まひる 9

文字数 2,255文字

 キノッピが掛けてくれた「アンジェリーナ」のおかげで、雪を掻き分けながらの歩行も気分よくいけた。

耳当て付きの帽子に、分厚いコートを着込んだセルゲイの先導で瞰望岩の頂上を目指す。

 昨晩の情報交換の時、白髭の老人が、

「コチラカラモヒトヲダシマス」

と言ってきたので、断ったつもりだった。

敵はヴァンパイアが来る。

十字架を掲げた自称ヴァンパイアスレイヤーとか、勘違いな人が来られても困るからだ。

 だが、セルゲイは否が応でも付いてくる気で勝手に車に乗り込んで待っていたのだった。

見れば、モシン・ナガンという古いライフル銃を携えている。

ソ連時代のSR(スナイパー・ライフル)として有名なやつ。

視界が効かないこの大雪で役に立つはずもないが、いきなり敵に聖水をぶっかけるとかはなさそうなので様子を見ることにした。

「セルゲイさん」

「はい」

セルゲイが振り向いて笑顔を作った。

「その銃は何ですか?」

セルゲイがライフル銃を肩から外して空を目がけて構えると、

「銀玉鉄砲です。カラスを撃ちます」

と言ったのだった。

SRは用途不明だが、他に拳銃のような近距離武器を懐に呑んでいるのだろう。

「敵はもう来てますかね」

白鬚の老人からは瞰望岩の頂上で待つように言われていた。

そこに現れるよう手はずを整えるということだった。

 見晴らしのいいところであれば早めに敵を把捉できる。

瞰望岩は遠軽周辺が一望できるスポットと言われ申し分ないと思った。

しかし、あいにくの大雪。

当てが外れてしまった。

もし晴れていたら、それこそSRで遠方から人数減らしも出来たかもしれなかった。

ついていない。

 雪を踏み分けて頂上まで行く。

ほぼ雪中水泳の感覚だ。

 上に着くと一面の雪、おそらく展望台なのだろう雪がそこだけ小高くなった場所があった。

セルゲイはその上に登って雪かきを始める。

戦うスペースを確保するつもりなのだろう。

あたしが前のほうに出て行こうとすると

「そっち気をつけてください。すぐ崖ですから。足を滑らせたら80m下まで真っ逆さまですよ」

セルゲイに言われた。

積雪で境界も分からなくなっていた。

 あたしはセルゲイが雪かきをした展望台で敵を待つことにする。

上に登ると、かろうじて囲いが露出するぐらいまでにはなっていた。

「敵はまだのようですね」

と言うと、セルゲイがSRを構えて空に向け、

「いいえ。もう来てます」

と言って発砲した。

すると、上空でバサバサという音がしかと思うと、目の前の雪の上に黒いものが落ちてきたのだった。

見ると、昨日出くわしたのと同じリクス姿の、髪の長い女だった。

それが昨日と違ったのは、背に大きなコウモリ羽が生えていること。

「フライヤーか」

空を飛ぶヴァンパイアのことだ。

フライヤーなんてチートすぎる。

道理で雪原を様預手いる時に後ろを気にしていても敵が見当たらなかったはずだ。

こいつら空から追跡していたのだ。

あたしは展望台の囲いを足場にして飛び、リクス女の頭に蹴りを入れる。

リクス女は頭を抱えて蹲る。

銃声。

また空からバサバサと音がして展望台に落ちてきた。

今度のはダメージが少なかったと見え、銃を構え直したセルゲイに襲いかかった。

 セルゲイはどう見ても常人だ。

ヴァンパイアに組み敷かれたら抵抗する力などない。

あたしは、リクス女の頭を掴んで顔面に膝を叩き込むと、展望台の上に飛びかえった。

セルゲイの頭を鷲掴んだ金髪リクス男が、こちらを振り返る。

その男も昨日の男のように彫りの深い色白の顔をしていた。

「これを」

セルゲイから黒いものが飛んできた。

手に取ると、やはり自動拳銃。

トカレフって……。

古いのしか持ってないのか?

VRシューターでこの手の武器は使い慣れているけども。

あたしはコッキング(弾を銃身に装填する動作)すると、リクスコウモリに発砲した。

こんなの楽勝。

ヘッショ(ヘッド・ショット)を決めてやった。

頭をのけぞらせたリクス男は、その場で紫の炎を上げて燃えだした。

あたりに松脂の匂いが漂ってくる。

背後に気配。

振り向きざま発砲。

額を撃ち抜かたリクス女は雪の上を転げていった。

間もなく紫の炎を上げて燃え尽きる。

あたしはこのエイム(狙いを的確に撃ち抜く技術)で世界を奪取したのだ。なめるな。

 頭を抱えたセルゲイの元へ駈け寄る。

その時、横から強い衝撃に見舞われ、今度はあたしが展望台から吹っ飛ばされた。

雪の中を転がって立ち上がりざま、現れたリクス男の蹴りに襲われる。

雪で足場が悪いのに蹴りの連打が尋常でない。

何発目かで手にしたトカレフは雪の中へ。

昨日の男の頭突きのスピードも冷や汗ものだったのを思い出す。

あたしは一方的にガードするしかなく、じりじりと後退してしまう。

気付けば、もう後がない。

このまま落ちれば80m下の地面に叩きつけられることになる。

あたしはチーターではない。

飛べないのだ。

すぐ後ろの雪塊が崩れ落ち、チルトシフト(ミニアチュア写真技法)の駅舎が見える。

じりじりと押されながら、柵さえない崖際でもう落ちるとなったとき、

そこでやっと銃声。

リクス男の頭が吹っ飛んだ。

「遅いでしょ」

展望台の上でモシン・ナガンを構えたセルゲイに不平を言うと、

「リコイル(弾を銃身に装填し直す動作)が手間取って」

とコッキングレバーを差しながら言ったのだった。

 展望台に戻り、

「これだけ?」

「はい。そうみたいです。でももっといていいはず」

首をかしげていたセルゲイが、

「しまった!」

と大声で叫んだ後、来た道に向かって走り出したのだった。

あたしもその意を覚り、後を追う。

コトハとアヤネの身が危うい。
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