まひる 40
文字数 1,876文字
トカレフの全弾8発ぶち込んだ親父の頭が吹き飛ぶと、支えていた周囲のヴァンパイアも四散して巨獣の頭は霧消した。
同時に巨獣の体全体が異様な震えを起こし始めた。
それは思いもしない事態に細胞レベルで動揺したかのようだった。
そして巨獣を構成していた体中のヴァンパイアが次々剥落して黒い翼となり、天高く舞い上がって夜空の中に消えてゆく。
そのまま巨獣の存在は隠滅し、空中で見放された首なし親父が煮えたぎるアスファルトに落下して終わるかと思った。
しかし、そうはならなかった。
親父は頭を無くした体に飲み込まれ見えなくなった。
巨獣には芯があったのだ。
全ての黒い翼が霧散すると、残ったのはやせ細った巨獣の姿だった。
頸部から下は貧弱な胴体に細い四肢が付いていて、体表は細い荒縄が縒り合されたようだった。
赤黒い部分と白く見える部分とが捩じりあって一つの組織となり、胸部、腹部、腕や脚を形づくっている。
その仔細は、腐肉がまとわりついた骨だった。
そして最上部の頸部から噴き出す血汚泥が辺りを濡らし腐臭をまき散らす。
それは巨獣が吐いた息の匂いと同じだった。
生臭い湿ったような、いつまでも鼻にまとわりついて吐き気を催す不快な匂い。
最初に息を吹きかけられた時、どこかで嗅いだことがあると思ったが、
それは、キノッピがいた「償いの部屋」の匂いだったのだ。
剝がされた人面皮が壁全体に張り付いていた部屋。
人骨と腐肉が床に散らばって足の踏み場もなかったあの部屋
餌食となった「教誨師」たちもさぞや居心地が悪かったろう部屋。
あの部屋に充満していた強烈な異臭とまったく同じ匂い。
この巨獣の残滓とは、つまり……。
突然、目の前の歩道が爆発し噴煙を上げた。
咄嗟に身構えたが破砕されたコンクリ片がいくつも体に当たって少なくないダメージを受ける。
その噴煙の中からセーラー服と芋ジャーのチグハグコスが現れて、
「「あたしたちの体だよ」」
と二重音声で言った。
巨獣の残滓を背にしてリリカ&メルルが立っていた。
「「親父に後始末させようと思ったけど、失敗だった」」
「後始末?」
「「あたしらのカルマのね」」
ファンだ推しだと言った時とは打って変わって険のある口調だった。
二人を繋ぐ顔の縫合痕が真っ赤に腫れあがって目立っている。
「「あいつがあんなDV親父になったのは、あんたのせいだから」」
二人の言い分はこうだ。
ペニス親父はもとは優しい人だったそうだ。
辻沢で穏健派として活動しながら、いつかヴァンパイアと共生できると信じて思想教育に従事していた。
「サマースクールで団長をしていたの。辻っ子団っていう」
リリカが補足説明をした。
あたしも辻っ子団というのは知っていた。
いつか家にアンチに都合のいい美辞麗句の勧誘チラシが配られてきたことがあったのだ。
父親はリリカ&メルルがヴァンパイアの血を引いていると分かってからも、それまでと同じように接したそうだ。
「でも、ある日を境に人が変わってしまった。ママやあたしたちにDVを働くキモ親父に成り下がりやがった」
メルルが吐き捨てた。
「あの日、首から下を血だらけにして帰って来てね」
リリカが言う。続けて、
「顔なんて生きてるのってくらい白くって、目が逝っちゃってた」
「まだちゃんと繋がってなかったらしくって、時々首が倒れやがるんだ。カクって」
メルルがおぞまし気に付け加える。
それからリリカ&メルルの生活は一変したという。
「あんたたちほどでなかったけど、それなりに楽しかった人生が暗転した。とんだDV野郎のせいで」
最初にDV被害にあったのは母親で、半月で精神を病んで病院送りとなった。
「ママが我が家にヴァンパイアの血をもたらした、なんて言ってた」
リリカが言うと、
「最初から分かってたことなのにね」
メルルが同意する。
そして当然のように親父の暴力はリリカ&メルルに矛先を変えた。
「骨が折れるなんて日常だった。あたしは、両手両足やられた」
リリカは四肢を、
「あたしは、肋骨と背骨、腰骨やられたよ」
メルルは胴体を集中的に攻撃されたという。
「「でも頭は防御した。死ぬとしたらそこだと思ったから」」
それは意見が一致していたらしい。
メルルが興奮で頬を真っ赤にして、あたしを見つめた。
リリカは白濁して見えてなさそうな瞳であたしを注視する。
そして弁舌の温度を急低下させて、
「「ある日、気が付いたよね。誰のせいでこうなったか……」」
父親の首を刎ねたやつのせい。
それは、あの日ヒナタを串刺しにした男の首を刎ねた人間。
素首が放物線を描いてゴールに吸い込まれたのを見届けた下手人。
つまりあたしの仕業。
同時に巨獣の体全体が異様な震えを起こし始めた。
それは思いもしない事態に細胞レベルで動揺したかのようだった。
そして巨獣を構成していた体中のヴァンパイアが次々剥落して黒い翼となり、天高く舞い上がって夜空の中に消えてゆく。
そのまま巨獣の存在は隠滅し、空中で見放された首なし親父が煮えたぎるアスファルトに落下して終わるかと思った。
しかし、そうはならなかった。
親父は頭を無くした体に飲み込まれ見えなくなった。
巨獣には芯があったのだ。
全ての黒い翼が霧散すると、残ったのはやせ細った巨獣の姿だった。
頸部から下は貧弱な胴体に細い四肢が付いていて、体表は細い荒縄が縒り合されたようだった。
赤黒い部分と白く見える部分とが捩じりあって一つの組織となり、胸部、腹部、腕や脚を形づくっている。
その仔細は、腐肉がまとわりついた骨だった。
そして最上部の頸部から噴き出す血汚泥が辺りを濡らし腐臭をまき散らす。
それは巨獣が吐いた息の匂いと同じだった。
生臭い湿ったような、いつまでも鼻にまとわりついて吐き気を催す不快な匂い。
最初に息を吹きかけられた時、どこかで嗅いだことがあると思ったが、
それは、キノッピがいた「償いの部屋」の匂いだったのだ。
剝がされた人面皮が壁全体に張り付いていた部屋。
人骨と腐肉が床に散らばって足の踏み場もなかったあの部屋
餌食となった「教誨師」たちもさぞや居心地が悪かったろう部屋。
あの部屋に充満していた強烈な異臭とまったく同じ匂い。
この巨獣の残滓とは、つまり……。
突然、目の前の歩道が爆発し噴煙を上げた。
咄嗟に身構えたが破砕されたコンクリ片がいくつも体に当たって少なくないダメージを受ける。
その噴煙の中からセーラー服と芋ジャーのチグハグコスが現れて、
「「あたしたちの体だよ」」
と二重音声で言った。
巨獣の残滓を背にしてリリカ&メルルが立っていた。
「「親父に後始末させようと思ったけど、失敗だった」」
「後始末?」
「「あたしらのカルマのね」」
ファンだ推しだと言った時とは打って変わって険のある口調だった。
二人を繋ぐ顔の縫合痕が真っ赤に腫れあがって目立っている。
「「あいつがあんなDV親父になったのは、あんたのせいだから」」
二人の言い分はこうだ。
ペニス親父はもとは優しい人だったそうだ。
辻沢で穏健派として活動しながら、いつかヴァンパイアと共生できると信じて思想教育に従事していた。
「サマースクールで団長をしていたの。辻っ子団っていう」
リリカが補足説明をした。
あたしも辻っ子団というのは知っていた。
いつか家にアンチに都合のいい美辞麗句の勧誘チラシが配られてきたことがあったのだ。
父親はリリカ&メルルがヴァンパイアの血を引いていると分かってからも、それまでと同じように接したそうだ。
「でも、ある日を境に人が変わってしまった。ママやあたしたちにDVを働くキモ親父に成り下がりやがった」
メルルが吐き捨てた。
「あの日、首から下を血だらけにして帰って来てね」
リリカが言う。続けて、
「顔なんて生きてるのってくらい白くって、目が逝っちゃってた」
「まだちゃんと繋がってなかったらしくって、時々首が倒れやがるんだ。カクって」
メルルがおぞまし気に付け加える。
それからリリカ&メルルの生活は一変したという。
「あんたたちほどでなかったけど、それなりに楽しかった人生が暗転した。とんだDV野郎のせいで」
最初にDV被害にあったのは母親で、半月で精神を病んで病院送りとなった。
「ママが我が家にヴァンパイアの血をもたらした、なんて言ってた」
リリカが言うと、
「最初から分かってたことなのにね」
メルルが同意する。
そして当然のように親父の暴力はリリカ&メルルに矛先を変えた。
「骨が折れるなんて日常だった。あたしは、両手両足やられた」
リリカは四肢を、
「あたしは、肋骨と背骨、腰骨やられたよ」
メルルは胴体を集中的に攻撃されたという。
「「でも頭は防御した。死ぬとしたらそこだと思ったから」」
それは意見が一致していたらしい。
メルルが興奮で頬を真っ赤にして、あたしを見つめた。
リリカは白濁して見えてなさそうな瞳であたしを注視する。
そして弁舌の温度を急低下させて、
「「ある日、気が付いたよね。誰のせいでこうなったか……」」
父親の首を刎ねたやつのせい。
それは、あの日ヒナタを串刺しにした男の首を刎ねた人間。
素首が放物線を描いてゴールに吸い込まれたのを見届けた下手人。
つまりあたしの仕業。