まひる 6

文字数 1,576文字

 キノッピがガソリンスタンドに車を停めた。

 「給油します」

と外に出て行くのを見送る。

ドアが閉まると同時に段ボールの小窓からコトハが手を出して来たのでイタズラしてやった。

声はないけれど、後ろでキャッキャ言ってるのを感じる。

 それにしても、どうして敵はあたしたちの居場所がわかったのだろう。

オホーツクの海から上がってずっと人目を避けてここまで来た。

移動中も常に後ろを気にして来たけれど、追っ手を見かけたことはなかった。

それが、人と接触した途端に現れた。

それに、あんな斥候のようなのをよこしてあたしを始末できると思ったのか?

そもそも論で、敵の目的は何なのか?

あたしを始末するならもっと他に方法があるだろうのに。

「この先の行程ですが」

キノッピが戻って来て言った。

あたしは北館道の道はわからない。

運転を任せる以上はキノッピの決定に従うつもりだ。

そう伝えると、サイドボードから北館道道路マップを出して眺めだした。

 キノッピがエンジンを掛ける。

止まっていたカセットが動き、昭和ポップスが流れる。

清涼飲料水のCMソングのような曲。

「これ何ていう曲?」

「えっと、そこに曲名リストが」

キノッピがサイドボードを指さした。

中を覗くと、カセットのケースが入っていた。

フタに細かい字で曲名がびっしりと書き込まれていた。

それをキノッピに渡すと、

「えっと、多分『夢伝説』です。スターダスト・レビューていう人の」

爽やかで遙か遠くまで響くような曲が車内を明るくする。

周りは白一色の世界。

夏ならよかったのにと思った。

 キノッピが地図を畳んで

「出発します」

と言った。

行程の目星がついたらしい。

「これからどこへ?」

「峠を越えて12時までに遠軽に入ります」

エンガルという地名は初めて聞いたが気に入った。やっぱり響きがいい。

北海道のアイヌ語源の地名はどれも響きが心地よいから好きだ。

「それで?」

「知り合いを頼って一泊します」

泊まる気なのか。

その必要はないと言おうとしたがやめにした。

あたし達は何日でも寝ずにすむ。

でも、キノッピは人間。

それに今日一日仕事をしてきただろうからきっと疲れている。

申し訳なくて、走り続けろとは言えなかった。

 そこからの道は除雪も行き届いていて通行に支障は無かった。

4人を乗せた軽自動車が夜の雪景色の中をひたすら走る。

途中の掲示板に、

「大雪警報発令中」

とあったが、今は粉雪が舞っている程度だ。

これならキノッピの予定通りに遠軽に着くんじゃなかろうか。



 遠軽に着いたのは11時を回ったくらいだった。

街は静まりかえり人は誰も歩いていない。

目抜き通りを避けて裏道を通り、駅裏に停車した。

聳え立つような黒い岩山が目の前に迫って見える場所だ。

駅のホームには汽車が停車していたが、人が乗り降りする様子はない。

キノッピが地図を手に取った。

しばらくそうやって地図に見入っていたが、顔を上げてこっちを見ると、

「ちょっとそこのコンビニに聞きに行ってきます」

と言って車から出て行こうとするので手を取って、

「それはダメ」

と引き留めた。

コンビニは人目に付いてしまう。

今はよくても後で防犯カメラの情報から足が着くかもしれない。

「何を聞きに行くの?」

と尋ねると意外な答えが帰ってきた。

「これから泊まる所です」

「知り合いじゃなかったの?」

キノッピは困った顔をして、

「実は知り合いの知り合いで、僕も会ったことはなかったので」

と言った。

「それはまずいな」

繋がりが薄い人間は、あたしたちのことを面白がって吹聴しかねない。

「大丈夫です。こっちの人は知り合いの知り合いなんて遠い親戚みたいなものですから」

あっさりととんでもないことを言う。

「信じていいのかな?」

キノッピは直ぐにあたしの意を汲み取ってくれて、

「口が堅いのは保証しますから」

と言った。

「どんな方なの?」

「ロシア正教会の僧侶なんです」

それは、なおさらまずい。
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