キノッピ 38
文字数 1,886文字
すすき野の交差点では、まひるが巨大怪物と激しく戦っていた。
巨大怪獣の動きはまるでワルツを踊るかのように軽快で、その巨大さが嘘のようだった。
まひるはそこから繰り出される攻撃をすんでの所で避けては反撃を加えようとしていたが、怪獣はそれすら易々と躱しているように見えた。
その戦いから距離を置き自衛隊が静観しているその後方に、ずんぐり体型の一団が迫りつつあった。
改・ドラキュラ、カーミラ・亜種。蛭人間の群れだった。
先頭に迷彩服が一人、棒を頼りによろよろと歩いていた。
コージだ。
あいつ、何をする気だ?
「チ○ポに気をとられるな!」
耳を疑ったが、そう叫んだようだ。
まひるの動きをよく見ていると、たしかにパターンがあった。
何度も何度も飛び上がっては、怪物の股間をすり抜けていた。
まるでまひるがそこばかりに執着しているかのように見えたのだった。
そうか、まひるは団長の化身を攻撃しているのか。
あの男根を。
でもあれはデカすぎた。
あれが団長そのものとは到底思えなかった。
言ったら中型のサイロぐらいあるのだ。
サイロといえば、僕には苦い思い出がある。
営業所に配属になったばかりの頃、昼飯を買いに外に出かけたことがあった。
少しあるいていると事務方の女子たちが街を案内してあげると追いかけて来てくれた。
そうは言っても営業所がある佐呂間は狭い街だ。
目抜き通りにポツポツとスーパーやコンビニがあるくらいで、一人でぶらついていても大体のことは分かる。
新入りを面白がってのことのようだった。
「あそこが広藤 さんのお菓子屋さん。カボチャパイがおいしいよ」
まるで親戚のお店のように紹介するので、関係者かと聞いたら、
「ちがうよ」
とすげなく言われた。
結局コンビニでおにぎりと飲み物を買っただけで営業所に戻ることになったのだが、その帰り道に牧草地らしき場所に奇妙なものを見付けた。
それは人の背丈ほどの高さにブロックが円筒形に積まれていて、てっぺんに赤いトタンの三角帽子が乗ってていた。
まるで見張りの兵隊が一人で収まる歩哨舎のようだったのだ。
「これ何です?」
もはや僕に興味をなくして、わちゃわちゃ会話している女子たちに聞いてみた。
その女子の一人が僕が指さした奇妙なものを見て、大声で笑い出した。
「木下くん、知らないの? サイロだよ。これ、サイロ!」
「北海道中、どこでもあるやつぅーw」
女子たちが手をたたいて大笑い。
僕はいたたまれなくなってうつむいてしまった。
「そうかもと思ったけど、こんなちいさなサイロがあると思わなかったから」
という独り言は、女子たちの背中はもはや聞いていなかった。
それ以来、サイロを見ると女子たちの笑い声が聞こえてくるのだった。
今もその幻聴が響いていると思ったら団長の笑い声だった。
あの巨根団長が巨獣の股間から僕のことをあざ笑っているのだ。
あたかも、僕のは極小のミニミニサイロだと言わんばかりに……。
許さない!
「怒ってるね」
コノッピの声がした。
「さあ、僕を団長のところまで運んでくれ。ぎったぎたにしてやるから!」
身構えて待っていたけれど、一向に連れて行ってくれる気配がない。
再びキノッピの声で、
「そんなんじゃ、連れて行かれないな」
「どうして?」
「その怒りはまひのためじゃないもの」
確かにそうだった。
今の僕は恥ずかしい過去の僕に対して怒っていた。
それは、僕のための僕の怒り。まひるには何の関係もない怒りだった。
「それに、男子はすぐにそういうことで張り合おうとするじゃない。それもなんか違うし」
言い訳しようがなかった。
まひるに苦戦を強いる巨獣に敵愾心を持つのではなく、その巨大な男根に嫉妬して対抗意識を燃やしていた。
やはり、それは違うと言わざるを得なかった。
「じゃあ、どうすれば?」
「取りあえず、嘘はやめよ。ピノキオくん」
その声はコノッピのものではなかった。
山根サイクルのさっちゃん……。
僕の頭の中のもうひとつの声。
子供の頃、よく意識を失って目覚めた。
その時目の前にいた子たちに必死になって説明をした。
何も分からなかったのに、頭の中で思い描いたことを沢山話して、その場を取り繕った。
皆が冷ややかな目で見つめる中で一人だけ僕に言葉を掛けてくれたのが、山根サイクルのさっちゃんだった。
「嘘ついちゃだめだよ。そのままでいいんんだよ。レイオンくん」
嘘?
そうだ。僕はずっと嘘をついていた。
それは誰にでもない。僕自身に対して。
本当の僕は、僕という人間は、
「分かった。一緒に行こう!」
コノッピの声がしたと思ったら、いつもの意識の縦ずれがやってきた。
……。
気づくと僕はまひるが戦う交差点の真ん中に立っていた。
巨大怪獣の動きはまるでワルツを踊るかのように軽快で、その巨大さが嘘のようだった。
まひるはそこから繰り出される攻撃をすんでの所で避けては反撃を加えようとしていたが、怪獣はそれすら易々と躱しているように見えた。
その戦いから距離を置き自衛隊が静観しているその後方に、ずんぐり体型の一団が迫りつつあった。
改・ドラキュラ、カーミラ・亜種。蛭人間の群れだった。
先頭に迷彩服が一人、棒を頼りによろよろと歩いていた。
コージだ。
あいつ、何をする気だ?
「チ○ポに気をとられるな!」
耳を疑ったが、そう叫んだようだ。
まひるの動きをよく見ていると、たしかにパターンがあった。
何度も何度も飛び上がっては、怪物の股間をすり抜けていた。
まるでまひるがそこばかりに執着しているかのように見えたのだった。
そうか、まひるは団長の化身を攻撃しているのか。
あの男根を。
でもあれはデカすぎた。
あれが団長そのものとは到底思えなかった。
言ったら中型のサイロぐらいあるのだ。
サイロといえば、僕には苦い思い出がある。
営業所に配属になったばかりの頃、昼飯を買いに外に出かけたことがあった。
少しあるいていると事務方の女子たちが街を案内してあげると追いかけて来てくれた。
そうは言っても営業所がある佐呂間は狭い街だ。
目抜き通りにポツポツとスーパーやコンビニがあるくらいで、一人でぶらついていても大体のことは分かる。
新入りを面白がってのことのようだった。
「あそこが
まるで親戚のお店のように紹介するので、関係者かと聞いたら、
「ちがうよ」
とすげなく言われた。
結局コンビニでおにぎりと飲み物を買っただけで営業所に戻ることになったのだが、その帰り道に牧草地らしき場所に奇妙なものを見付けた。
それは人の背丈ほどの高さにブロックが円筒形に積まれていて、てっぺんに赤いトタンの三角帽子が乗ってていた。
まるで見張りの兵隊が一人で収まる歩哨舎のようだったのだ。
「これ何です?」
もはや僕に興味をなくして、わちゃわちゃ会話している女子たちに聞いてみた。
その女子の一人が僕が指さした奇妙なものを見て、大声で笑い出した。
「木下くん、知らないの? サイロだよ。これ、サイロ!」
「北海道中、どこでもあるやつぅーw」
女子たちが手をたたいて大笑い。
僕はいたたまれなくなってうつむいてしまった。
「そうかもと思ったけど、こんなちいさなサイロがあると思わなかったから」
という独り言は、女子たちの背中はもはや聞いていなかった。
それ以来、サイロを見ると女子たちの笑い声が聞こえてくるのだった。
今もその幻聴が響いていると思ったら団長の笑い声だった。
あの巨根団長が巨獣の股間から僕のことをあざ笑っているのだ。
あたかも、僕のは極小のミニミニサイロだと言わんばかりに……。
許さない!
「怒ってるね」
コノッピの声がした。
「さあ、僕を団長のところまで運んでくれ。ぎったぎたにしてやるから!」
身構えて待っていたけれど、一向に連れて行ってくれる気配がない。
再びキノッピの声で、
「そんなんじゃ、連れて行かれないな」
「どうして?」
「その怒りはまひのためじゃないもの」
確かにそうだった。
今の僕は恥ずかしい過去の僕に対して怒っていた。
それは、僕のための僕の怒り。まひるには何の関係もない怒りだった。
「それに、男子はすぐにそういうことで張り合おうとするじゃない。それもなんか違うし」
言い訳しようがなかった。
まひるに苦戦を強いる巨獣に敵愾心を持つのではなく、その巨大な男根に嫉妬して対抗意識を燃やしていた。
やはり、それは違うと言わざるを得なかった。
「じゃあ、どうすれば?」
「取りあえず、嘘はやめよ。ピノキオくん」
その声はコノッピのものではなかった。
山根サイクルのさっちゃん……。
僕の頭の中のもうひとつの声。
子供の頃、よく意識を失って目覚めた。
その時目の前にいた子たちに必死になって説明をした。
何も分からなかったのに、頭の中で思い描いたことを沢山話して、その場を取り繕った。
皆が冷ややかな目で見つめる中で一人だけ僕に言葉を掛けてくれたのが、山根サイクルのさっちゃんだった。
「嘘ついちゃだめだよ。そのままでいいんんだよ。レイオンくん」
嘘?
そうだ。僕はずっと嘘をついていた。
それは誰にでもない。僕自身に対して。
本当の僕は、僕という人間は、
「分かった。一緒に行こう!」
コノッピの声がしたと思ったら、いつもの意識の縦ずれがやってきた。
……。
気づくと僕はまひるが戦う交差点の真ん中に立っていた。