キノッピ 12

文字数 2,485文字

 朝すぐに出たのにセルゲイが戻ってきたのは昼過ぎだった。

出てすぐ教会に電話してきて、

「コスプレのようなのがないから、ジャージでいいか?」

どういう感性をしてたらジャージに落ち着くのか理解に苦しんだ。

「ジャージはいいぞ。楽だし」

それはそうだが、まひるは世界のスーパースターだ。

芋ジャーなど着せてたら後でどんな制裁を受けるかしれない。

却下したせいで方々彷徨ったらしい。

 早速頼んでおいたものをチェックする。

まずはRIBのカセット。

推しを乗せる車に推しの音楽がないというのは地獄の所業だからだ。

「あったよ。ファーストアルバム『血飲み子』。ヤオマン・レコードに」

こっちにヤオマン・レコードは北見にしかない。

この積雪の中、往復3時間かけて北見まで行かせてしまったらしかった。

新佐呂間トンネルがあるとはいえ、国道333での峠越えは普段でもきつい。

「すみませんでした」

「いいや、資材の不足もあったから」

というのは嘘だ。

修繕に必要なものなら遠軽でそろう。

また僕は「雪の苦労を知らないよそ者」をやってしまったようだった。

「コンビに行くならついでにシャープペンの芯買って来て」

都会なら気軽に頼めるだろう。

コンビに芯がなかったら近くの文房具屋に行けばいい。

ところが、こっちではそのちょっとのことが想像を絶する労力を強いてしまう。

時には生命を危うくしてしまうことだってあるのだ。

しかし、こっちの人は絶対にいやとは言わず頼まれごとを叶えてくれる。

後から事実を知ってものすごい後悔に苛まれるのが常だった。

セルゲイ、ごめんね。

 気を取り直して、まひるたちの着替えを確認する。

そうは言ってもこのことは別。

もうジャージでいいかとはならないぞ。

「ヤオマン・レコードでコスプレどこで買えるか聞いたらさ」

店の裏手の隠し店舗に連れて行かれたのだそうだ。

「で、これ入ったばかりって、3セット」

テーブルの上にビニールカバーのままのを並べて見せた。

漆黒のセーラー服にロングのスカート。胸にはRIBのエンブレム。

「これ、デビュー曲『君の血は僕の糧』(君血)の制服だ」

3着そろい。しかも、まひるレプリカまであった。

まひる仕様の制服は袖に3☆がついて、そこが他の子のとは違う。

デザインもまひる用で、派手さはないが崇高さと妖艶さを際立たせるものになっている。

しかし、ある事件がきっかけで、まひるのに限ってレプリカは製造されていない。

 あれは、3枚目のシングル「恋の血判状」(恋血)の時だから初期の初期のころだ。

ある人が、まひるの恋血の制服を自作しライブに着て参戦するとSNSに写真付きで投稿した。

出没するライブの日時も上げてあった。

本職がデザイナーのその人は縫製の技術も確かで、半端ない出来と評判になっていた。

しかし、当日その人はライブ会場には現れなかった。

コミュニティーでは、まひるの狂信的な崇拝者にボコられたと噂が立った。

それが事実だと知れたのは、数日後に投稿された本人のSNSからだった。

豚鼻セロファン、ダサジャージを着て、ズタボロになった自作の制服を持った画像に一言、

「ごめんなさい」

とコメントされてあったのだ。

その後アカウントは削除。

その人はコミュニティーからいなくなった。

 このことはネットニュースに取り上げられ、行き過ぎたファンを取り締まれない運営が非難された。

まひるに罪はないはずが、まひるを筆頭にRIBも炎上、RIBを脱退するゲードルが3名出て、ファンの数も激減してしまったという。

RIB存続の危機と言われた事件だった。

結局運営は、暴力的行為をするファンに対して出禁の警告およびライブ会場の取り締まりを強化するとともに、まひるレプリカの制作を取りやめ、自作することも着用してライブに参加することも禁止したのだった。

 そんなことだから、いくら在庫があったからといって売っていいものではないはずだった。

「サイズが合うかわからないけど」

セルゲイが言った。

たしかに、まひるのスタイルは超絶スリムで、しかも中学のころからいっさい体形が変わっていない。

その驚異的なスタイル保持については、プロフを毎時間チェックし続けて来た僕だからよく知っている。

襟タグのサイズを見てみた。

そこにはSでもMでも、ましてLでもなく、へたくそな刺繍で「まひる」とだけあった。

なんだこれは。

だれ用に作られたレプリカだ?

とまれ、アンセラフィムにこの制服を着てもらうことにする。

 二階にあがってドアをノックする。

返事がなく、しばらくしてもう一度ノックしかけたら、扉が開いてまひるが顔を出した。

「着替えを持ってきました」

と言うと、僕が手にしたビニールの制服を見て。

「ありがとう」

と言って制服を取り、ドアを閉めた。

「サイズが合うか着てみてもらっていいですか?」

と中に向かって声を掛けると、

「わかった」

と返事があった。

 下の階に戻ると、セルゲイが、

「君のも買って来たよ。いつまでも会社の服じゃ困るだろ」

と言って服一式を渡してくれた。

お礼をして着て見ると、案の定だ。

オーバーオールにハンチング。

「似合うねー」

じゃねえのよ。

セルゲイと二人合わせて、マリオ&ルイージかっての。

 下の階の片づけが大方終わり、2階の窓の修繕のために再びアンセラフィムのいる部屋をノックする。

扉を開けて出て来たのは、漆黒のセーラーにロングのスカート。

君血の制服をばっちり着こなしたまひるだった。

「サイズ、よく合いましたね」

僕がやらしい視線にならないようにチェックしていると、

「これあたしのだからね」

と言ったのだった。

「え?」

「どうやって手に入れたの? あたしの家のクローゼットに掛けてあったはずだけど」

返す言葉が見当たらなかった。

また、大きな力に先回りされたような感覚に襲われた。

ぼうっとしていると、まひるから

「セルゲイさんにこれもお願いしてもらっていいかな」

と言って渡されたのはメモ用紙。

そこに書かれていたのは、完全アンセラフィムが着るやつじゃんこれーの、下着リストだった。

今度は絶対に僕が買い出しに行きたい!

と思ったが、まひるに、

「セルゲイさんに」

と念を押されてしまったのだった。
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