まひる 28
文字数 2,093文字
コトハの鼻に誘導されて行き着いたのは札幌はすすき野交差点の大看板裏手にあるビジネスホテルだった。
時間はすでに夜12時を回っている。
近くの路地にHONDA Z360を止めて様子をうかがっていると、どこからかラーメンの匂いがして来た。
旭川を引きずっているかと思ったら、すぐそこのラーメン横丁から漂ってきていたのだった。
ヤオマン・イン・札幌は一見すると飾り気のない窓だけのそれらしいホテルだ。
でも、こんな時間なのにホテルに人が頻繁に出入りしている。
みなさん上下迷彩服で大きなリュックを背負って。
自衛隊指定宿なの?
それと、ここから見上げる9階の角部屋が異様だった。
窓はなく、火事で出来たらしい煤が上部の壁面を黒く染めて、往事の火の勢いまで分かるようなのだ。
普通はホテルの評判もあるから早々に修繕するだろうのに、歴史的な事件の跡かのように残されてあった。
コトハがその9階を見上げてうなり声を上げるので、キノッピがそこにいることが推してはかれた。
ロビーにたむろする迷彩服とぶつかるのはやっかいだ。つまり正面突破は無理。
とするとヴァンパイアがやるべきことはひとつ。
映画などでヴァンパイアの怪物らしさを見せつけてくれるのは、血を吸ったり陰獣に変身したりすることよりも、意外と壁登りだったりする。
コッポラの『ドラキュラ』では、ジョナサンが泊まるドラキュラ城の岩壁をヤモリのようにナイトガウン姿のドラキュラが這い回る。
なんでナイトガウン? ていうのは置いておいて気持ちわるさは十分伝わっていた。
『僕のエリ 200才の少女』という、邦訳タイトルがネタバレ全開で有名なヴァンパイア映画では、少女のヴァンパイアが病院の壁をよじ登るのだが、そこだけが稚拙なCG映像だった。
それで興がそがれたかというとそうでなく、逆にそのギミック感がそれまで可憐な少女でしかなかったエリが、恐ろしい怪物なのだと印象づけるのに効果的だった。
やはりヴァンパイアは怪物でなければならない。
太陽の光を避けて闇夜に紛れ、血をすすって細々と生きるか弱い存在。
そんなかわいそうな生き物を退治しては人間の暴力が正当化されないからだ。
ま、あたしは世界最強のゲードルだけどね。
コトハを車に残してホテルへ向かう。
ここは札幌すすきのだ。
深夜とはいえ誰かに見られる可能性は今までとは段違い。
周囲に人がいないことを確かめる。
しかし、ドラキュラは岩、エリは雨樋を伝って登っていたけど、このホテルにはそういうとっかかりになるものがない。
さて、と考えてホテルの壁と隣のビルの壁とを交互に蹴って登ることにする。
こういう技は格ゲーでよく使うからVR的には経験がある。
でやってみると案外簡単にできたけれども、隣のビルは5階までしかなかった。
それで今、屋上でヤオマン・イン・札幌の9階を見上げている。
この4階差を埋める方法が見当たらない。
さすがのあたしでもあの窓までジャンプは無理そうだ。
それで周囲を見回すと、すすき野交差点の大看板がちょうどヤオマン・イン・札幌の屋上と同じ高さだった。
あすこまで移動して看板をよじ登りホテルの屋上に出ることにする。
一旦下まで降りて、すすき野交差点に出てから大看板にとりついてよじ登る。
看板から見えるすすき野の賑わいが、とても遠くに感じる。
ついこの間まであたしもあの人たちと同じように人の中で生きていた。
でも、今は映画のヴァンパイアのように看板をよじ登っているのだ。
日の当たる世界から日陰の世界へ。
なんか萌える。
壁看板を登り終えると、ヤオマン・イン・札幌の屋上はすぐ目の前だった。
看板ビルの屋上から狭間を飛び越えて(よい子は真似しないこと)移動する。
ダクトが並んだスペースを抜けて、出入り口へ行きドアを開けようとしたら中から鍵が掛かっていた。
しかたなく屋上の隅から下を覗くと9階の窓は3階ほど下に見えていた。
ガラスがはまっていないので、ロープを使って勢いつければなんとか飛び込めそうだ。
『ミッション・インポッシブル』でそんなシーンがあったような気がするが、あたしはトムではないのでそんな無茶なことはしない。
で、ゲームにはこういうギミックがある。
見上げるほどの崖やビルの壁。
しかしそこを行かなければ先へは進めない。
そういうときは大概、鳩の糞かペンキか知らないけど白い汚れが付いている場所がある。
そこをめがけて一番簡単なジャンプ操作をすると手が掛けられて、よじ登れたり降りられたりする。
当該の窓枠を見てみる。
壁面より少し出っ張っていた。
ペンキは付いていがギミック感マシマシだ。
まず、屋上の縁にぶら下がる。
そのまま自由落下して9階の窓枠に掴まる。
コツは勢いをつけないこと。そのまままっすぐに落ちてタイミングで手を出す。
いち、に、さん。落下。
一瞬気が遠くなる感じがして、
クリア。
楽勝だった。下を見なければだが。
そこからは腕力だけで室内に入る。
中は思った通り、壁面に煤が残っていて家具類があったと思われる場所には消し炭の山だ。
現場保存もここまでくると芸術品だった。
部屋の真ん中にストレッチャーが一台。
そこにキノッピが寝かされていたのだった。
時間はすでに夜12時を回っている。
近くの路地にHONDA Z360を止めて様子をうかがっていると、どこからかラーメンの匂いがして来た。
旭川を引きずっているかと思ったら、すぐそこのラーメン横丁から漂ってきていたのだった。
ヤオマン・イン・札幌は一見すると飾り気のない窓だけのそれらしいホテルだ。
でも、こんな時間なのにホテルに人が頻繁に出入りしている。
みなさん上下迷彩服で大きなリュックを背負って。
自衛隊指定宿なの?
それと、ここから見上げる9階の角部屋が異様だった。
窓はなく、火事で出来たらしい煤が上部の壁面を黒く染めて、往事の火の勢いまで分かるようなのだ。
普通はホテルの評判もあるから早々に修繕するだろうのに、歴史的な事件の跡かのように残されてあった。
コトハがその9階を見上げてうなり声を上げるので、キノッピがそこにいることが推してはかれた。
ロビーにたむろする迷彩服とぶつかるのはやっかいだ。つまり正面突破は無理。
とするとヴァンパイアがやるべきことはひとつ。
映画などでヴァンパイアの怪物らしさを見せつけてくれるのは、血を吸ったり陰獣に変身したりすることよりも、意外と壁登りだったりする。
コッポラの『ドラキュラ』では、ジョナサンが泊まるドラキュラ城の岩壁をヤモリのようにナイトガウン姿のドラキュラが這い回る。
なんでナイトガウン? ていうのは置いておいて気持ちわるさは十分伝わっていた。
『僕のエリ 200才の少女』という、邦訳タイトルがネタバレ全開で有名なヴァンパイア映画では、少女のヴァンパイアが病院の壁をよじ登るのだが、そこだけが稚拙なCG映像だった。
それで興がそがれたかというとそうでなく、逆にそのギミック感がそれまで可憐な少女でしかなかったエリが、恐ろしい怪物なのだと印象づけるのに効果的だった。
やはりヴァンパイアは怪物でなければならない。
太陽の光を避けて闇夜に紛れ、血をすすって細々と生きるか弱い存在。
そんなかわいそうな生き物を退治しては人間の暴力が正当化されないからだ。
ま、あたしは世界最強のゲードルだけどね。
コトハを車に残してホテルへ向かう。
ここは札幌すすきのだ。
深夜とはいえ誰かに見られる可能性は今までとは段違い。
周囲に人がいないことを確かめる。
しかし、ドラキュラは岩、エリは雨樋を伝って登っていたけど、このホテルにはそういうとっかかりになるものがない。
さて、と考えてホテルの壁と隣のビルの壁とを交互に蹴って登ることにする。
こういう技は格ゲーでよく使うからVR的には経験がある。
でやってみると案外簡単にできたけれども、隣のビルは5階までしかなかった。
それで今、屋上でヤオマン・イン・札幌の9階を見上げている。
この4階差を埋める方法が見当たらない。
さすがのあたしでもあの窓までジャンプは無理そうだ。
それで周囲を見回すと、すすき野交差点の大看板がちょうどヤオマン・イン・札幌の屋上と同じ高さだった。
あすこまで移動して看板をよじ登りホテルの屋上に出ることにする。
一旦下まで降りて、すすき野交差点に出てから大看板にとりついてよじ登る。
看板から見えるすすき野の賑わいが、とても遠くに感じる。
ついこの間まであたしもあの人たちと同じように人の中で生きていた。
でも、今は映画のヴァンパイアのように看板をよじ登っているのだ。
日の当たる世界から日陰の世界へ。
なんか萌える。
壁看板を登り終えると、ヤオマン・イン・札幌の屋上はすぐ目の前だった。
看板ビルの屋上から狭間を飛び越えて(よい子は真似しないこと)移動する。
ダクトが並んだスペースを抜けて、出入り口へ行きドアを開けようとしたら中から鍵が掛かっていた。
しかたなく屋上の隅から下を覗くと9階の窓は3階ほど下に見えていた。
ガラスがはまっていないので、ロープを使って勢いつければなんとか飛び込めそうだ。
『ミッション・インポッシブル』でそんなシーンがあったような気がするが、あたしはトムではないのでそんな無茶なことはしない。
で、ゲームにはこういうギミックがある。
見上げるほどの崖やビルの壁。
しかしそこを行かなければ先へは進めない。
そういうときは大概、鳩の糞かペンキか知らないけど白い汚れが付いている場所がある。
そこをめがけて一番簡単なジャンプ操作をすると手が掛けられて、よじ登れたり降りられたりする。
当該の窓枠を見てみる。
壁面より少し出っ張っていた。
ペンキは付いていがギミック感マシマシだ。
まず、屋上の縁にぶら下がる。
そのまま自由落下して9階の窓枠に掴まる。
コツは勢いをつけないこと。そのまままっすぐに落ちてタイミングで手を出す。
いち、に、さん。落下。
一瞬気が遠くなる感じがして、
クリア。
楽勝だった。下を見なければだが。
そこからは腕力だけで室内に入る。
中は思った通り、壁面に煤が残っていて家具類があったと思われる場所には消し炭の山だ。
現場保存もここまでくると芸術品だった。
部屋の真ん中にストレッチャーが一台。
そこにキノッピが寝かされていたのだった。