キノッピ 22

文字数 1,782文字

 まひるたちがお風呂をしている間に、僕はHONDA Z360を走らせて買い物に出掛けた。

コンビニとかスーパーのような人の出入りがあるところは避けて、おばあさんが一人で店番しているような個人商店を探して食料品を買った。

店番のおばあさんが、

「あんた、どっから来た人だい? 自衛隊かい?」

と聞いてきた。

北海道の人は知らない若い男を見ると取りあえず自衛隊と思うのだろうか。

佐呂間でも初対面の人から何度か言われたことがあった。

「観光で来ました」

とおばあさんに答えると、

こと言うでない。今時期、そんなわけない」

と北海道言葉で言われた。

怪しまれていたと気付く。

 まひるのもとに帰る途次、林の道に入る道路に10tトラックが停まっていた。

出掛けたときはなかったものだ。

コージが北海道に来るのは5月になってからだ。

早すぎるなと思って徐行しながら見ると辻沢ナンバーだった。

でもコージでないことはすぐ分かった。

それは養蜂家あるあるを知っているからだ。

養蜂家の車のナンバーは必ず3と8、「38(ミツバチ)」か「83(ハチミツ)」を使う。

この10t車のナンバーはそうでなかった。

養蜂家でないならば、辻沢から幌加内に何の用で来たのか?

まひるに伝えておいた方がよさそうだった。

 ところが帰ってみると、まひるが芋ジャーで現れたものだから、ついついキツいことを言って、その後、自己嫌悪の陥穽に落ちた。

僕はまひるにものが言えるほどの人間かと。

世界のスーパーゲードルだってたまには寛ぎたい時だってある。

それを偉そうに上からあんなこと言ってしまって落ち込んだ。

そのせいで10tトラックのことをすっかり忘れてしまったのだった。

 その上みんなで夕飯を食べようと思って買い出しに出たのに、

「あたしたちはご飯いらないよ」

と言われて結局、遠軽の時と同じように、一人でホッケを焼いて食べるハメになった。

そういうことで、枕を抱えてしばらく眠れなかったのだけれど、逆にそれで気づけたことがあった。

それは、みんなが寝静まった3時頃、家の外周で物音がしていたことだ。

人の足音だった。一人か二人、家の周囲を歩き回っている。

あの10tトラックの関係者だろうか。

今度こそまひるに言わなきゃと隣の部屋の襖に近づいて声をかけたが反応がない。

何度か小声で声を掛けたがダメだった。

襖を開けるわけにも行かず、しかたなく布団に戻る。

何かあったらヒョードルさんに貰ったトカレフで戦おう。

荷物からトカレフを出して手が届くところに置き臨戦態勢。

のつもりだったが、いつの間にか寝ていたらしく気付いたら朝になっていた。

 布団から出て雨戸を開けて周りをみた。

特に変わった様子はなかった。 

気のせいだったのだろうか。

 まひるたちアンセラフィムの朝ご飯を用意をするため台所に立つ。

すると襖が開いて制服姿のまひるが出てきた。

僕が昨晩のことを言う前に、まひるが

「これから旭川に行ってくる」

と言った。

「何しに行くんですか?」

「ロシア正教会を見てくる」

驚いた。

昨日の朝の惨状から推して今は警察だけでなくマスコミもわんさかいそうな気がする。

そんなところにわざわざ舞い戻ることもない。

「ここから真っ直ぐ札幌に南下して苫小牧に行きましょう」

と提案してみる。

すると、まひるは困ったような顔になって、

「遠軽の恩義があるから」

と言った。

この世界的スーパースターは自分のこと以前に市井の人のためを考えていたのだ。

自分のことばかりを考えていたのが恥ずかしくなった。

「わかりました」

という他なかった。

「何時に出発しますか? 朝ご飯食べてから行くでしょう?」

「今すぐ出る。朝食はいらない。二人の分も必要ないから」

とまひる。

みんな遠軽を出てから何も口にしていない。

お腹が空かないはずないから、ゲードル専用栄養ドリンクでも持っているのか。

僕もちょっと飲ませてもらいたいかも。

「車のキー貸して」

一人で行くつもりなのか?

「僕もご一緒したいです」

と言うと、

「アヤネを置いて行くから、お()りをお願いしたいの」

と言った。

「お守りですか?」

「襖を閉めて放っておくだけでいいから」

昨晩のことが気のせいでなかったら。

いざという時、アヤネちゃんのことを守れる自信がなかった。

「大丈夫でしょうか?」

頼りはトカレフだけだ。

「大丈夫。お腹いっぱいのはずだから」

お腹いっぱいって……。

まひるの心配は僕とは別の所にあるようだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み