まひる 23

文字数 1,825文字

「ヴァンパイア連中との関係は比較的安定していたのだが」

 札幌から来た二人の補助員は事務所に入ってくるなりしゃべり出した。

見知らぬあたしを見ると、胸ポケットの名刺を片手で渡してきた。

かなり居丈高な態度だ。

エージント、アナスターシャ。アナスターシャにしては日本人の若い女だった。

全身黒ずくめの背広を着ている。

「ここに来て急に敵対するようになって本部も戸惑っている」

 同じくエージェントの名刺を差し出した黒ずくめの背広の、イワンにしては日本人な中年男が言った。

こっちも全身黒ずくめで、さらに黒サングラスをしている。

その原因があたしたちの戦いにあるということは、本部とやらには伝わっていないようだった。

「今回の作戦に我々エージェントは参加しない。手を出して頂上作戦になっては困るからだ」

 イワンが反論は許さないという構えを見せた。

あたしは遠軽の人たちと真逆な人間を見て、同じ組織かと訝しくなった。

「エージェントとは?」

 あたしがヒョードルさんに聞くと、

「札幌だけそう言ってますが、内実はスレイヤーです」

 と小声で教えてくれた。

「ならどうしてスレイヤーと言わないの?」

「支部に威勢を張りたいからでしょう」

 ちっさいな。

「早急に片を付けてきて欲しい。我々もすぐに本部に戻らねばならない」

 アナスターシャが言った。

頑としてここを動かないと、その狭い額が語っていた。



 別室でヒョードルさんが、

「すみません。まひるさんのご助力にお礼も言わないで」

 確かに気分は良くなかったが、ヒョードルさんが謝ることではなかった。

「本当にエージェントの奴らと来たら」(棒読み)

 背中をこちらに向けてコーヒーを入れていたウラジーミルが言ったが、むしろあっち寄りな感じしかしなかった。

 討伐に向かう前に、確認。

あたしは高倉健さん譲りのデコ鞘長ドスがあるが、

「武器はあるの?」

 と聞くと、ウラジーミルが、

「あります」

 と大きめの金庫を開いて出してきたのは、Ak-47カラシニコフ2丁だった。

世界中で使用され、もっとも人を殺害したと言われる自動小銃。

よくこんなものを持ち込んだものだ。

「あなたもお持ちください」

 と言って、持っていた一丁をあたしに、もう一丁をヒョードルさんに渡して、もう一丁を金庫に取りに戻った。

カートリッジも2つずつ渡される。

1カートリッジ30発として、総弾数180発。

「敵は何匹いるの?」

 と聞くとウラジーミルが、

「そいつだけです」(棒読み)

 そんなに強大な敵なのか?

するとヒョードルさんが、

「こいつは大げさだろう。トカレフあれば片が付く」

 皆の分を集めて金庫にしまい直した。

やはりウラジーミルのちぐはぐ感が拭えない。



 理由は知らないが、ロシア正教会の公用車は軽トラと決まっているらしい。

ここ旭川も同様でホロ付き荷台の軽トラを駆ってヴァンパイア狩りだ。

二人が用を足しているのを助手席に乗り込んで待っていると、ウラジーミルが一人でやってきた。

肩からAKを3丁を下げカートリッジを抱えている。

そして運転席のドアを開けると、

「座席庫を開けます」(棒読み)

 と言って、座席に下にAK3丁とカートリッジをしまったのだった。

「ヒョードルさんの指示?」

「そうです。やっぱり持って行けと」(棒読み)

 しばらくしてヒョードルさんがきて出発する。

運転席にヒョードルさん、助手席にあたし、ウラジーミルは荷台に控えている。

街を抜けてそろそろ山道というところで聞いてみた。

「そいつのアジトは何ていう名前の店なんですか?」

「旭川そば屋っていう、ラーメン屋だか蕎麦屋だかよくわからない店名です」

 キノッピがしきりと蕎麦屋に入りたがったのを思い出す。

結局そば屋に行くことになるとは。

「流行ってる?」

「ずいぶん山の中にあるからおそらくダメかと。食べログも3.0以下らしいですし」

 客もなく到着して直ぐ戦闘になるということか。

 沈黙の車内。ヒョードルさんがラヂオを付けた。

EDMっぽい曲が流れてきた。

「この曲……」

 と言いかけると、ヒョードルさんが、

「YMOのRYDEEN(ライディーン)ですね。昭和のヒット曲ですよ」

 全然今の曲なのに懐かしさもある曲だった。昭和だからというのではなく、まるではるか昔に聞いた祭り囃子のような。

 軽トラはダケカンバの生い茂る山の道を走って行く。

あたしは軽トラに揺られながら、これから相手にするヴァンパイアの姿を想像する。

そいつはきっとラーメン屋だけに……。

想像などつきようがないのだった。
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