キノッピ 42
文字数 2,009文字
すすき野交差点は血汚泥が満ち溢れ赤黒い海へと変っていた。
僕は蛭人間の三つ編みの手綱を取り、その赤紅の潮の中をコージと一緒にうち進む。
その間も、巨獣の残滓は血汚泥を頸部から吹き上げ、その存在を誇示している。
僕たちの乗るカーミラ・亜種は数十の同類を付き従え、赤い波間の向こうを目指す。
「dslhでrcxds!」
コージが何か叫んだ。おそらく蛭人間語で。
指差す方角に、折り重なる瓦礫が絶海の岩礁のように波濤に晒されている。
目を凝らすと、そこにまひるがいた。
もっとスピードを!
きっと僕の助けを待っているから。
コージが言った。
「お前、ヴァンパイアみたいだぞ」
その言葉は、自分にというよりアバターに対してのように聞こえた。
気持ちはこんなに必死なのに、未だに現実味が湧いて来ないことに気づく。
あまりにもスペクタクルすぎる光景のせいだろうか。
乖離した感覚。
コノッピが分離したときの意識のズレがずっと続いている。
まひるのいる岩礁に取りすがった時、唐突に巨獣の腕が振り下ろされて来た。
まひるを襲ったかと思ったその掌は、目の前にいた芋ジャー&セーラー服を搔っ攫うと、再びその頸に挿 げたのだった。
それで頸から噴き出す血汚泥が一瞬止まったが、今度は全体躯を構成する腐肉と白骨の隙間と言う隙間から、赤黒い液体を噴出し始めた。
降りしきる血の雨。
R♡I♡Bが影響を受けたあのMVのような世界だった。
たしかスレイヤーのエンジェルなんとかいう曲……。
曲名うろ覚えだった。あとでプロフで確認しよう。
まひるの姿は全身に血汚泥を浴びて髪から血がしたたり落ち、見た目凄惨極まりなかった。
巨獣に弾き飛ばされた掌撃で酷いことになっていると思ったけれど、見た感じではしっかりと立っていて、戦意も挫けていなさそうだった。
「怪我は?」
まひるが首を横に振る。そして、
「補助をお願い」
まひるが初めて僕を必要としてくれた。
推しに期待された時、人は魂が震えるんだと初めて知った。
僕は言葉が出ずに大きく頷いて、全力を尽くすと応える。
すぐに作戦会議だ。
この血汚泥の海でジャンプするのは無理ゲーで、まひるは蛭人間を足場にして対処することにした。
僕が補助ジャンプのタイミングを計りやすいように、改・ドラキュラとカーミラ・亜種の順番で合図することにした。
例えばまひるが、ドラ・ドラ・カーと言ったら、その場から改・ドラキュラ、改・ドラキュラ、カーミラ・亜種の順でジャンプする。
僕は最後のカーミラ・亜種に合わせて足場を見定め補助ジャンプだ。
そしてコージは、まひるに続いて僕がジャンプしたら、まひるが巨獣に攻撃を加えて落下してくる地点に蛭人間を移動させる。
蛭人間が沢山いたなら、巨獣の周囲に最初から配置しておけばいいのだが、これまでの巨獣の足下での攻防で、結構な数を破裂させられていたため、せわしないことになってしまった。
残る問題はまひるがどうやって攻撃するかだった。
武器がなかった。
トカレフはすでに弾が尽き、長ドスは投げてしまって行方知れずだ。
その時コージが後ろにいた改・ドラキュラの頭をたたいた。
それを合図に両方の目玉をグリグリと回転させ始めた。
苦しがっているように見える。
まひると僕がその様子を見ていると、今度はぽっこり膨らんだメタボ腹を蠕動 させ始めた。
「ぐえぇ! げげげげぇ」
気味の悪い嘔吐 きをしたかと思うと、その改・ドラキュラが口からキラキラと光る長物を吐き出した。
それは高倉健さん譲りのデコ長ドスだった。
しかもエカチェリーナさんとデコった鞘までついて。
「言ってなかった? こいつらなんでも腹にいれるって」
コージの父親が町長に言われて屍人に加えた改造は、ミツバチのように摂取したものを巣に持ち帰るようにしたことだった。
「助かった」
まひるが手にする前に僕がそれを受け取って、自分の上着の袖で鞘や柄についた汚物を綺麗に拭き取る。
「ありがとう」
絶対に負けない。
そう信じているけれど、まひるには万全を期してもらいたかった。
「じゃあ、最終決戦だね。何か上がる曲をって言っても無理か」
まひるが巨獣を見上げたので、僕はコージに、
「スマホ持ってるだろ」
と催促した。
すかさずコージがポケットから出したのはヤオマン・モバイルのゴリゴリフォンだった。
辻沢の人間は必ずこれを持っていて、僕もずっとそうだった。
「で、なんて曲がいい?」
そんなのは決まっている。
「エンジェルなんとか……」
情けないが、やっぱり曲名が出てこない。
コージがゴリゴリフォンに向かって言う。
「やい、ゴリ! エンジェルの曲かけて」
少し間があって野太い男性の声が応答した。
<エンジェルの曲だな。ユーリズミックスの「ゼア・マスト・ビ・エンジェル」を再生するぞ>
流れてきたのはテンポのいいユーロビートだった。
世界観がまったく違う気が……。
でも、それを聴いたまひるが、
「いいね」
と言ってくれたので、トリマ激アツ。
僕は蛭人間の三つ編みの手綱を取り、その赤紅の潮の中をコージと一緒にうち進む。
その間も、巨獣の残滓は血汚泥を頸部から吹き上げ、その存在を誇示している。
僕たちの乗るカーミラ・亜種は数十の同類を付き従え、赤い波間の向こうを目指す。
「dslhでrcxds!」
コージが何か叫んだ。おそらく蛭人間語で。
指差す方角に、折り重なる瓦礫が絶海の岩礁のように波濤に晒されている。
目を凝らすと、そこにまひるがいた。
もっとスピードを!
きっと僕の助けを待っているから。
コージが言った。
「お前、ヴァンパイアみたいだぞ」
その言葉は、自分にというよりアバターに対してのように聞こえた。
気持ちはこんなに必死なのに、未だに現実味が湧いて来ないことに気づく。
あまりにもスペクタクルすぎる光景のせいだろうか。
乖離した感覚。
コノッピが分離したときの意識のズレがずっと続いている。
まひるのいる岩礁に取りすがった時、唐突に巨獣の腕が振り下ろされて来た。
まひるを襲ったかと思ったその掌は、目の前にいた芋ジャー&セーラー服を搔っ攫うと、再びその頸に
それで頸から噴き出す血汚泥が一瞬止まったが、今度は全体躯を構成する腐肉と白骨の隙間と言う隙間から、赤黒い液体を噴出し始めた。
降りしきる血の雨。
R♡I♡Bが影響を受けたあのMVのような世界だった。
たしかスレイヤーのエンジェルなんとかいう曲……。
曲名うろ覚えだった。あとでプロフで確認しよう。
まひるの姿は全身に血汚泥を浴びて髪から血がしたたり落ち、見た目凄惨極まりなかった。
巨獣に弾き飛ばされた掌撃で酷いことになっていると思ったけれど、見た感じではしっかりと立っていて、戦意も挫けていなさそうだった。
「怪我は?」
まひるが首を横に振る。そして、
「補助をお願い」
まひるが初めて僕を必要としてくれた。
推しに期待された時、人は魂が震えるんだと初めて知った。
僕は言葉が出ずに大きく頷いて、全力を尽くすと応える。
すぐに作戦会議だ。
この血汚泥の海でジャンプするのは無理ゲーで、まひるは蛭人間を足場にして対処することにした。
僕が補助ジャンプのタイミングを計りやすいように、改・ドラキュラとカーミラ・亜種の順番で合図することにした。
例えばまひるが、ドラ・ドラ・カーと言ったら、その場から改・ドラキュラ、改・ドラキュラ、カーミラ・亜種の順でジャンプする。
僕は最後のカーミラ・亜種に合わせて足場を見定め補助ジャンプだ。
そしてコージは、まひるに続いて僕がジャンプしたら、まひるが巨獣に攻撃を加えて落下してくる地点に蛭人間を移動させる。
蛭人間が沢山いたなら、巨獣の周囲に最初から配置しておけばいいのだが、これまでの巨獣の足下での攻防で、結構な数を破裂させられていたため、せわしないことになってしまった。
残る問題はまひるがどうやって攻撃するかだった。
武器がなかった。
トカレフはすでに弾が尽き、長ドスは投げてしまって行方知れずだ。
その時コージが後ろにいた改・ドラキュラの頭をたたいた。
それを合図に両方の目玉をグリグリと回転させ始めた。
苦しがっているように見える。
まひると僕がその様子を見ていると、今度はぽっこり膨らんだメタボ腹を
「ぐえぇ! げげげげぇ」
気味の悪い
それは高倉健さん譲りのデコ長ドスだった。
しかもエカチェリーナさんとデコった鞘までついて。
「言ってなかった? こいつらなんでも腹にいれるって」
コージの父親が町長に言われて屍人に加えた改造は、ミツバチのように摂取したものを巣に持ち帰るようにしたことだった。
「助かった」
まひるが手にする前に僕がそれを受け取って、自分の上着の袖で鞘や柄についた汚物を綺麗に拭き取る。
「ありがとう」
絶対に負けない。
そう信じているけれど、まひるには万全を期してもらいたかった。
「じゃあ、最終決戦だね。何か上がる曲をって言っても無理か」
まひるが巨獣を見上げたので、僕はコージに、
「スマホ持ってるだろ」
と催促した。
すかさずコージがポケットから出したのはヤオマン・モバイルのゴリゴリフォンだった。
辻沢の人間は必ずこれを持っていて、僕もずっとそうだった。
「で、なんて曲がいい?」
そんなのは決まっている。
「エンジェルなんとか……」
情けないが、やっぱり曲名が出てこない。
コージがゴリゴリフォンに向かって言う。
「やい、ゴリ! エンジェルの曲かけて」
少し間があって野太い男性の声が応答した。
<エンジェルの曲だな。ユーリズミックスの「ゼア・マスト・ビ・エンジェル」を再生するぞ>
流れてきたのはテンポのいいユーロビートだった。
世界観がまったく違う気が……。
でも、それを聴いたまひるが、
「いいね」
と言ってくれたので、トリマ激アツ。