キノッピ 13

文字数 1,515文字

 修繕のために玄関上の部屋に入ると、そこは巨大なクチナワがのたうち回ったように破壊されていた。

家財は粉々、正面の壁がぶち破られて最早外部と内部の差がなかった。

そんな中で書斎は無事だったようで、作業中のまひるたちの居場所は確保出来てよかった。

 頭に包帯を巻いたヒョードルさんとオーバーオールにハンチングといういつもの格好のセルゲイが、黙々と外壁の修繕作業をしている。

僕はセルゲイとおんなじ格好で、床に散乱した廃材をかたづけて行く。

 作業しながらセルゲイを盗み見る

何食わぬ顔をしているが、こいつやっぱり繋がってるなと思う。

さっきは僕に言われて3時間かけて北見まで往復したような口ぶりだった。

でも、資材買い出しに行くのに8時出っておかしくないか?

遠軽にそんな早く開くホームセンターなんてなかったはずだ。

最初から北見へ行くつもりだったんじゃ無いのか?

今度のことは何か大きな力が関与しているみたいだけど、僕はいっさい蚊帳の外だ。

セルゲイめ。

FA(ファーストアルバムの)の「血飲み子」があったんならSA(セカンドアルバムの)の「血だらけ」だってあっただろ。

そもそも、何でまひるオリジナルの制服が買えた?

どうせ途中で抱きしめたりしたに違いない。

まひるたちの下着だって、変なこと想像しながらねちっこく選んだに決まってる。

クソ面白くなかった。

 このままだと悪い感情に押しつぶされそうだったので、隣の自分の部屋からラヂオを持ってきて音楽でも掛けることにした。

カセットプレイヤーがあったら早速「血飲み子」掛けられたのに。

セルゲイめ、気が利かない。

いけない。またぶり返してきた。

ラヂオを付けて、音楽やってるところを探す。

「今日は昭和ポップス特集です」

これでいいか。

「80年代の名曲で、バービーボーイズの『もォやだ!』です」

テンポのいいビートとツインボーカルが格好いい。

音楽聴くと、嫌な感情もすこしは安らぐ。

あまり悪感情を野放しにするのもよくない。

目の前が真っ黒になって気付くと一人ぼっちなんてことがあるから。

 辻沢町役場主催のサマースクールに初めて参加した年だから、小学生5年の夏休み前だったと思う。

終業式の後のホームルームで先生が僕の顔をじっと見て、

「君は特に気をつけるように」

って言われた。

「何を?」

「感情を押さえることだよ」

「何で?」

「辻っ子だから」

と返ってきた。

未だにその意味がよくわからないけれど、用心して悪いことはない。

 ニュースが入った。

「昨日、ヤオマン運輸常呂(ところ)営業所の配送車が行方不明になりました。4トントラックで乗員は2名。警察と消防が捜索中とのことです」

やっと公表されたみたいだ。

「なお、運転手が営業所に自分の車を取りに戻り逃走したとの目撃情報もあり、事故と事件の両方で捜査を進めています。逃走した車は、緑色の軽自動車で……」

やっぱり杉本のおばちゃんに見られていたんだ。

でも、運転手って言ってたな。

僕と壬生を見間違えるはずもないけどな。

間違って伝わったのかな。

待って。車、外に置きっぱだった。

急いでどこかに隠さなきゃ。

立ち上がって外に向かおうとすると、

「車は車庫に入れてシート掛けて置いたから」

とセルゲイが言った。

「ありがとう」

「でも、しばらくここを動けなさそうだな」

残念だがその通りだった。

公共交通は使えない。

車を買えるほどの余裕も僕にはなかった。

ここにある車と交換してもらうとしても、ホロつきの軽トラだけだし。

アンセラフィムを荷台に載せる?

バカなのか? 僕は。

 このまま待ってれば、例の大きな力がエクサスLCーXとかの国産高級車で迎えに来たりして。

ありえそうだけど、それはまひるとの別れを意味している。

僕は、まひるともう少しドライブしたいと辻沢の神に祈ったのだった。
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