まひる 7

文字数 1,338文字

 キノッピの説明を聞いて、その怪しげなロシア正教会に行ってみることにした。

例の松ヤニの匂いをロシアと結びつけるのは短絡的過ぎるだろう。

それに、正当な日本の正教会であれば「日本」正教会と名乗っているはずで、

わざわざロシアと明言するならばそれなりの理由があるに違いないから。

また、セルゲイ某が初対面なのにキノッピが引っ越してきたと知れたのが気にかかる。

色々ひっかるが、取りあえずキノッピの案内に任せることにした。

 かなり迷ったが裏通りの一角にその教会はあった。

建物は開拓時代のものではないかと思わせるような古い木造建築だった。

 キノッピが車を玄関が見える脇道に停め、

「ちょっと待っててください」

と言って教会に向かう。

 あたしたちのいるところからは教会の正面が見えている。

ちょうど玄関の真上に窓があった。

その窓の暗い部屋の中から人がこちらを見ているのに気がついた。

髪が長く女性のようだ。

じっと見つめていると女性が手招きした。

ゆっくりと2度。

こっちにいらっしゃいと言っているようだった。

その女性には邪気が無く、懐かしさすら感じたのでコトハとアヤネを後部座席から出して、玄関に向かった。

玄関には髭の老人がキノッピの応対に出ていた。

「オツレノカタモドウゾ」

と言われて、玄関の中に入った。

 室内は暖かく、かびやほこり、ハトの糞の匂いが混じったような、懐かしい匂いがしていた。

辻中の木造校舎もこんな匂いがしていたのを思い出す。

気になっていた松ヤニの匂いはしていなかった。

 中庭を横目に見ながら小さな階段を上ったり降りたりして回廊を歩いた。

「ドウゾ」

と請じ入れられた部屋は、大きな食卓のある台所だった。

天上が低く、面積の割には狭く感じた。

勧められるまま、席に着く。

老人が座った正面にキノッピが座る。

その横にあたしが、コトハとアヤネはあたしの後ろにぴったりとくっついて震えている。

この場所が狭くて怖いのだ。

 はじめにキノッピが名前を言った。

次いであたしが名を名乗り、コトハとアヤネはあたしが紹介した。

髭の老人はそれに対して、

「ゴメンナサイ。アナタタチニハ、ナマエヲイウコトガデキマセン」

とあたしに向かって合掌した。

ヴァンパイアや屍人とは名乗り合わない。

僧侶らしい言いようだと思った。

 キノッピはしばし黙っていたが、気を取り直したように要件を伝え出した。

 一つ。この女性達に暖かい風呂を用意して欲しいこと。

 一つ。この女性達に着替えの服を用意して欲しいこと。

 一つ。一晩の宿が欲しいこと。

 一つ。食事を採りたいこと。

最後は言いにくそうに、

 一つ。現金を30万円借りたいこと。

どれも事務的な言い方だ。

キノッピはあたしたちのために怒ってくれているようだった。

 要求はといえば、不躾なものばかりで受ける義理などない。

けれど、髭の老人は一つ一つの要求に、

「ハイ。イイデショウ」

と躊躇無く答えたのだった。

意外だったが、セルゲイ某の言ったことは本当だったのだ。

ただ最後の要求の時だけは、しばし思案してから、

「イマ、テモトニ30マンエンアリマセンノデ、アシタユウチョギンコウデオロシテキマス」

と極めてリアルな回答をしたのだった。

ならば、明日の出発は9時すぎ。

あたしは、その前にしておかなければならないことがある。
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