まひる 48
文字数 1,723文字
「ここで会えることを楽しみにしていましたよ。夜野まひるさん」
あたしが振り下ろした長ドスを左の掌で受けてそのヴァンパイアは言ったのだった。
メタボ腹にまひるさん呼ばわりされる覚えはないが、どうしたものかこいつはやはりイケおじの辻川町長のようだった。
掴まれた刃をこじって長すぎてきもい指を削ぎ、落下しながらコメカミに蹴りを入れる。
辻川町長はその足を捉えようともう片方の手を伸ばす。
そのスピードは浦塩崇徳やリクスの雑魚たちがそうであったように驚異的で、落下中のあたしには避けられそうになかった。
長ドスを構え直すくらいしか対処しようがない。
しかし町長は、足を掴みかけたところで手を引いた。
そのため蹴りは空を切ったが着地することができた。
身構えてヴァンパイアを仰ぎ見ながら、寸止めした今の動きが気になった。
「耳穴 案件でーす」
握手会などのファンサの途中にスタッフから声が掛かるとメンバー全員に緊張が走る。
ファンサの列に「耳穴人間」が紛れ込んだのだ。
メンバーは髪型、メイク、服装をもう一度手持ちのミラーで再確認する。
そして目の前に立つ人間の眼が何を捉えているかを注視する。
普通、人は目を見るが「耳穴人間」は決して目を合わせない。
視線が相手にとっても自分にとっても危険なものだと知っているから。
いや、それを飛び越えてあたしには想像もつかない快楽を享受しているからかもしれない。
「耳穴人間」とは、度が過ぎたフェチのことをいう。
あたしたちゲードルは見られることを生業としている。
だからファンの視線に多少の欲望が混ざっていても、気が付かないふりをする訓練は積んでいる。
あたしには関係ないが、コトハなど対面しているのに胸の谷間を執拗に見て来るファンは無数にいたらしい。
また欲望を刺激しすぎて「耳穴人間」が増殖しないよう、身だしなみには細心の注意を払っていた。
ヴァンパイアのあたしには関係ないが、汗染みやムダ毛の他、生物的現象の対処が苦労の種だった。
RIBのグループがまだ駆け出しのころ、「ホイおじさん」というファンがいた。
「ホイおじさん」はCDを大量買してメンバー全員と会う権利を取得し、握手ではなくあっち向いてホイをする人だった。
中年の男性だが、どこかかわいらしいその容貌やしぐさに、メンバーにも人気で全員が期待に応えて時間いっぱいに2回か3回相手をしてあげていた。
ところがそいつはとんだフェチ野郎だったのだ。
ある冬のコミケの最中にオトナやメンバーに動揺が走った。
「RIB耳の穴写真集」
という同人誌が発見されたのだ。
それはタイトル通り、RIBメンバーの耳穴の写真だけを集めた本だった。
主要メンバーは3ページにわたって生写真の耳穴が掲載され、言うも恥ずかしい細かな解説が施されてあった。
中には耳カスをクローズアップされたメンバーもいたという。
あたしはその当時から氷壁だったので、ホイおじさんが来てもまったく相手にしなかったので実害は小さかった。
巻末に1ページ分の、写真集やMVから切り取られた耳穴写真が貼ってあっただけだったが、その説明文には罵詈雑言が並べられていたそうだ。
それを販売していたのが、「ホイおじさん」だった。
あっち向いてホイで横を向いたメンバーの耳穴を隠しカメラで盗撮していたのだ。
その後、「ホイおじさん」は「耳穴じじー」となり、全てのファンサからの締め出し処分、写真集は出版の差し止めと肖像権侵害で損害賠償請求を行った。
これをきっかけにRIBでは度が過ぎたフェチ野郎を「耳穴案件」というようになった。
町長のためらいが「耳穴案件」に酷似していた。
「耳穴人間」は何故か接触を嫌う。
「ホイおじさん」も決してメンバーに触れようとはしなかったという。
まるで触れるとそれで世界が終わると思っているかのように。
目の前のヴァンパイアの視線を追う。
やはりそうだ。
あたしの足を見ている。
「一回りして。はやく! スカートが長過ぎるな。うちの制服を着てみなさい。足が格段に美しく見えるから」
辻川町長と面談したとき、あたしたちアンセラフィムを立たせてそう宣った。
こいつやっぱり耳穴人間。
足フェチ野郎だな。
ならばそれを逆手にとって、こいつの世界を終わりにしてやるまで。
あたしが振り下ろした長ドスを左の掌で受けてそのヴァンパイアは言ったのだった。
メタボ腹にまひるさん呼ばわりされる覚えはないが、どうしたものかこいつはやはりイケおじの辻川町長のようだった。
掴まれた刃をこじって長すぎてきもい指を削ぎ、落下しながらコメカミに蹴りを入れる。
辻川町長はその足を捉えようともう片方の手を伸ばす。
そのスピードは浦塩崇徳やリクスの雑魚たちがそうであったように驚異的で、落下中のあたしには避けられそうになかった。
長ドスを構え直すくらいしか対処しようがない。
しかし町長は、足を掴みかけたところで手を引いた。
そのため蹴りは空を切ったが着地することができた。
身構えてヴァンパイアを仰ぎ見ながら、寸止めした今の動きが気になった。
「
握手会などのファンサの途中にスタッフから声が掛かるとメンバー全員に緊張が走る。
ファンサの列に「耳穴人間」が紛れ込んだのだ。
メンバーは髪型、メイク、服装をもう一度手持ちのミラーで再確認する。
そして目の前に立つ人間の眼が何を捉えているかを注視する。
普通、人は目を見るが「耳穴人間」は決して目を合わせない。
視線が相手にとっても自分にとっても危険なものだと知っているから。
いや、それを飛び越えてあたしには想像もつかない快楽を享受しているからかもしれない。
「耳穴人間」とは、度が過ぎたフェチのことをいう。
あたしたちゲードルは見られることを生業としている。
だからファンの視線に多少の欲望が混ざっていても、気が付かないふりをする訓練は積んでいる。
あたしには関係ないが、コトハなど対面しているのに胸の谷間を執拗に見て来るファンは無数にいたらしい。
また欲望を刺激しすぎて「耳穴人間」が増殖しないよう、身だしなみには細心の注意を払っていた。
ヴァンパイアのあたしには関係ないが、汗染みやムダ毛の他、生物的現象の対処が苦労の種だった。
RIBのグループがまだ駆け出しのころ、「ホイおじさん」というファンがいた。
「ホイおじさん」はCDを大量買してメンバー全員と会う権利を取得し、握手ではなくあっち向いてホイをする人だった。
中年の男性だが、どこかかわいらしいその容貌やしぐさに、メンバーにも人気で全員が期待に応えて時間いっぱいに2回か3回相手をしてあげていた。
ところがそいつはとんだフェチ野郎だったのだ。
ある冬のコミケの最中にオトナやメンバーに動揺が走った。
「RIB耳の穴写真集」
という同人誌が発見されたのだ。
それはタイトル通り、RIBメンバーの耳穴の写真だけを集めた本だった。
主要メンバーは3ページにわたって生写真の耳穴が掲載され、言うも恥ずかしい細かな解説が施されてあった。
中には耳カスをクローズアップされたメンバーもいたという。
あたしはその当時から氷壁だったので、ホイおじさんが来てもまったく相手にしなかったので実害は小さかった。
巻末に1ページ分の、写真集やMVから切り取られた耳穴写真が貼ってあっただけだったが、その説明文には罵詈雑言が並べられていたそうだ。
それを販売していたのが、「ホイおじさん」だった。
あっち向いてホイで横を向いたメンバーの耳穴を隠しカメラで盗撮していたのだ。
その後、「ホイおじさん」は「耳穴じじー」となり、全てのファンサからの締め出し処分、写真集は出版の差し止めと肖像権侵害で損害賠償請求を行った。
これをきっかけにRIBでは度が過ぎたフェチ野郎を「耳穴案件」というようになった。
町長のためらいが「耳穴案件」に酷似していた。
「耳穴人間」は何故か接触を嫌う。
「ホイおじさん」も決してメンバーに触れようとはしなかったという。
まるで触れるとそれで世界が終わると思っているかのように。
目の前のヴァンパイアの視線を追う。
やはりそうだ。
あたしの足を見ている。
「一回りして。はやく! スカートが長過ぎるな。うちの制服を着てみなさい。足が格段に美しく見えるから」
辻川町長と面談したとき、あたしたちアンセラフィムを立たせてそう宣った。
こいつやっぱり耳穴人間。
足フェチ野郎だな。
ならばそれを逆手にとって、こいつの世界を終わりにしてやるまで。