キノッピ 26

文字数 2,348文字

 大家さんの家の台所には3人のオトナがいる。

コージは僕の座っているダイニンチェアからは見えないリビングに他の数人と一緒にいるようだった。

「我々は君を助けに来たのだよ」

 元辻っ子団団長が言った。

僕のことをダイニングチェアにガムテでくくりつけておいて、言い草だ。

「もうすこしで君は屍人にされるところだった」

 と言うと、近寄って来て首筋に指を這わせた。

「ごらん。血が出てる」

 目の前に差し出された指には血糊が付いていた。

「時間が経っているのにまだ止血しない。何故だと思う?」

 傷が大きいからだろう。答える代わりに睨み返してやった。

団長はそれをスルーして自説を述べ立てる。

「奴らのヨダレが混じっているからだよ。血を啜りやすいよう凝結を止める成分が含まれている」

 アヤネちゃんを蚊みたいに言うな。RIBのセンター経験者だぞ。

団長は僕から離れてダイニングテーブルにもたれかかると、

「どうしてヴァンパイアどもは君を連れ回していると思う?」

 と言った。

それはアンセラフィムの3人が僕のことを仲間だと思ってくれているから。

と言いたいけれど、実際は、極寒の雪原を彷徨っていた時、たまたま僕に出会ったからで、いわば成り行きだ。

まひるのソバにいられてのぼせ上がっていても、それくらいは分かっているつもりだ。

「君の血だよ。その血が必要だったからだ」

 まひるがヴァンパイアならば、人の血を欲しがるのはしょうがないこと。

それに選ばれたことがむしろ僕には喜ばしい。

こんな気持ち、人を推すことを知らないお前には分からないだろう。

「サマー・スクールで君がヴァンパイア役になったのを覚えているか?」

 団長が唐突に昔のことを蒸し返してきた。

僕にとってはサマー・スクール=ヴァンパイア役だ。

それ以外の記憶など無いに等しい。

「どうして君が選ばれたと思う?」

「友達がいなかったから……」

 つい口に出して言ってしまった。

「はは。君はまだ自分のことが分かっていないのだね」

 他に選ばれる理由なんてあるのか?

あったとして、嫌われ者だとかいう子どもっぽい理由ぐらいだろう。

「君がチタルの家の子だったからだよ」

「チタル?」 

「血の樽と書く、代々ヴァンパイアのために血を供給してきた家系だ」

 団長の言葉で、昔キャンプファイヤーの時に聞いたおとぎ話を思い出した。

 辻沢のヴァンパイアは血統だ。

始祖の宮木野と志野婦の血を引いた家系のものに因子が伝わり、血の刺激を受けると覚醒してヴァンパイアになる。

そして、その家系で女子の双子が生まれるとどちらかがヴァンパイアだ。

最初のうちはヴァンパイアになった方は姉妹の血を食餌として生き延びる。

共食いをするのだ。

ただ、時に両方がヴァンパイアになってしまう時がある。

その場合はお互いが食餌を求め殺し合いになりそうだがそうはならい。

決まったように血樽の家でも双子が生まれ、二人ともがヴァンパイアになった家で血の奉仕をするようになるからだ。

血樽は血を与える特殊なヴァンパイアなのだ。

「血樽の血は、奴らにはご馳走らしい」

 思い当たる節がないわけではなかった。

アヤネちゃんが最後に僕の首から血を受けたときの潤んだ眼を思い出す。

それはまるで、恍惚を極め尽くしたような表情をしていた。

だが、待てよ。

一瞬、団長の言葉に欺されそうになったが決定的な間違いがある。

血樽であるとしても辻沢のヴァンパイアなら女子の双子でなければならないはずだ。

僕は男子だし、双子でもない。

これをどう説明する。

「僕は女子じゃない」

 と言うと、

「女子の双子というのはヴァンパイアが流したデマだ。本当は男子もヴァンパイアになるんだよ」

 団長は薄ら笑いをして言った。

「じゃあ、僕が双子じゃないのはどう説明する? 一人でもヴァンパイアになるとでも言うのか? なら辻沢はヴァンパイアだらけじゃないか」

団長はそれを聞いて頷きながら、

「サマー・スクールで血液検査をしたのを覚えているだろう?」

 と言ったのだった。

そういえばサマー・スクールは中学生から健康診断が義務づけられていた。

「あの時、分かったことがあるんだよ。DNA検査でね」

 あれはヴァンパイア検査だった?

「まあそれで君が血樽だってわかったのもあるんだが、さらに君のお母さんも知らないことが判明してね」

 母さんが知らないこと? なんだそれ。

僕のセイヘキとかなら母さんには言わないで欲しいけど。

「君は双子で生まれるはずだったが、かなり早い段階でもう一人の方は死んで母胎か君自身に吸収されたらしいんだよ」

 そんなこと、あるのか?

「バニシングツイン。失われた双子だ。双子の10%は片方が出生前に死亡して胎内で消えてしまうんだ」

 ……。

僕にはよく見る夢がある。

いつものように自分のベッドで目が覚める。

台所に降りて行くと、母さんが僕を見て変な顔をする。

どうしたのと聞いても母さんは何も言わない。

おかしいなとは思うけれど、僕はいつもどおり学校へ行く。

学校へ行くとみんなも母さんと同じように僕を見て変な顔をする。

けれど誰も何も言わない。

違和感をかかえつつも普通に授業を受けて、放課後になり帰宅する。

夕ご飯を食べたりTVを見たりして眠くなり、お風呂に入る。

そして、裸になった自分を見て慌てる。

胸がある。チンチンがない。

そこで目が覚めるのだ。

 僕にとってその夢が不思議なのは、内容よりも見た後の感覚だった。

まるで、もう一人の自分、まったく別の自分が見た夢のようなのだ。

もしかしたら、バニシングしたその子の夢なのでは?

そう思うと腑に落ちた。

「君はヴァンパイアなのだよ」

 団長が得意そうに言いながらハイネックの襟をなぞり、他のオトナに目配せをした。

僕は目隠をされ椅子から立たされると、ストレッチャーに縛り付けられて外に連れ出されたのだった。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み