まひる 33
文字数 1,761文字
すすき野交差点で暴れまわっている怪物は思いのほか小さかった。
セーラー服を着た少女。
けれどもその小ささで巨大な装甲車を触れた途端に吹っ飛ばしてしまう。
いったいどこにそんなパワーを秘めているのか?
最初は攻め寄せていた装甲車も、思わぬ反撃にじりじりと後退していき、交差点の真ん中はセーラー服がぽつんと佇んでいるだけになった。
「あの芋ジャー、何がしたいんでしょう?」
キノッピがそれを見て言った。
確かにそうだった。
攻撃に出るでもなく、逃げるでもなく、そこにいるだけ。
あの破壊力なら逃げようと思えば造作もなさそうなのだが、いったん寄せ手が引くとじっとして動かなくなった。
さんざん暴れまわったけれど、それも自衛隊の攻撃に反応していただけだったのかも。
「待ってる?」
「何をですか?」
「あたしを」
おそらくそうだ。
わざわざすすき野交差点に居座っているのは、あたしを衆人環視の中に引きずり出すためなんじゃないか。
上空でヘリの音が喧しかった。
「行かないですよね?」
キノッピが心配そうに聞いて来た。
もし、コトハが一緒ならそんな誘いになんか乗りはしない。
辻沢に連れ帰ってあの子を屍人の枷から解放してあげたいから。
でも、そのコトハはいまやアヤネの手の内にある。
そして、この状況であたしがどういう行動をとるか熟知している者がいるとしたならば、それはRIBで10年もの間一緒に戦った戦友しかいない。
これはおそらくアヤネの意志なのだ。
「まひる姉さん。コトハを取り戻したいならここに出てきて正体を晒して」
アヤネはそう言っている。
「行く」
「分かりました。でも、少し待ってもらっていいですか?」
不思議とキノッピは反対しなかった。
「待つ?」
「もっとましなアイテム用意しますから」
と言うとキノッピは鉄骨をたどたどしげに降りて行ったのだった。
装甲車の群れはセーラー服から距離を保ったままだ。
セーラー服のほうも交差点の真ん中でじっとして動かない。
両者、あたしが出て行くまでこの膠着状態を続けるつもりのようだった。
春といっても札幌はまだ寒い。
すすき野交差点がある月寒通りを吹き渡る風がとても冷たかった。
しばらくして交差点に動きがあった。
装甲車がさらに後退をはじめたのだ。
そうして、交差点にはちいさな怪物と亀のように裏返った装甲車だけが残された。
札幌駅方向に目をやると、幾つかの筋道を黒服の一団が近づいて来るのが見えた。
「エージェントさんたち?」
札幌にもロシア正教会があるのだった。
彼らはヴァンパイア狩りのプロ集団だ。
でもあのセーラー服は彼らが普段相手にしているロシアヴァンパイアとは違う。
大勢で掛かったからと言って仕留められる相手ではない。
ヴァンパイアのあたしでさえそう思うのに彼らが御せるはずもない。
それとも秘策があるの?
すすき野交差点に現れ出た黒服たちは、次々にセーラー服に躍りかかって行った。
セーラー服はそれをいとも簡単に弾き返してゆく。
黒服がビル壁に叩きつけられ、アスファルトの上で悶絶している。
力量の差ははっきりとしていた。
「無策!?」
驚いた。
彼らは捨て身で何とかなると思っているらしかった。
「行かなきゃ」
もしかしたら、あの中にエカチェリーナさんたちがいるかもしれないのだ。
鉄骨を伝って降りるのは面倒なので、そのまま4階下の地面に飛び降りた。
「あ、まひるさん。間に合った」
着地したところにちょどキノッピがいて、迷彩服を差し出してきた。
「これは?」
「そこに寝てた人の借りました」
キノッピが指さす方を見ると、ビルの陰に数人の自衛官が横たわっていた。
負傷者?
寝てたって……。
「どうぞ、着てください。これでバレなくて済みますから」
何やら嬉しそうだ。
「ネットニュースの見出しは『銀髪の自衛官、札幌の危機を救う!』です」
銀髪のってところが危ういのだけれども。
キノッピから迷彩服を受け取り、制服の上からを着てみると大きすぎた。
「男性用かな?」
「全然似合ってます」
有無を言わさぬ口調だ。
キノッピの頭の中ではすでに、ネットニュースまでの絵が出来上がっているらしかった。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい。僕はここで応援してます」
そう。それでいい。
キノッピはRIBのファン。
チブクロ№11023の普通の人。
決して、あたしなんかと一緒に戦うべき人ではないのだから。
セーラー服を着た少女。
けれどもその小ささで巨大な装甲車を触れた途端に吹っ飛ばしてしまう。
いったいどこにそんなパワーを秘めているのか?
最初は攻め寄せていた装甲車も、思わぬ反撃にじりじりと後退していき、交差点の真ん中はセーラー服がぽつんと佇んでいるだけになった。
「あの芋ジャー、何がしたいんでしょう?」
キノッピがそれを見て言った。
確かにそうだった。
攻撃に出るでもなく、逃げるでもなく、そこにいるだけ。
あの破壊力なら逃げようと思えば造作もなさそうなのだが、いったん寄せ手が引くとじっとして動かなくなった。
さんざん暴れまわったけれど、それも自衛隊の攻撃に反応していただけだったのかも。
「待ってる?」
「何をですか?」
「あたしを」
おそらくそうだ。
わざわざすすき野交差点に居座っているのは、あたしを衆人環視の中に引きずり出すためなんじゃないか。
上空でヘリの音が喧しかった。
「行かないですよね?」
キノッピが心配そうに聞いて来た。
もし、コトハが一緒ならそんな誘いになんか乗りはしない。
辻沢に連れ帰ってあの子を屍人の枷から解放してあげたいから。
でも、そのコトハはいまやアヤネの手の内にある。
そして、この状況であたしがどういう行動をとるか熟知している者がいるとしたならば、それはRIBで10年もの間一緒に戦った戦友しかいない。
これはおそらくアヤネの意志なのだ。
「まひる姉さん。コトハを取り戻したいならここに出てきて正体を晒して」
アヤネはそう言っている。
「行く」
「分かりました。でも、少し待ってもらっていいですか?」
不思議とキノッピは反対しなかった。
「待つ?」
「もっとましなアイテム用意しますから」
と言うとキノッピは鉄骨をたどたどしげに降りて行ったのだった。
装甲車の群れはセーラー服から距離を保ったままだ。
セーラー服のほうも交差点の真ん中でじっとして動かない。
両者、あたしが出て行くまでこの膠着状態を続けるつもりのようだった。
春といっても札幌はまだ寒い。
すすき野交差点がある月寒通りを吹き渡る風がとても冷たかった。
しばらくして交差点に動きがあった。
装甲車がさらに後退をはじめたのだ。
そうして、交差点にはちいさな怪物と亀のように裏返った装甲車だけが残された。
札幌駅方向に目をやると、幾つかの筋道を黒服の一団が近づいて来るのが見えた。
「エージェントさんたち?」
札幌にもロシア正教会があるのだった。
彼らはヴァンパイア狩りのプロ集団だ。
でもあのセーラー服は彼らが普段相手にしているロシアヴァンパイアとは違う。
大勢で掛かったからと言って仕留められる相手ではない。
ヴァンパイアのあたしでさえそう思うのに彼らが御せるはずもない。
それとも秘策があるの?
すすき野交差点に現れ出た黒服たちは、次々にセーラー服に躍りかかって行った。
セーラー服はそれをいとも簡単に弾き返してゆく。
黒服がビル壁に叩きつけられ、アスファルトの上で悶絶している。
力量の差ははっきりとしていた。
「無策!?」
驚いた。
彼らは捨て身で何とかなると思っているらしかった。
「行かなきゃ」
もしかしたら、あの中にエカチェリーナさんたちがいるかもしれないのだ。
鉄骨を伝って降りるのは面倒なので、そのまま4階下の地面に飛び降りた。
「あ、まひるさん。間に合った」
着地したところにちょどキノッピがいて、迷彩服を差し出してきた。
「これは?」
「そこに寝てた人の借りました」
キノッピが指さす方を見ると、ビルの陰に数人の自衛官が横たわっていた。
負傷者?
寝てたって……。
「どうぞ、着てください。これでバレなくて済みますから」
何やら嬉しそうだ。
「ネットニュースの見出しは『銀髪の自衛官、札幌の危機を救う!』です」
銀髪のってところが危ういのだけれども。
キノッピから迷彩服を受け取り、制服の上からを着てみると大きすぎた。
「男性用かな?」
「全然似合ってます」
有無を言わさぬ口調だ。
キノッピの頭の中ではすでに、ネットニュースまでの絵が出来上がっているらしかった。
「じゃあ、行ってくるね」
「いってらっしゃい。僕はここで応援してます」
そう。それでいい。
キノッピはRIBのファン。
チブクロ№11023の普通の人。
決して、あたしなんかと一緒に戦うべき人ではないのだから。