キノッピ 48

文字数 1,615文字

  駐車場に侵入してきたトラックで横並びの列ができていた。

その荷台から現れた大量の蛭人間に、敵の蛭牛は密集し巨大化した鋭利な角を前方に振りかざしだした。

僕とコージは一列に並んだ蛭人間の列の中央、凹み頭のカーミラ・亜種の三つ編みに掴まって指揮を執る。

養蜂家の蛭人間は間合いを詰めながら両端が後方に回り巾着を絞るよに蛭牛の群れを包み込む。

緊迫した中、一騎の改・ドラキュラが走り出た。

その背中にデコ長ドスを手にした夜野まひるが乗っている。

改・ドラキュラは蛭牛の雄角に触れる直前、両足を踏ん張って急ブレーキ。

まひるがジャンプして蛭牛の頭上高くに飛び上がった。

切っ先を向けるのは屋上のコウモリ翼のおぞましき怪物。

それを見た養蜂家たちにどよめきが広がる。

「町長、本性現わしやがったな」

 辻沢の町長がヴァンパイアに?

「僕たち辻沢ヴァンパイアを相手にしてるってこと?」

 ヤオマン・イン札幌で変な味のエナドリを用意してくれたのは辻沢の勢力だと思っていた。

まひるのバックにいるのは辻沢のヴァンパイア勢だと。

町長とまひるが真っ向勝負となると、それが間違いだったことになるのだが。

ところがその時コージが言ったことは真逆だった。

「あいつはロシア・ヴァンパイアのパシリだ」

 辻沢の町長が? そんなやつがどうして町長になれたんだ?

サマースクールでは辻沢ヴァンパイアは闇で町を支配していると教わった。

コージはそれはでたらめで実際は何もしていない、むしろ手を出せないという。

それは辻沢の始祖ヴァンパイア、宮木野が子孫に残した「宮木野遺訓」のためだった。

 戦国の世、辻沢に双子のヴァンパイアがやって来た時に、村人と交わした双方不干渉の約定の一つで、

「人為は須らく黙従すべし」

 人がすることはどんなことでも従え。

どんな取り決めでも従う。その変わり村人はヴァンパイアに干渉するな。

それが約定の骨子だった。

だが遺訓だけが独り歩きをして、それを知る者が悪用することになった。

「あいつはそこに目を付けた。行政の長となれば何をしても民意によることになるからな」

 自分を拾ってくれたヤオマン会長の伝手(つて)で町役場に入り役職を上り詰めて次長になったあと選挙に出馬。堂々町長に当選する。

当選してからは自分に都合のいいように行政手続きを連発していった。

その一つが辻沢ヴァンパイアを孤立させる怪しげな戸籍操作だ。

そうやって地味ながら辻沢ヴァンパイア勢が手を出せないように町を支配していったのだった。

「辻沢ヴァンパイア対ロシア・ヴァンパイアの代理戦争ってとこかもな」

 コージはうれしそうに言うが、事が事だけに重大事案だ。

そしてこちらに向いて、

「自転車屋のサチっていたろ」

 僕のもう一つの良心の声、

「嘘ついちゃだめだよ」のサッチャンのことだ。

「あいつも実はロシア・ヴァンパイアの仲間だったぽい」

 コージがそれを知ったのは中学に入ってすぐだった。

町長がコージの父親の元に蛭人間を預けに来た時、一緒について来ていたのがサッチャンだった。

小学校を卒業して間もなかったのに、町長が名前を言わなければ分からないほど大人になっていたそうだ。

「最初は同名の別人かと思ったけれどそうじゃなかった」

 確認したら本人だと言ったそうだ。

 こっちが正体だったかのような変身ぶりで、

「そう、あれに似てたな。RIBの鈴鹿アヤネに」

 HONDA Z 360のリアウインドウからこっちを見ていたアヤネちゃん。

夢のハーレムでお医者さんごっこしてくれたアヤネちゃん。

迫りくる蛭人間から体を密着させて僕を庇ってくれたアヤネちゃん。

「女子、三日会わざれば刮目してこれを見よ」とは言うが、あのアヤネちゃんがサッチャンだったなんて気づくわけなかった。

でも、今コージに言われて思い当たる節がある。

 幌加内で蛭人間との肉弾戦の後、アヤネちゃんが去り際に窓からこちらを見て、

「さようなら」

 と月影に照らされて言ったその唇に僕は見覚えがあったのだ。
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