まひる 38

文字数 1,826文字

 蛭人間の群れを引き連れた養蜂家のコージが、

「そいつはダミーだ。司令塔は他にある」

と叫んでいた。

たしかに、股間にぶら下がる親父はデカすぎる。

これまでの旅で何度も見た「サイロ」ぐらいの大きさだ。

巨獣の一物に親父がプロジェクションマッピングされたということ?

なんたる品のなさ。

ならば、本体はどこに?

やはりお約束通りに頭か? 胸か?

あたしはそれを確かめるため、さらに跳躍を高くして巨獣の胸のあたりまで飛び上がってみた。

分からない。

巨獣の胸は厚く、中が透けて見えはしなかった。

さらにその上の頭の中と来たら絶望的だった。

その時、

左右から大掌が襲ってきた。

中空に止まっている状態で、なす術がなかった。

やられる!

と思った瞬間、下から強い衝撃を受けた。

新手の攻撃かと反射的に身構えたが時すでに遅く、あたしは巨獣の顔の前まで突き上げられていた。

巨獣の充血した眼と眼が合う。

途端に巨獣は口を大きく開き咆哮した。

生臭い息が体にぶつかって後方に吹っ飛ばされる。

あたしは放物線を描いて向かいのビルの屋上に降り立つのがやっとだった。

下から来たあの衝撃は何だった?

まるで、巨獣の攻撃を回避するための助太刀のように感じた。

あれがなければ完全に押し花にされていたのだ。

もとい、体中から立ち上るこの匂い。我慢のならない異臭。

巨獣の息の匂いだった。

でも、この匂いはどこかで嗅いだ覚えがあった。

どこでだ? 思い出せ。

巨獣の顔が屋上に迫っていた。

再び大口を開けて咆哮。

マジ、口臭いんだけど。

合掌の拳を振り下ろして来た。

あえて前にダッシュして飛び、長ドスを鼻づらに叩きこむ。

数秒後、案の定巨獣の顔がバラけてあたしは中空に放り出される。

しかし、おかげで新しい収穫があった。

巨獣の顔面が四散する瞬間、決定的なものが見られたのだった。

「そこにいたか。ったく」

この親父は徹底して下品な男なのだった。

その居場所とは…。

言うまい。

喉の奥にぶら下がっていたとだけ言っておこう。

あれなら巨獣だとて小さい。

親父の等身大と言ってもいいだろう。

ならば、あれをぎったぎたにしてくれるまで。

 地面におりて巨獣の喉を見上げていると、

「俺が、やつの動きを止める」

 養蜂家のコージが叫んでいた。

「どうやって?」

「秘策がある。合図を送ったら急所を突け」

 そう言うと、コージは蛭人間を引き連れて交差点の煙の中に消えて行った。

裏を疑うものの、今それを突き詰める余裕はなかった。

段取りは分かった。だが問題出来。

あたしの跳躍は、巨獣の胸までしか届かないのだった。

胸までだと喉に攻撃はできない。

最高点で制止している間に、拝み手で叩き潰されてしまう。

いちいち屋上に登る暇はないし。

どうする?

「まひ! ジャンプみてして!!」

 またキノッピの裏声。

その声に促されて大地を踏み上空にジャンプする。

最高点に達する直前、下からの衝撃。

そしてあたしは巨獣の首まで飛び上がっていた。

この突き上げ。さっきの…。

そうか、あの声の主があたしを掌撃から救ってくれたのか。

下を見ると黒い影が地面に向かって降りてゆくのが見えた。

あれは中階段で見た影と同じ。

何者なの?

地面に下りると、巨獣の足元でコージが蛭人間をけしかけていた。

ワラワラと詰め寄る改・ドラキュラとカーミラ・亜種の群れ。

それが足止めの秘策?

ここに来て蜂球作戦か。

しかし、巨獣を包み込めるほど蛭人間はいない。

せいぜいが足首を温める程度だ。

巨獣が冷え性ならむしろありがたがる。

それでも巨獣の動きが緩慢になったのを見計らってコージが合図を送って来た。

あたしはジャンプ敢行。

最高到達点の直前、黒い影の衝撃と同時に前方に踏み出す。

ゆっくりと巨獣の首が近づいて来る。

あの黒い影のことを思う。

あたしをさらに上に押し上げるのだからジャンプ力はありそうだ。

でも、あの声はあたしを押すことしか頭にないように思えた。

あたしを押す? 推す?

やっぱりキノッピなの?

そうだとしたら、あたしは心の底からうれしかった。

一緒に戦う仲間がいるということがどんなに心強いことか。

そのことをゲードルやってて一番身に染みて感じて来た。

ファンの応援も力になったが、同じ敵に対峙し、同じ緊張の中に仲間がいること。

戦友の存在。

それは特別だった。

アヤネやコトハたち。RIBのメンバーの存在が孤独になりがちなあたしのゲードル人生を支えてくれたのだ。

そこにキノッピが加わってくれたのだとしたら…。

あたしは、この戦いに命を賭けてもいいと思った。

キノッピのために。
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