まひる 22
文字数 2,217文字
このHONDA Z 360は軽自動車にしては馬力があると思ったら、エンジンを乗せ換えてるという。
660ccに置換しただけでこんなになるとは思えないから、他にいろいろいじっているかもしれない。
ヒョードルさんに聞けば、そういうことは全部教えてもらえたろう。
けれどキノッピにつきっきりの師弟の時間を邪魔しちゃいけないと思ったので、あえて尋ねないままだった。
それにしても、地面に吸い付くし、よく曲がる。
コーナー攻めやす! 吹きあがりも最高。
やっぱ、車はこうじゃなくちゃ。楽しすぎる。これから運転変わってもらおうかな。
「ぐう」
後ろで、コトハが文句を言ってる。あたしの運転が嫌なのだ。
生前、あたしの運転は必ず酔うからと乗車拒否をしたものだった。
しかたないでしょう。あなたをあすこに置いておけなかったんだから。
なんて言ってる間に旭川だ。
道を知らないのでキノッピが通った道を反対に戻る。
遠目から見てもラブホ街と分かる一角に入り、旭川ロシア正教会から少し離れた路地に車を入れた。
「夜野まひるが真昼間のラブホ街でコトコトとお忍び行」
週刊誌の見出しが浮かぶ。
いや、あたしたちは既に死せる天使なのだ。
そもそも現れてはいけない存在。
「出てきちゃだめだよ」
念押ししてからコトハを車に残して旭川ロシア正教会へ向かう。
一応身バレ防止にマスクと遠軽で貰ったサングラスをする。
君血の制服を着ているので、いろいろ無駄な感じはするけれど、一応。
教会の周囲は昨日の朝と変わりなく静まり返っていた。
キノッピはマスコミとか警察とかの心配をしてくれていたようだったが、思った通りだった。
ヴァンパイアの襲撃をくらってもロシア正教会は公にはしない。
そうやってずっと戦って来たのだ。
『蒲田行進曲』に出て来た大階段のようなエントランスを昇って入口へ。
『蒲田行進曲』は勉強と言われてオトナと一緒に観た、古い昭和の映画だ。
覚えているのは映画の内容より、連れのオトナがエンドロールで曲が流れている間、涙をボロボロ流しているのを見てドン引きしたこと。
あたしにはよく分からなかったが、中年男の魂をえぐったようだった。
階段落ちすることなく無事にフロントに辿り着いて事務所に声を掛ける。
「はい」
と言って出て来たのはヒョードルさんだった。
「あれ、まひるさん。戻って来ちゃったんですか?」
マスクもサングラスも取ってないけど、やっぱりバレバレ。
「ヒョードルさんこそ、どうして?」
「ここは慢性的に人手不足ですから。それにわたしは元はここでやってた人間で」
そうなんだ。
「エカチェリーナさんは?」
「彼女は留守番です」
司祭一人にするわけにいかないか。
「犠牲になった方たちは?」
「今さっき片付け終わったとところです」
あっさり言う。片付け方は聞かないことにする。
とりあえず応接室に通された。
途中、事務所を通ると血の匂いが鼻に付いた。
白い壁紙が一面だけピンクがかっているのは気のせいじゃないだろう。
応接室に入るとヒョードルさんが説明してくれた。
「ここの構成員は、たまたま外出していた人間一人になってしまいました」
「今はヒョードルさんだけですか?」
「札幌から2人来るはずです。もうすぐ着くと思います」
札幌でも人員が不足してそうだから、他から補充人員を送るのだろう。
道内スレイヤーの玉突きだ。
「犯人は? 遠軽のようなのがここにも?」
「はい、ヌードル系ヴァンパイアです。古くからラーメン屋を営んでます」
そんなのいるんだ。
てか、強いのか? いや何する人?
「ラーメンのスープにしてやろうか? が決めゼリフだそうです」
なんだそれ。だっさ。
あたしは一旦コトハの所に戻ってHONNDA Z 360をラブホ、もとい教会の駐車場に入れた。
そしてラブホ、もとい教会の空き部屋のベッドにコトハを寝かせて、再びヒョードルさんと合流する。
応接には外出していたスレイヤーもいた。若い男だった。
「はじめまして、ウラジミールです」
ウラジミールにしては日本人なのは遠軽で慣れているからいいが、仲間がやられたにしては明るすぎる気がした。
それで心を読もうとしたが駄目だった。
閉心術の使い手だったのだ。
ヴァンパイアは読心能力のある者が多い。中には操心能力を使う者すらいる。
そのためロシア正教会のスレイヤーのほとんどが閉心術を習得しいると聞いた。
それはヒョードルさんもだ。
ヒョードルさんはあたしの前ではいつも心を開きっぱなしにして接してくれている。
今もだし、出会った時からずっとそうなのだ。
それは信頼関係以前に相手を一目で見抜く力を持っているからだろう。
このウラジミールという男は平素から術を解かないようだ。
未熟なのか、それとも何か後ろめたいことがあるのか。
とりあえず普通に会話して情報を得ることにする。
「ここのヴァンパイアとの関係は?」
「借金がかさんで、ここも追い出されそうだったらしいです」
ヒョードルさんが言うと、ウラジミールがあきれ顔をした。
たしかに、人にわざわざ恥部をさらけ出す必要はない。
言い方ならいろいろあるだろう。
案外ヒョードルさんという人は、読心云々以前に何事もあけすけなだけなのかもしれなかった。
結局札幌からスレイヤーが来るのを待って、ラーメン屋を急襲することになった。
要員はあたしとヒョードルさん、それとウラジミールだ。
「仲間の仇を討ちたい」(棒読み)
そうは言っているが、ウラジミールには背後を見せないほうがいいと思ったのだった。
660ccに置換しただけでこんなになるとは思えないから、他にいろいろいじっているかもしれない。
ヒョードルさんに聞けば、そういうことは全部教えてもらえたろう。
けれどキノッピにつきっきりの師弟の時間を邪魔しちゃいけないと思ったので、あえて尋ねないままだった。
それにしても、地面に吸い付くし、よく曲がる。
コーナー攻めやす! 吹きあがりも最高。
やっぱ、車はこうじゃなくちゃ。楽しすぎる。これから運転変わってもらおうかな。
「ぐう」
後ろで、コトハが文句を言ってる。あたしの運転が嫌なのだ。
生前、あたしの運転は必ず酔うからと乗車拒否をしたものだった。
しかたないでしょう。あなたをあすこに置いておけなかったんだから。
なんて言ってる間に旭川だ。
道を知らないのでキノッピが通った道を反対に戻る。
遠目から見てもラブホ街と分かる一角に入り、旭川ロシア正教会から少し離れた路地に車を入れた。
「夜野まひるが真昼間のラブホ街でコトコトとお忍び行」
週刊誌の見出しが浮かぶ。
いや、あたしたちは既に死せる天使なのだ。
そもそも現れてはいけない存在。
「出てきちゃだめだよ」
念押ししてからコトハを車に残して旭川ロシア正教会へ向かう。
一応身バレ防止にマスクと遠軽で貰ったサングラスをする。
君血の制服を着ているので、いろいろ無駄な感じはするけれど、一応。
教会の周囲は昨日の朝と変わりなく静まり返っていた。
キノッピはマスコミとか警察とかの心配をしてくれていたようだったが、思った通りだった。
ヴァンパイアの襲撃をくらってもロシア正教会は公にはしない。
そうやってずっと戦って来たのだ。
『蒲田行進曲』に出て来た大階段のようなエントランスを昇って入口へ。
『蒲田行進曲』は勉強と言われてオトナと一緒に観た、古い昭和の映画だ。
覚えているのは映画の内容より、連れのオトナがエンドロールで曲が流れている間、涙をボロボロ流しているのを見てドン引きしたこと。
あたしにはよく分からなかったが、中年男の魂をえぐったようだった。
階段落ちすることなく無事にフロントに辿り着いて事務所に声を掛ける。
「はい」
と言って出て来たのはヒョードルさんだった。
「あれ、まひるさん。戻って来ちゃったんですか?」
マスクもサングラスも取ってないけど、やっぱりバレバレ。
「ヒョードルさんこそ、どうして?」
「ここは慢性的に人手不足ですから。それにわたしは元はここでやってた人間で」
そうなんだ。
「エカチェリーナさんは?」
「彼女は留守番です」
司祭一人にするわけにいかないか。
「犠牲になった方たちは?」
「今さっき片付け終わったとところです」
あっさり言う。片付け方は聞かないことにする。
とりあえず応接室に通された。
途中、事務所を通ると血の匂いが鼻に付いた。
白い壁紙が一面だけピンクがかっているのは気のせいじゃないだろう。
応接室に入るとヒョードルさんが説明してくれた。
「ここの構成員は、たまたま外出していた人間一人になってしまいました」
「今はヒョードルさんだけですか?」
「札幌から2人来るはずです。もうすぐ着くと思います」
札幌でも人員が不足してそうだから、他から補充人員を送るのだろう。
道内スレイヤーの玉突きだ。
「犯人は? 遠軽のようなのがここにも?」
「はい、ヌードル系ヴァンパイアです。古くからラーメン屋を営んでます」
そんなのいるんだ。
てか、強いのか? いや何する人?
「ラーメンのスープにしてやろうか? が決めゼリフだそうです」
なんだそれ。だっさ。
あたしは一旦コトハの所に戻ってHONNDA Z 360をラブホ、もとい教会の駐車場に入れた。
そしてラブホ、もとい教会の空き部屋のベッドにコトハを寝かせて、再びヒョードルさんと合流する。
応接には外出していたスレイヤーもいた。若い男だった。
「はじめまして、ウラジミールです」
ウラジミールにしては日本人なのは遠軽で慣れているからいいが、仲間がやられたにしては明るすぎる気がした。
それで心を読もうとしたが駄目だった。
閉心術の使い手だったのだ。
ヴァンパイアは読心能力のある者が多い。中には操心能力を使う者すらいる。
そのためロシア正教会のスレイヤーのほとんどが閉心術を習得しいると聞いた。
それはヒョードルさんもだ。
ヒョードルさんはあたしの前ではいつも心を開きっぱなしにして接してくれている。
今もだし、出会った時からずっとそうなのだ。
それは信頼関係以前に相手を一目で見抜く力を持っているからだろう。
このウラジミールという男は平素から術を解かないようだ。
未熟なのか、それとも何か後ろめたいことがあるのか。
とりあえず普通に会話して情報を得ることにする。
「ここのヴァンパイアとの関係は?」
「借金がかさんで、ここも追い出されそうだったらしいです」
ヒョードルさんが言うと、ウラジミールがあきれ顔をした。
たしかに、人にわざわざ恥部をさらけ出す必要はない。
言い方ならいろいろあるだろう。
案外ヒョードルさんという人は、読心云々以前に何事もあけすけなだけなのかもしれなかった。
結局札幌からスレイヤーが来るのを待って、ラーメン屋を急襲することになった。
要員はあたしとヒョードルさん、それとウラジミールだ。
「仲間の仇を討ちたい」(棒読み)
そうは言っているが、ウラジミールには背後を見せないほうがいいと思ったのだった。