キノッピ 28

文字数 1,740文字

 再び排気ブレーキの音がけたたましく鳴りトラックが停車した。

「少し我慢してくれ」

とコージが再び僕に目隠しをすると、トラックの扉が開く音がした。

「う、くせっ」

「蛭人間ってのは汚物の匂いだな」

ストレッチャーを運び出す人のくぐもった声。

一旦トラックの外に出た時、車が行き交う音が聞こえた。

町に降りてきたようだった。旭川だろうか? 

いや、かなり長い時間をトラックで過ごしたから、もしかしたらもっと先か?

すぐに屋内に入ったようで周りが静かになった。

ストレッチャーが止まった。

チン。

エレベーターを待っているようだ。

そのとき近くでメロディー時計が鳴った。

タッタタラタラタラタラタータ。

タッタタラタラタラタラタータ。

子供が喜びそうな音楽だった。

 サマースクールでのこと。

宿舎のエレベータを降りると、ロビーに小学生たちが集まっていた。

見ると柱時計が置いてあってみんなでそれを見上げていたのだ。

小学生たちは秒針を見ながら何かを待っている風だ。

そして、秒針が天頂を示す直前、

「「「「5、4、3、2、1!」」」」

と合唱が始まって、

タッタタラタラタラタラタータ。

タッタタラタラタラタラタータ。

時計盤が開いて中から出てきた楽器を持った人形が、音楽が鳴り終わるまで狂ったように回転した。

小学生たちのうれしそうな顔が思い浮かぶ。

つまり、ここはサマースクールの元宿舎。

ヤオマン・イン・札幌だ。

たしかすすき野交差点のすぐ裏手にあったはず。

ということは僕は札幌まで連れて来られということか。

 ストレチャーが少し動いて、ドアが閉まる音がした。

エレベーターが動き出す。

寝ていると上なのか下なのかわからないもので、

「9階です」

というアナウンスで上ってきたことがやっと分かった。

廊下を移動して扉が開く音、そして部屋の中へ。

入って早々、焦げ臭い匂いが鼻をついた。

ストレッチャーに付いていた人が外に出て行く音がした。

「コージ?」

返事がない。

誰もいないのか、寒々として嫌な感じしかなかった。

誰かが僕の目隠しをとった。

目の焦点があった先に団長の顔が見えた。

「ようこそ償いの部屋へ。レーヨンくん」

団長の背後の壁はコンクリートがむき出しになっていてさらに全面に黒い煤がこびりついていた。

部屋全体がそんな様子で、ここで火災があったことを一瞬で理解した。

「ここは?」

「娘たちの部屋だった」

数年前サマースクールで火災になった部屋がそのまま残されていたのだろうか。

風が吹き込んできた。

首をねじ曲げてそちらを見ると窓ガラスもはまっていなかった。

まるで当時の火災現場を冷凍保存したような状態だった。

「どうして僕をここに?」

「どうして? 君は奴らの餌だからだよ。君がここにいればきっと腹を空かせた化け物どもがやってくる」

と表情一つ変えずに言ったのだった。

「無駄だ。僕なんてほうっておいて先に進む」

それは僕の願いだった。

まひるが旭川ロシア正教会のサポートに向かったときのことを思い出す。

そこには、ただひたすら人のためを思う、エゴなど微塵もない本当のアイドルの姿があった。

まひるのことだから団長の思惑通りきっとここに来てしまうだろう。

でも、ここはとんでもない罠が仕掛けられているような気がして、僕の本心は逃げてほしいと願ったのだった。

「是が非でも来てもらわないと困るのだよ。娘があのゲードルに会いたがっていてね」

と言ってニヤニヤと笑みを浮かべた。

その団長は口の端からよだれをたらしていた。

「娘さんは亡くなったって」

「おー、よく知っているね。そうだ。娘たちは死んだ。二人とも一緒に死んだ。でも人形使いのお方の力で見事復活したのだよ」

と言ってけたたましく笑い出した。

そこにノックの音。

笑い死にでもするかと思うほど笑っていたのが急に素に戻ってドアに向かい、

「なんだ?」

と返事をする。

「お呼びです」

「すぐ行く。こいつを見張っていろ」

と言うと団長は部屋から出て行った。

 「償いの部屋」に一人取り残された。

ガラスのない窓から、びょうびょうと冷たい風が吹き込んで来る。

僕はこんな状況に置かれてしまった自分が許せなかった。

僕には何もできないことが分かっているからだ。

まひるが来るのを待って罠に落ちるのを見ているしかない無能な血袋。

僕はファンの片隅にもおけない男なのだった。
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