キノッピ 39

文字数 1,657文字

「一緒に行こう!」

 コノッピの声で意識のずれが起き、気づくと僕はすすき野交差点の真ん中に立っていた。

でも、感覚が変だった。

ここにいるのに、ここにいない感じ。

巨獣とその足に群がる蛭人間たち。

高く高く跳躍するまひるの姿。

それらのスペクタクルな光景は、8Kを凌駕する解像度で僕の目の前にあった。

でも、なんだか絵空事の世界に迷い込んだような感じがぬぐえない。

そうか。これはVRゲームの世界なんだ。

まひるが戦うフィールドに放り込まれたんだ。

「いて!」

 どこからか小石が飛んできて頭にあたった。

「どう? これでもVR?」

 確かに痛いけど、まひるのゲームフィールドはハプティクス(触覚提示)まで完璧に再現されると聞いている。

「相変わらず頑固だね」

 頑固と言われようと、この体の違和感はごまかしようがなかった。

「今はそれでいいか。じゃあ、まひを助けてあげて」

 突然浮遊感が襲ってきたと思ったら、巨獣の脛、腿、腰、腹、胸と上昇していった。

見上げると、遥か上空のまひるがどんどん近づいて来ている。

「拳を上に!」

 言われるがままシン・ウルトラマンのように拳を突き上げる。

そして、あわやPが見えちゃう! というところで、僕のこぶしに強い圧力がかかった。

まひるが巨獣の顔に向かってするすると遠ざかってゆく。

喉元から長ドスを突き上げようとした瞬間、巨獣がスウェーした。

給水塔のてっぺんほどある巨大な頭をいともたやすく()()らせたのだった。

そして勢い余ったまひるは巨獣の顔の前で宙ぶらりんになっていた。

そこに巨獣の咆哮が聞こえたと思ったら、まひるの体がビルの屋上に流れて行った。

吹き飛ばされたのだ。

でもまひるはすかさず屋上から飛び立ち、巨獣の顔目掛けて長ドスを叩き込む。

その攻撃も巨獣に難なく避けられて、まひるは放物線を描いて後方に着地する。

間髪入れずに大ジャンプ。

「合わせて!」

の掛け声で巨獣に体当たりするかと思う角度で僕の体もリフトされる。

巨獣にぶつかる寸前に目を固く閉じたけど、抵抗なくて、

「拳!」

の声に、再びのシン・ウルトラマンポーズで目を開けると、そこにまひるの足があった。

僕は拳をローファーに蹴らた後、巨獣の頭に突進する最強ゲードルの背中を見送る。

が、これもヘッドスリップで避けられてしまう。

巨獣の防御スピードは、まひるの攻撃を全て無効にしてしまう。

このままだと、いずれ巨獣の反撃をかわす精度も落ちて、いつかパンチをくらってしまうだろう。

巨獣の足元を見る。

蛭人間が足に纏わりついていることで、巨獣の移動自体は封じられているようだった。

しかし、上体のスウェーやヘッドスリップで避けられては肝心の急所を攻撃することができない。

「コノッピ! 車に戻りたい」

 どうしてかは聞かれなかった。

僕の体は、巨獣の足元から一気に大看板を超えてHONDA Z 360の止めてある路地に移動した。

僕はダッシュボートの中をあさる。

あった。

「いい? 戻るよ」

「ちょっとその前に、アがる曲をかけてから!」

 いいのがあった。

 メルヒェンフォークB面最初の曲。

「いいね。これならまひも気に入ってくれそう」

「陽水の『帰れない二人』。僕らにピッタリだろ?」

「そうね。あいつやっつけないとね」

 そういう意味ではないのだけれども…。

「行く!」

 僕はヤオマン・イン・札幌を飛び越えて、大看板の最上部まで来た。

交差点ではまひるが今まさに、巨獣の胸先に飛び上がったところだった。

そのまひるに向けて、取って来たものを投げようとしたが、ここからではいくらなんでも距離がありすぎた。

届かなければまひるは掌撃の餌食になるだろう。

僕は大看板を蹴るとまひるに向かって再び大ジャンプした。

そしてまひるに狙い定めて、

「まひる! トカレフだ!!」

 ヒョードルさん譲りの銃を投げた。

それはまるで、まひると僕の間が赤い糸で繋がれているかのようにまっすぐに飛んで行く。

「届け! 僕の願い」

  陽水の絶唱を耳に残し、僕の体はすすき野交差点に向かって落下していく。 

その時、頬に感じた風はこれまでと違って心地よかった。
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