まひる 41

文字数 1,915文字

 あたしのせい。

そう言われても、なんか納得できなかった。

父親はあたしに斬首される前まで穏健派だったのなら、何故あの時、刺客の先頭を切っていたのか。

それにあのヒナタがなまくら刀にやられたことも、ずっと腑に落ちていなかった。

父親はあの時すでに人外だったのでは?

「お母さんはどこ?」

 突然質問されて、リリカ&メルルは一瞬だけ記憶の扉を開けてすぐ心を閉じた。

あたしはその記憶の裂け目をこじ開けて心を読みに行く。

 リリカの心の中は荒涼とした砂漠が広がっていた。

その砂漠を進んでゆくと、その先にメルルの記憶があった。

そこにあった記憶の扉を開くと公園の砂場が見えた。

その砂場の真ん中で真っ白いドレスを着た幼い少女が泣いていた。

その少女は、

「妹が欲しいの」

と言って泣いていたのだった。

砂場の縁に腰掛けてそれを見ていた女性が、

「泣かないで、今造ってあげるから」

と優しく言った。

すると間もなく、もうひとり幼い少女が現れた。

泣いていた少女がそれを見て、

「名前は何ていうの?」

「メルルが付けてあげて」

「じゃあ、リリカちゃん。リリカちゃんよろしくね」

 といって、メルルと言われた少女はリリカと名付けた少女にハグをした。

「メルル。やさしくしてあげて」

 女性がメルルをリリカから引き離すと、白いドレスの前が真っ赤に染まっていた。

「まだ、出来たばかりだからね」

 リリカ&メルルの記憶から離脱する。

「償いの部屋」で聞こえた声が、ホムンクルスと言っていた理由(わけ)が知れた。

リリカはこの記憶の中の女性が造ったのだ。

この女性こそ、

「お母さん、人形遣いね」

 リリカ&メルルを胸に手を置く仕草をして、

「「あたってるけど、おしい……、かな」」

 と言ったのだった。

「ちがった?」

「「人形遣いは叔母さん。お母さんの双子の姉妹なの」」
 
 あんがいあっさり白状してくれた。ならばついでにと、

「じゃあ、お母さんは?」
 
 と聞いてみる。

 するとリリカ&メルルが寄り目になった。二人で見つめ合っている。

「「どうする?」」

「「言っちゃう?」」

 としばし談義してから、背後の巨獣の残滓を振り仰ぎ、

「「本当は、あれがお母さん。ずいぶん前からバグっちゃってて」」

 リリカ&メルルは大きくため息をついた。

「「お母さんは人形遣いの血を引いてたけど、それが裏目に出たらしくて」」

 人形を造る時、他者の肉体を取り込み体内で合成するのだが、本人が脆弱すぎると呑み込んだ他者の肉体に逆に支配されてしまうことがあるという。

「「それがあの姿。でもああなってくれただけよかった。それまでの荒れようと言ったら」」

 夫を殺し、リリカ&メルルを八つ裂きにし。

そのたびに叔母さんに修復してもらったという。

「で、どうしたい?」

 内実を吐露したのは同情してほしかったからではないだろう。

「「お母さんを……」」

 と言いかけた時、巨獣の残滓の手が伸び手来て、リリカ&メルルを掠っていった。

そして、そのまま二人の体を頚部に()じ込むと、両腕を突き上げて、

「「「(しず)めてぇーー!!」」」

 と雄叫びを上げたのだった。

 気づくとあたしの周りは血汚泥が押し寄せていた。

その時、

「まひるー!」

 キノッピの声が聞こえた。

そちらに目をやると蛭人間軍団が血汚泥を蹴立てて押し寄せて来ていた。

その先頭にカーミラ・亜種。

背中に養蜂家のコージ、そしてキノッピが張り付いていた。

 血汚泥が満ちるこの足場ではジャンプもできそうにない。

そして、トカレフの弾は尽き、高倉健さん譲りのデコ長ドスも投げてしまって行方しれずだ。

蛭人間とキノッピ。そして丸腰のあたし。

それが我が方の手勢だ。

敵は巨大な肉塊。すさまじい破壊力とスピードを有する。

どう闘えばいい?

蛭人間が寄せる波に翻弄されながら、あたしは作戦を考えていた。

頭からくっさい血汚泥をかぶって、

うぇ!

気持ち悪い。

も一度、うぇ!

実際頭が回らなくなりそうだ。

「まひる、手を」

 差し伸べられたキノッピの手にすがって蛭人間の背中に。

前回お会いしたときほどは密着しなくてよいのはありがたいが、こちらも決して(かぐわ)しいとはいえない屍人由来の存在。

もう鼻がバカにならないか。そっちの方が心配になる。

「どうする?」

 コージが聞いてきた。

「この子たちを足場にしたい」

 ひしめくカーミラ・亜種と改・ドラキュラの群れ。

「案外、衝撃に弱いから踏み込みすぎると破裂するかもだけど」

「その時はごめんなさいで」

 飼い主の了承を得られたようなので、あとはキノッピに……。

キノッピを見ると、こちらを見返してきた。

あたしはキノッピのその瞳の色に胸が痛くなった。

こちら側の瞳。金色をしていたから。

「補助をお願い」

 その時あたしは、他に言葉を掛けることができなかった。
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