キノッピ 33

文字数 1,758文字

 ドアの外でまひるを待っていると、

「木下」

と僕を呼ぶ声がした。

声がしたほうを見ると非常扉のところにコージが倒れていた。

まひるが部屋から出てきて廊下を進み出したのを横目に、コージに走り寄って様子を見た。

「大丈夫?」

外からは出血を確認できなかった。

「足が折れただけだ。おまえこそ、あの怪物にやられなかったんだな」

それはスルーして、

「コージは弱者の味方だと思ってたよ」

と伝えた。

コージは優しい男だった。特に僕のようなハブられ者には。

「昔はな」

「どうして今は?」

「お前も親をヴァンパイアに殺されたら分かる」

お父さんは研究が終わった後ヴァンパイアに襲われて亡くなったのだと言った。

「屍人となって今も青墓を彷徨ってるさ」

僕は辻沢の呪われた歴史の一端を見た気がした。

ヴァンパイアと辻っ子とはやってやられて、その繰り返しなのだ。

 コージのスマフォで救急車を呼んだ。

「コージが唯一の友達だった」

僕は「償いの部屋」の前で親友にさよならをしたのだった。



 ホテルから出るとあたりに人影がなかった。

ところが、ホテルの裏手にあたるすすき野交差点の方から、サイレンの音が響いていた。

反対のはるか彼方に赤色灯が見えていて、そこに人だかりができているのが見える。

どうやら、すすき野交差点で何かが起こっていて人が遠ざけられているらしかった。

まひるが先に立って通りに向かう。

後ろから見る漆黒の制服の肩にかかる銀髪はとてもきれいだった。

でもこれではまひる過ぎると思って、持っていたサングラスを渡した。

まひるはありがとうと言って掛けてくれたけれど、さすがにこれじゃない感が否めなかった。

 ビルの陰から覗いたすすき野交差点は戦場になっていた。

通りには夥しい数の自衛官がひしめいていたのだ。

ふと、僕がこっちに来てから行ったRIBの札幌ライブのことを思い出した。

会場は真駒内のアイスアリーナだった。

初めて当たったRIBのライブチケット。

もうわくわくが止まらず、前乗りで会場付近を見て回った。

真駒内の駅からアイスアリーナまでの道のりを何度も往復した。

さらに探索を広めて、隣の駅まで行ってみた。

そこは自衛隊前という駅で何もなかったが、すぐそこに真駒内の自衛隊駐屯地があった。

アイスアリーナを確認しようと近くのマンションに上がって見た。

眼下に営舎が並びたくさんの車両が駐屯する広大な敷地が広がっていた。

その真駒内の自衛隊が全部ここに集まった?

それくらいの数の自衛官がすすき野交差点に集結していた。

 その北海道一の装備を誇る自衛隊が何かわからないものに手をこまねいている。

突然、自衛隊車両が空を飛んで来て。路面駅の建物を破壊した。

近くにいた自衛官が逃げまどって散り散りになる。

「あそこに昇ろう」

と、まひるが指さしたのはすすき野交差点の大看板だった。

白煙の中にいるらしい敵の姿を見るためだ。

 鉄骨を伝ってよじ登る。

まひるはなんの苦も無くすいすいと上がっていく。

けれど、僕には体力的にもスキル的にもそれについてゆくことが出来ない。

何段か昇っては、まひるが僕を待っていてくれる始末。

もうすこし何とかならないのか?

歯痒さしかなかった。

「ここからだとよく見える」

4階ほど上がったところでまひるが非常階段を見つけて言った。

僕もまひるに追いついて交差点を見下ろしてみる。

そこからは白煙が立ち上がる渦中が見て取れた。

煙幕の中に炎がちらちらと燃え、交差点を中心に厳つい装甲車が取り囲んでいる。

「あそこに何かいる。セーラー服の」

とまひるが言った。

白煙に紛れてよく見えなかったけれど、その中を猛烈なスピードで走り回っている小柄な何かがいた。

ただ、僕にはそれがセーラー服を着ているようには見えなかった。

ぼくに見えたのは芋ジャーだった。

しかも辻沢中学校で僕も着た、青地に黄色いラインが入ったやつ。

懐かしいな。

いや、そんなこと言ってる場合ではない。

一台の装甲車が大きくその場で縦回転しながら飛び上がり、地面に突き刺さって倒れた。

その時に僕の目に入ったのも芋ジャーだった。

芋ジャーが大ジャンプして両足ストンピングをくらわすと、装甲車が段ボールのように空中に弾き飛んだのだった。

「あのセーラー服、凄まじい破壊力だね」

とまひるが言った。

どうやら僕が見ている世界と、まひるが見ている世界は全然違うようだった。
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