まひる 12
文字数 3,387文字
キノッピに渡されたデビュー曲「君血」の制服をコトハとアヤネに着せてみる。
アヤネは体型維持に苦労することなどなかったが、コトハの場合は次の制服が出来てみるとサイズアップされていることが多かった。
RIBの中でも、
「コトコト。今度ので大台いったんじゃね?」
とメンバーからからかわれるのがお約束だった。
「まひるちゃん」
コトハはあたしのことをそう呼んだ。
「まひるちゃんは、どうやって維持してるの?」
とよく聞いてきた。
しかし、ヴァンパイアのあたしは体の変化はない。
成長もあのころで止まっている。
もうちょっと胸がねとか普通に思うときもある。
しかし、それをコトハに言うわけにもいかないから、
「炭水化物かな。あとは運動」
と答えると。
「やってるんだけどなー」
コトハだってゲードルだから一般の人より運動はしているし、炭水化物を抜くなどあたりまえの日常だった。
だから、もうこれは仕方ないこととオトナにも強く言って置いたので、コトハの制服はライブ毎に採寸するようになっていた。
今用意された制服はちゃんと着られた。
スカートのホックがはじけ飛ぶようなこともなかったし、ボタンがいやいやすることもなかった。
屍人のコトハに感情はないはずだが、表情がなんだか明るくなったように見えた。
あたしも制服に腕を通してみた。
市販のものにしては採寸したようにフィットした。
タグを見る。
「まひる」とネームが入っていた。
この下手くそな刺繍はあたしがしたもの。
つまりこれはあたしのだ。どうしてこれがここに?
「君血」の制服で鏡の前に立つのは久しぶりだ。
因みに、あたしは鏡に映らないとかはない。
太陽光にも耐性がある。それが辻沢のヴァンパイアなのだ。
鏡に映る自分の姿を見て、デビューのころを思い出した。
思えばこれを始めて着た一月前にあたしはヴァンパイアになったのだった。
といっても辻沢のヴァンパイアはよくある「吸血行為による感染」ではない。
遺伝によるところが大きい。
辻沢ヴァンパイアの始祖宮木野の血統には何代かに一人の割合でヴァンパイア因子を持つ者が生まれる。
その因子を持つ者も、何も無ければ人と変わらぬ成長をし普通の人生を送る。
しかし、過剰な血の刺激を受けると因子が覚醒し、ヴァンパイアになると言われている。
その刺激とは一定量の血を摂取する、あるいは大量の血を浴びるなどのことだ。
あたしの家は宮木野の血筋だった。
その上、あたしにはヒナタという双子の姉がいた。
辻沢の昔からの言い伝えに、女の子の双子が生まれたらそのどちらかがヴァンパイアだというのがある。
パパもママもそれを信じて、ヒナタかあたしのどちらかがヴァンパイアの因子を持っていると考えていた。
だから、辻沢の割礼と言われる乳犬歯を欠く儀礼もヒナタと一緒にさせられたし、怪我をして血に触れるような激しいスポーツはさせてもらえなかった。
そんなヒナタとあたしの唯一の楽しみはVRゲームだった。
ゲームと言ってもコンソールで手先を使ってやるのではない。
全身の動きをVR空間に投影してプレイするものだ。
ヴァーチャル空間なら怪我はしないし、当時のヒナタとあたしは有り余る体力に困るくらい活発だったからパパもママも大いに勧めてくれた。
小学校の高学年になると、一般の家庭では普通手が出ないVRゲーム設備をパパが用意してくれた。
それはVR空間にモーションキャプチャーを使って接続する最先端のものだ。
武器の感触や敵の攻撃のようなリアクションも完璧に再現されるものだった。
本来は遠隔格闘技試合などで利用されてきたが、当時ゲームへの応用もぼちぼち出始めていたのだ。
アバターは実写をそのまま使っても出来たが、ヒナタとあたしはゴールドとシルバーのウサギにした。
ヒナタがゴールドで、あたしがシルバーだった。
金ピカラビッツと呼ばれ人気も出て、ヒナタとあたしは勉強もそっちのけでVRゲームに夢中になった。
二人はどんなゲームもすぐに慣れて、主要なゲームでランカーに並ぶようになっていく。
特にヒナタのゲーム勘はずば抜けていて、個人大会優勝の最年少記録をどんどん塗り替えていった。
同時にパパとママには内緒で配信を始め、知名度もさらに上がって行ったのだ。
そのころからSNSやコメントで、ヒナタのことをヴァンパイア呼ばわりする輩が出てきていた。
やはり当時めだっていたのは金色のヒナタのほうで、銀色ウサギのあたしはヒナタに対してヒカゲと中傷されることはあったが、ヴァンパイアと言われることはなかった。
チーム名をRAGIN♡IN♡BLOODSにしたのはスラッシュメタル好きのヒナタの考えだった。
ヴァンパイア呼ばわりを逆手にとってやったのだ。
それに、あたしたちはヴァンパイアの血筋でもあったから。
ある時、ゲームアイドルグループを企画していた現RIB運営がヒナタとあたしに加入を打診してきた。
話を聞くと、ヒナタとあたしを軸にビジネスを展開するということだった。
悪くないと思った。
ヒナタとあたしなら世界一のゲードルグループになれると思った。
そういうわけでグループ名もヒナタとあたしのチーム名からなのだ。
結成も間近、中学の転校手続きも済んであとは東京に出て行くだけになったころ、それは起こった。
ヒナタとあたしは、いつものように辻女の体育館を借りて配信前の訓練を行っていた。
そこへ大勢の男達が手に手に得物を持って押し入ってきた。
木刀や釘バット、抜き身を手にしている者、なかにはチェーン・ソーを振りかざしている者までいた。
口々に低い声で「殺せ。殺せ」と唱え、足を踏みならしながら近づいてくる。
逃げるにも出口は押さえられていて、あっという間にあたしたちは取り囲まれてしまった。
この時、ママがよく口にしていたことを思い出す。
「辻沢は怖いところ。あなたたちも目立たぬように生きていかないといけませんよ」
それはヴァンパイアに対して、辻沢に相当量のアンチが存在するということを意味していた。
昔から辻沢でヴァンパイアが辻っ子から贖罪羊にされたという話が後を絶たないのもそのためだ。
この興奮しきった大勢の男達こそ、辻沢が露わにしたその本性だった。
ただ、ヒナタもあたしもそうかもしれないというだけで、その時はヴァンパイアというわけではなかった。
「ヴァンパイアを殺せ! 金髪を殺せ!」
誰かが叫んだ。
「させるか!」
ヒナタが先頭の皮の仮面を被った男に躍りかかる。
あたしもヒナタに続いて真剣の男に素手で組み付く。
ヒナタはその抜群の戦闘力で敵を押し戻していた。
あたしも必死に活路を開こうとして戦った。
ところが誰かが投げた石つぶてがあたしの頭に当たってよろけてしまい、形勢が逆転する。
そして、あたしの頭上に真剣が降り下ろされた時だった。
あたしが見上げると、間に入ったヒナタの肩にザックりと兇刃が食い込んでいた。
ヒナタの体から血潮がほとばしり、あたしの全身を赤く染め上げる。
ヒナタと目が合う。
ヒナタが声にならぬ声でこう言っていた。
「まひる、絶対死ぬな」
そしてヒナタは力尽き、床にばったりと倒れてしまったのだった。
男達の大歓声が上がる。
「ヴァンパイアを切り殺してやったぞ!」
足で床を踏みならす音。
もう勝利を勝ち取ったような勢いだ。
中にはこっちに背を向けて体育館から出て行こうとするものもいる。
そいつらの頭の中に、強いヒナタこそがヴァンパイアという観念でもできあがっていたのだろう。
だが、彼らは大きな過ちを犯した。
あたしはそれを思い知らせてやることにした。
ヴァンパイアの因子を持っていたのは、ヒナタではなくあたしだったということを。
体育館を一瞬で地獄にしてやった。
覚醒し本性を現したあたしには、全員を屠るに時間は必要なかった
数分後、形すら分からなくなった刺客どもの中にあたしは血まみれで立っていた。
そして床に倒れた最愛の姉を腕に抱き、血の匂いが充満した体育館を後にした。
こうしてあたしはヒナタの言いつけ通り、死なない存在になったのだった。
その後、この事件は闇に葬られ公になることはなかった。
辻沢とはそういうところなのだ。
あたしは運営にヒナタが辞退するからRIB結成の話はなかったことにすると伝えた。
しかし運営は、もう走り始めたことだから、あたし一人でもということで今に至っている。
その後募った第一期生メンバーの中に笹井コトハと鈴鹿アヤネはいたのだった。
アヤネは体型維持に苦労することなどなかったが、コトハの場合は次の制服が出来てみるとサイズアップされていることが多かった。
RIBの中でも、
「コトコト。今度ので大台いったんじゃね?」
とメンバーからからかわれるのがお約束だった。
「まひるちゃん」
コトハはあたしのことをそう呼んだ。
「まひるちゃんは、どうやって維持してるの?」
とよく聞いてきた。
しかし、ヴァンパイアのあたしは体の変化はない。
成長もあのころで止まっている。
もうちょっと胸がねとか普通に思うときもある。
しかし、それをコトハに言うわけにもいかないから、
「炭水化物かな。あとは運動」
と答えると。
「やってるんだけどなー」
コトハだってゲードルだから一般の人より運動はしているし、炭水化物を抜くなどあたりまえの日常だった。
だから、もうこれは仕方ないこととオトナにも強く言って置いたので、コトハの制服はライブ毎に採寸するようになっていた。
今用意された制服はちゃんと着られた。
スカートのホックがはじけ飛ぶようなこともなかったし、ボタンがいやいやすることもなかった。
屍人のコトハに感情はないはずだが、表情がなんだか明るくなったように見えた。
あたしも制服に腕を通してみた。
市販のものにしては採寸したようにフィットした。
タグを見る。
「まひる」とネームが入っていた。
この下手くそな刺繍はあたしがしたもの。
つまりこれはあたしのだ。どうしてこれがここに?
「君血」の制服で鏡の前に立つのは久しぶりだ。
因みに、あたしは鏡に映らないとかはない。
太陽光にも耐性がある。それが辻沢のヴァンパイアなのだ。
鏡に映る自分の姿を見て、デビューのころを思い出した。
思えばこれを始めて着た一月前にあたしはヴァンパイアになったのだった。
といっても辻沢のヴァンパイアはよくある「吸血行為による感染」ではない。
遺伝によるところが大きい。
辻沢ヴァンパイアの始祖宮木野の血統には何代かに一人の割合でヴァンパイア因子を持つ者が生まれる。
その因子を持つ者も、何も無ければ人と変わらぬ成長をし普通の人生を送る。
しかし、過剰な血の刺激を受けると因子が覚醒し、ヴァンパイアになると言われている。
その刺激とは一定量の血を摂取する、あるいは大量の血を浴びるなどのことだ。
あたしの家は宮木野の血筋だった。
その上、あたしにはヒナタという双子の姉がいた。
辻沢の昔からの言い伝えに、女の子の双子が生まれたらそのどちらかがヴァンパイアだというのがある。
パパもママもそれを信じて、ヒナタかあたしのどちらかがヴァンパイアの因子を持っていると考えていた。
だから、辻沢の割礼と言われる乳犬歯を欠く儀礼もヒナタと一緒にさせられたし、怪我をして血に触れるような激しいスポーツはさせてもらえなかった。
そんなヒナタとあたしの唯一の楽しみはVRゲームだった。
ゲームと言ってもコンソールで手先を使ってやるのではない。
全身の動きをVR空間に投影してプレイするものだ。
ヴァーチャル空間なら怪我はしないし、当時のヒナタとあたしは有り余る体力に困るくらい活発だったからパパもママも大いに勧めてくれた。
小学校の高学年になると、一般の家庭では普通手が出ないVRゲーム設備をパパが用意してくれた。
それはVR空間にモーションキャプチャーを使って接続する最先端のものだ。
武器の感触や敵の攻撃のようなリアクションも完璧に再現されるものだった。
本来は遠隔格闘技試合などで利用されてきたが、当時ゲームへの応用もぼちぼち出始めていたのだ。
アバターは実写をそのまま使っても出来たが、ヒナタとあたしはゴールドとシルバーのウサギにした。
ヒナタがゴールドで、あたしがシルバーだった。
金ピカラビッツと呼ばれ人気も出て、ヒナタとあたしは勉強もそっちのけでVRゲームに夢中になった。
二人はどんなゲームもすぐに慣れて、主要なゲームでランカーに並ぶようになっていく。
特にヒナタのゲーム勘はずば抜けていて、個人大会優勝の最年少記録をどんどん塗り替えていった。
同時にパパとママには内緒で配信を始め、知名度もさらに上がって行ったのだ。
そのころからSNSやコメントで、ヒナタのことをヴァンパイア呼ばわりする輩が出てきていた。
やはり当時めだっていたのは金色のヒナタのほうで、銀色ウサギのあたしはヒナタに対してヒカゲと中傷されることはあったが、ヴァンパイアと言われることはなかった。
チーム名をRAGIN♡IN♡BLOODSにしたのはスラッシュメタル好きのヒナタの考えだった。
ヴァンパイア呼ばわりを逆手にとってやったのだ。
それに、あたしたちはヴァンパイアの血筋でもあったから。
ある時、ゲームアイドルグループを企画していた現RIB運営がヒナタとあたしに加入を打診してきた。
話を聞くと、ヒナタとあたしを軸にビジネスを展開するということだった。
悪くないと思った。
ヒナタとあたしなら世界一のゲードルグループになれると思った。
そういうわけでグループ名もヒナタとあたしのチーム名からなのだ。
結成も間近、中学の転校手続きも済んであとは東京に出て行くだけになったころ、それは起こった。
ヒナタとあたしは、いつものように辻女の体育館を借りて配信前の訓練を行っていた。
そこへ大勢の男達が手に手に得物を持って押し入ってきた。
木刀や釘バット、抜き身を手にしている者、なかにはチェーン・ソーを振りかざしている者までいた。
口々に低い声で「殺せ。殺せ」と唱え、足を踏みならしながら近づいてくる。
逃げるにも出口は押さえられていて、あっという間にあたしたちは取り囲まれてしまった。
この時、ママがよく口にしていたことを思い出す。
「辻沢は怖いところ。あなたたちも目立たぬように生きていかないといけませんよ」
それはヴァンパイアに対して、辻沢に相当量のアンチが存在するということを意味していた。
昔から辻沢でヴァンパイアが辻っ子から贖罪羊にされたという話が後を絶たないのもそのためだ。
この興奮しきった大勢の男達こそ、辻沢が露わにしたその本性だった。
ただ、ヒナタもあたしもそうかもしれないというだけで、その時はヴァンパイアというわけではなかった。
「ヴァンパイアを殺せ! 金髪を殺せ!」
誰かが叫んだ。
「させるか!」
ヒナタが先頭の皮の仮面を被った男に躍りかかる。
あたしもヒナタに続いて真剣の男に素手で組み付く。
ヒナタはその抜群の戦闘力で敵を押し戻していた。
あたしも必死に活路を開こうとして戦った。
ところが誰かが投げた石つぶてがあたしの頭に当たってよろけてしまい、形勢が逆転する。
そして、あたしの頭上に真剣が降り下ろされた時だった。
あたしが見上げると、間に入ったヒナタの肩にザックりと兇刃が食い込んでいた。
ヒナタの体から血潮がほとばしり、あたしの全身を赤く染め上げる。
ヒナタと目が合う。
ヒナタが声にならぬ声でこう言っていた。
「まひる、絶対死ぬな」
そしてヒナタは力尽き、床にばったりと倒れてしまったのだった。
男達の大歓声が上がる。
「ヴァンパイアを切り殺してやったぞ!」
足で床を踏みならす音。
もう勝利を勝ち取ったような勢いだ。
中にはこっちに背を向けて体育館から出て行こうとするものもいる。
そいつらの頭の中に、強いヒナタこそがヴァンパイアという観念でもできあがっていたのだろう。
だが、彼らは大きな過ちを犯した。
あたしはそれを思い知らせてやることにした。
ヴァンパイアの因子を持っていたのは、ヒナタではなくあたしだったということを。
体育館を一瞬で地獄にしてやった。
覚醒し本性を現したあたしには、全員を屠るに時間は必要なかった
数分後、形すら分からなくなった刺客どもの中にあたしは血まみれで立っていた。
そして床に倒れた最愛の姉を腕に抱き、血の匂いが充満した体育館を後にした。
こうしてあたしはヒナタの言いつけ通り、死なない存在になったのだった。
その後、この事件は闇に葬られ公になることはなかった。
辻沢とはそういうところなのだ。
あたしは運営にヒナタが辞退するからRIB結成の話はなかったことにすると伝えた。
しかし運営は、もう走り始めたことだから、あたし一人でもということで今に至っている。
その後募った第一期生メンバーの中に笹井コトハと鈴鹿アヤネはいたのだった。