まひる 30

文字数 1,713文字

 こいつらの匂いときたら、生臭いのと鉄臭いのと腐臭とごっちゃになってて鼻がまがりそうだ。

振り返るとキノッピだけがついてきていた。

やはり、そういうことか。

 さっき上でコージという男の心を読んだとき、キノッピのことを助けるという気持ちはあったが、不自然なほどあたしについては何も考えていなかった。

とても稚拙な閉心術だが、こうしてあたしたちだけを虎口に押しやるのには役に立ったわけだ。

と考えているうちに解決しなければならない問題が目の前に迫っていた。

てか、うざいんだけど。こいつら。

そのでっかいお腹押し付けてくるのやめてくれないかな。

みんなが、

「むーーーーーん」

って、唸り声をあげて、あたしに押し寄せてくる。

気づけば四方を囲まれて、それが十重二十重と取り巻いている。

さらに頭の上にものしかかってきたので、背中の長ドスを抜いて一突きすると、血汚泥が頭から降ってきて、全身にしこたまかぶってしまった。

「ペッ! ペッ!」

口にまで入った。ひどい味だ。

その時、上の階からコージの声がした。

「言い忘れてたけど、親父が使ったミツバチのDNAは大量死の懸念があったセイヨウミツバチでなく、生命力の強いニホンミツバチだから」

は? それが何か?

「まひるさん! それにまとわりつかれないで!」

キノッピが、蛭人間の垣根の向こうから声をかけてきた。

「どういう!?」

というあたしの言葉がキノッピの伝わったかどうかは、もうわからなかった。

遂に蛭人間があたしの視界から緑の非常灯すら遮ってしまって、真っ暗な中に閉じ込められたからだった。

「「「「むーーーーーん」」」」

あたしの周りですべての蛭人間が同じ音量、同じ間隔で唸り続けている。

なんだか、熱い。

こんなにひしめき合っていれば当然だろうけど、それ以上に蛭人間たちが発熱しているようだった。

「蜂球熱殺」

そんな言葉を聞いたことがあった。

天敵であるオオスズメバチに巣を襲撃されると、セイヨウミツバチはなすすべもなく全滅するが、ニホンミツバチはオオスズメバチに取り付いて蜂球となり80度の体温で熱殺して巣を守る。

「あー、ね」

って、感心してる場合ではなかった。

あたしはオオスズメバチほど熱に弱くはないが、さすがにこの蒸し風呂に長時間いたらまずい。

しかし、全身がんじがらめでもはや長ドスもどこへ行ったかもわからない。

身動きが取れなくなってしまっているのだ。

こういう場合、ヴァンパイアも熱中症とか脱水症状になるか?

 ドバイの郊外でラリーゲームの世界大会があった。

物好きなドバイのセレブは、選手の環境もリアルにすべきと言って、試合直前に会場を炎天下の砂漠の中に移設させた。

いつもは涼しいモニタールームで試合に臨むゲードルが熱砂に対する耐性なんて持ち合わせているはずなどない。

当然のように、熱中症、脱水症状になるものが続出して、大会は中止も辞さない状況になった。

ところが、最後までハンドルを離さなかったものが二人いたため、セレブたちはゴールまで付き合うことになる。

その時残ったのが、夜野まひる、つまりあたしと、鈴鹿アヤネだった。

アヤネは持ち前の情報収集力から、前日に移設の情報を入手して、耐熱スーツと大量の飲料を用意して臨んでいたのだ。

あたしは……。

平気だった。ヴァンパイアだから。

いや、なんども死にかけては、ヴァンパイアの復活力で持ち直し、やっとの思いで完走したのだった。

今、まさにそんな状況だ。

生と死のはざまを行き来している。

だがこれを永遠に続けるわけにはいかないだろう。

ドバイでは、表彰台に上がることができないほど体力を失ってしまっていたのだ。

今、そんな状況で蛭人間と戦っても勝てる見込みはない。

 意識が朦朧としていたから何が起こったのかわからなかった。

突然目の前に光が射した。

といっても非常灯の緑の光だった。

あたしの顔前に張り付いていた蛭人間がいなくなったのだ。

次いでまとわりついていた蛭人間が血汚泥をまき散らしながら、次々に破裂していった。

熱から解放されると、黒い人物が階段フロアを駆け回っているのに気付いた。

それがその場の蛭人間を刹那の間に誅戮してゆく。

あたしは、それをぼんやりと眺めていつしか倒れ、その後の記憶はない。
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