まひる 24

文字数 1,594文字

 旭川そば屋に着いた。

木造長屋風でこぎれいな感じの店構えだ。

砂利が敷かれた駐車場に数台の車が停まっている。

ヒョードルさんが言うほど人気がないわけではなさそうだった。

店の中は黒曜石風のタイル床と白木の柱、そこに四人がけのテーブルが十数卓。

天井が高く、広々とした印象だった。

カウンターの中に中年の男が立って黙々と料理をしている。

遠目にも昔はイケメンで通ったろう面立ちをしていた。

そのカウンターには客はなく、4組の客は全てテーブル席でラーメンをすすっていた。

 先頭になったウラジーミルがカウンターに向かうのを無視して、ヒョードルさんが出口に近い席に座る。

あたしもヒョードルさんに従って、隣に座った。

「カウンターのほうが良くないですか?」

誰も自分の後ろにいないことに気づき、ウラジーミルが決まり悪そうに引き返して来て言った。

ヒョードルさんは無言のまま、向かいの席を指した。

こういった場合、店全体が見渡せる位置に陣取るのが常道だ。

やはりウラジーミルは未熟なのだ。

注文を取りに来たのはアルバイトの女子高校生のようだ。

店の黒いエプロンの下はどこぞの高校の制服を着ている。

もしやと心を読んでみたら、

「めんどくせー、早く終わりてー。ユタカとセックスしてー」

と思っていた。

「豚骨しょうゆそば3つね。1つはチャーシュー多めで」

ヒョードルさんが注文する。

注文を取り終わった女子高生がカウンターに戻るのを、ウラジーミルが目で追いながら

「旭川桜蘭女子高校ですよ」

と珍しく感情を込めて言った。そういう趣味の人だったらしい。

「おかしいな。桜蘭女子の制服はずいぶん前にセーラー服に替わったはずだが」

とヒョードルさん。ヒョードルさんもそっち系の人だったの?

「そうなんですけど、わざわざ昔の制服を着るのがJKのトレンドらしいっす」

ウラジーミルが頬を紅潮させながら言いつのる。そうとうやばい。

「ふーん。よくあったな、30年前の制服」

「おばあちゃんやお母さんのお下がりを売ってくれる子から買うらしいっす」

とウラジーミルがさらにいらない新情報をぶっ込んで来るものだから、

「お前、少し黙れ」

とヒョードルさんもウラジーミルをたしなめて、

「とにかく、あの女子高生は要注意です」

とあたしに小声で言ったのだった。

ということは、ウラジーミルも同様と考えて良さそうだ。

 ラーメンが運ばれてきた。

女子高生は相変わらず、ユタカとのセックスのことを考えていた。

そうとう渇いているようだ。

 豚骨しょうゆそばは嫌いな匂いではなかった。

無理に食べようと思えば食べられるが、今は固形物を胃に入れる気分でないので箸を持たずにいると、

「食べないんすか? 僕もらっちゃいますね」

とウラジーミルがどんぶりを取って食べ出した。

 二人が食べ終わると、ヒョードルさんがテーブルに会計を置いて立ち上がって、

「一旦出ましょう」

店を出がけにヒョードルさんが、

「いい味だったな。開発者は誰だ?」

と聞いた。するとウラジーミルが、

「ユタカさんすよ。カウンターの」

と嬉しそうに言ったのだった。

そうなんだ、あの女子高生は厨房の中年男とセックスしたがってたのか。

砂利を踏みながら、

「どっちがヴァンパイアなの」

とヒョードルさんに聞く。

「それが、よくわからないんです。情報はここにいるということだけで」

 渇き具合からすると女子校生がヴァンパイアっぽいが、あんなにあけすけに心を晒す理由がわからない。

ならばユタカという中年男がそうかと言われれば、心を読んでみた限りではラーメンのことしか考えていないよう。

あたしたちが来ることはウラジーミルから知らされていたはず。

輪を掛けて使い魔に仕立てられたらしいウラジーミルの暢気さ。

余裕なのか油断させる気なのか。

向こうから攻めてきたにしては拍子抜けするほど和やかな3人の雰囲気。

どうも、この「ヴァンパイアの巣窟」と教会の惨劇が結びつかない気がしてきたのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み