キノッピ 46

文字数 2,174文字

 まだ雪残る緩やかな峠道をコージが運転する10tトラックが走ってゆく。

運転席の真ん中には僕が、左隣に推しの夜野まひるが座っている。

まひるは、戦いに行く時いつもそうするように腕組みをし目をつぶったまま深い呼吸をしている。

 ラジオからNEWSが流れてきた。

昨晩すすき野で火山の噴火が起こったと言っていた。

昭和新山の事例と比較して、以前から可能性はあったと説明していた。

巨獣のことはまったく触れらていない。

情報管制が敷かれれているようだった。

 その渦中にあった僕らがこれから行くのは望羊中山、道の駅。

道民のソールフードの揚げ芋を食べにではなく、コージの父親の仇討ちに行く。

コージの父親はヴァンパイアに殺されて屍人となり、辻沢で最も気味の悪い場所、青墓の杜を今も彷徨っているという。

その下手人がコージのことを中山峠で待っているのだ。

そいつを倒しに行く。

 おそらくコージの行動は敵に筒抜けだろう。

夜野まひるが一緒なのも知られているはずだ。

なんせ、まひるは連戦連勝。

コージの後ろにまひるが付いているとなると、向こうもそれなりの備えをして来るだろう。

対するこちらの戦力は荷台の中に、凹み頭の他、5体のカーミラ・亜種と改・ドラキュラが6体。

計12体の蛭人間のみ。

ついでに動くか分からないけど壬生のHONDA Z 360。

たとえ潰れたとしても壬生はすでにザマーしたので関係ないが。

まひるの戦闘力が突出しているものの、すすき野巨獣のように何をぶつけてくるかわからない連中なので油断は出来ない。

またぞろ巨大揚げ芋なんて出現したら……。

ないか、それは。

そして僕。

ヴァーチャル感の抜けきっていない今の状況で戦えるのか心配だった。

やっぱりコノッピに戻ってきてもらったほうがよいのだろうか。

彼女は素早く強い。

まひるが蜂球で熱殺されそうになった時、救い出してくれた。

まひるの失った長ドスを瞬時に探し出して、投げ渡してくれた。

コノッピが存在している間、僕は気を失ってしまい戦力にならないけれど、僕がいるよりなんぼか心強い気がした。

 その時、左手に氷のように冷たい感触があった。

見ると碧く透き通った掌が僕の左手を覆っていた。

「あたしは木下くんと闘いたい」
 
 本名呼ばれて心臓バコバコ。
 
横を見れば、まひるがこっちを見つめていてキュン死寸前。

「何もできないかもです」

 振り絞って出てきた言葉はそんな普通の返しだった。

「そばで見ててくれるだけでいい」

 僕が何か言おうとすると、それを制して、

「木下くんのことはあたしが守るから」

 オタク冥利に尽きるとはこの事だった。

この峠道の向こうが地獄だとしても、それが何だというのか?

夜野まひるのためなら、僕の身など牛頭羅刹にくれてやる。



 前方にずっと続いていた上り坂が切れると山並みが見えて、左手が「望羊中山」だった。

10tトラックを道に沿って進入させると、閑散としていて同じようなトラックが数台と、何台かの乗用車が駐車してあった。

排気ブレーキの音をさせてほどよいところに停車すると、

「中の様子見てきます」

 とコージが降りていった。

コージは「中山峠」と赤い文字のある建屋に向かって歩き始めたが、途中で振り返り、手招きをした。

「何か言ってますね」

「降りて来いって言ってるみたいね」

 指示通りにトラックを降りると、さらに大げさに腕を回して、

「トラックの反対に回ってみろ!」

 と叫んでいるので、言われたとおりに降りたほうと反対側に行くと、

「綺麗」

 と、まひるが感嘆の声をあげた。

そう言いたくなる気持ちがよく分かった。

遙か山並みの向こうに富士山型の美しい山が聳えていたのだ。

羊蹄山(ようていざん)

たしか蝦夷富士という異名を持っていたはず。

これを見て、ようやく「望羊」の意味を知る。

ここからは羊蹄山が素晴らしくよく見えるのだった。

 まひると僕はその雄姿をしばらく眺めていた。

携帯があれば記念写真がとれるのにとか、

まひるとツーショットでとか、

もちろん妄想したが、スマフォを持たない今は、詮無い願いだと諦めた。

「あそこで写真撮って貰おうよ」

 そうか、コージに撮って貰えばいいのか。

テンションマックスだ。

ところが、まひるが指さした先にあったのは揚げ芋の顔出し看板だった。

なんかダッサいやつ。

「いいです」

 冗談で言ったのかと思って返事をしたら、

「こういうのあったら写真撮るものでしょう?」

 不満そうにしていた。

「じゃあ、いいですよ」

「じゃあ、って何?」

 とトラックの方に歩き去ってしまった。

ひょっとしてへそを曲げた?

可愛いんですけど。

 意外な一面を見せてくれたまひるを追いかけていると、コージが建物から戻ってきた。

揚げ芋は持っていなかった。

「どうだった? いた?」

 およそ仇の存在を問う感じではなかったが、

「いなかったんだよね」

 怪訝そうにコージが答えた。

「揚げ芋ってここだけだよね」

 知らんがな。

どうやら本当に「揚げ芋食って待ってる」という情報しかなかったらしい。

 トラックに戻って作戦を練る。

「いないとなれば苫小牧に直行しましょう」

 僕が提案するとコージが、

「困ったな。予定キャンセルしなけりゃ」

 携帯を取り出し電話をかけ出した。

それまで黙っていたまひるが、

「ちょっと待ってくれる。あれは何?」

 建物の背後に広がる白樺林の中を、(うごめ)く何かの大群がこちらに向かって近づきつつあった。
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