キノッピ 32

文字数 1,922文字

「アヤネが首魁ってこと?」

とまひるに聞かれて改めて思えば、コージや団長たちとアヤネちゃんを結びつけるものは何もなかった。

「そういうわけではないけど」

でも、コトコトがいなくなったことと今回のことが無関係とはどうしても思えなかった。

何かあるとすれば、あの部屋、償いの部屋しかないのだった。

「分かった。行ってみる」

と言うとまひるはいつものように、

「キノッピは、ここにいて」

と付け加えたけれど、もう離ればなれになるのは嫌だった。

「僕も行かせてください」

まひるは僕の目をじっと覗き込んでから、

「いいよ。一緒に行こう」

と言ってくれたのだった。

 HONNDA Z360で正面玄関前を素通りして見た。

「あれほど迷彩服がいたのに」

まひるが言った。

「来た時はまるで前哨基地みたいだったの」

そう言えば僕が連れ込まれた時も、たくさんの人の気配がしていた。

それが、道路から見た限りではロビーは静まりかえってフロントにも誰もいなかった。

僕たちの事で状況が変わったのは分かるが、静かすぎる気がした。

とりあえず、近くの路地にHONDA Z360を停めておいて裏手に回ることにする。

 車のエンジンを切って出ようとすると、まひるが、

「ちょっと待って。これカセット入れ替わってる」

と言った。

「あたしが最後に掛けてたのはポップスのほう、今入ってるのはメルヒェンフォーク」

つまりアヤネちゃんが差し替えて行った?

「掛けてみて」

再生されたのはイルカの「サラダの国から来た娘」だった。

「わざわざ頭出しまでしてあります」

「どういうこと?」

「アヤネちゃんがサラダの国出身という意味なんじゃ」

「なわけ。どこよ、サラダの国って」

確かにそうだった。

 ヤオマン・イン・札幌の隣のビルの物置を足場に、金網を超えて敷地内に入る。

バックヤードの運搬口から館内に入り手前の階段扉に侵入した。

そこは蛭人間が充満していたのとは反対側の中階段のようだった。

中はワックス臭だけであのひどい匂いはまったく感じられなかった。

 階を上がるたびに心臓の高鳴りが強くなる。

自分から言い出したことだけど、まさか「償いの部屋」に再び舞い戻るとは思わなかった。

 あそこには怪物がいたのだ。

扉の中から聞こえてきたのは、肉を引き裂き、骨を砕き、舐り尽くすおぞましい音。

やられたのはセーヘキ持ちってだけの人だった。

壬生のような執拗で傲岸な感じはない普通の人だった。

それが扉の向こうで断末魔の叫びも上げず怪物に屠られたのだ。

 9階の非常扉の前まで来た。

まひるが振り向いて、

「あたしから離れないで」

と言ってから扉を開けた。

 9階の廊下も静かだった。

壁に小さな額縁が掛かった、廊下の突き当りまで誰もいない。

それでも両側の扉が開いて迷彩服が飛び出してこないとも限らないので、まひると僕は用心して進んだ。

角を曲がるとエレベーターホールだった。

そこに数人の迷彩服が倒れていた。

上半身が不自然に曲がっている者、赤い塊が腹から飛び出ている者、壁に寄りかかっている者には首がなかった。

相当な暴力がこの狭い場所で爆発したのが分かった。

エレベータの扉が開いたり閉じたりを繰り返している。

ドアに迷彩服が一人挟まっていたからだった。

その迷彩服がうめき声をあげた。

エレベーターから引き出すと、それはあの、がたいのいい角刈り頭だった。

「何があった?」

と聞くと片目を開けて僕と認めたようで、

「化け物が」

と言って再び沈黙した。

こと切れたかと思ったが、胸が上下していたので生きているようだった。

「行こう」

まひるが「償いの部屋」に向かった。

僕もそれに付いて行く。

ホールから廊下に入ると「償いの部屋」からこちらに何人かの迷彩服が倒れていた。

どれもひどく損傷していて目も当てられないほどだった。

その時の衝撃のすさまじさを壁一面の血飛沫が現わしていた。

廊下の先でドアが一つ、壁に寄りかかってへしゃげているのが見えた。

迷彩服がその下敷きになっている。

まひると僕は、廊下に倒れた迷彩服をまたぎながらひしゃげたドアに近づいてゆく。

ドアのなくなった入口から中をのぞくと、廊下に木の扉が粉微塵になって散乱しているのが見えた。

「入ってみよう」

とまひるが中に踏み込んだけれど、僕は入る勇気がなかった。

怪物はここにはいない。

扉を破壊して迷彩服を蹂躙しどこかへ消えたのだろう。

それは分かるけれど足がすくんで動けなかった。

膝ががくがくしている。

「そこにいて」

まひるが怪物の部屋に入っていった。

ドアの前が明るくなる。

まひるが中の明かりをつけたようだ。

「ひどいな」

とまひるの声が聞こえた。

しばらくして扉から出てきたまひるは、

「化け物はいなかったよ」

そして、

「これはアヤネとは関係なさそうだな」

と言ったのだった。
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