で?

僕は自分のを渡そうとドアから半身出かけたが、まひるたちはすでに駅舎の中に消えていたのだった。

 こんな雪の中に推しを放り出すなんてまひ担の風上にも置けないと思われるかもしれない。

しかし、推しにお願いされて従わない奴がいたら会ってみたい。

僕は心を鬼にして居残ることにしたのだ。
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