まひる 39

文字数 1,678文字

 黒い影の正体は依然はっきりとしなかったが、あたしとの連携は完璧だった。

あたしがジャンプをすれば、黒い影もいいタイミングで地面を蹴ってそれに追随する。

空中で制止する直前に下からの突き上げを受けて、あたしの飛翔はさらに勢いを増し巨獣に射出される。

あとは巨獣の喉を突き破ってその奥にぶら下がる親父を貫けばいいだけだった。

しかし巨獣は、スウェーやヘッドスリップ、あるいは集合のヴァンパイアを四散させて攻撃を避け続けたのだった。

足元を蛭人間に固められて上体だけで凌ぐ様は、コーナーに追い詰められたボクサーのようだ。

しかし、その動作には余裕さえ感じられ、まるでこちらが遊ばれているようでさえあった。

いつか隙を見せるはず。

そう思って、あたしはジャンプを繰り返す。

どこかに隙があるはず。

だから、いろんな角度から攻め続けた。

そんな中、黒い影は付き従って毎度押し続けてくれた。

これはやはりキノッピだ。

足の下にその拳を感じる度に、それを確信してゆく。

 キノッピは生活を捨ててあたしの願いを聞き入れてくれた。

普通ならしなくていい経験をしたはずだ。

エカチェリーナさんの言葉を思い出す。

「彼は死んでもあなたを守る子です」

 いま、身に染みてそれを思う。

キノッピの変化。突然の発現。

 宮木野の血筋にヴァンパイアに血を分けるためだけに存在する乳足(ちたる)という家があると聞いたことがあった。

その家の者の血は滋養に富み、ひときわ芳しい香りがして全てのヴァンパイアを惹き付けて止まないという。

想えば、あたしたちはオホーツクの海から上がってまずその香りに気が付いた。

そしてそれを頼って荒涼たる雪原を彷徨ってキノッピに出会った。

トラックの荷台でキノッピの血を口にしたとき喉の渇き以上の癒しを感じ、あたしはその伝説を思い出したのだった。

おそらくキノッピは乳足の子。

そして宮木野の血を引いている以上、ヴァンパイアの因子を持っている可能性がある。

キノッピの変化と発現はあたしがヒナタの血を浴びてヴァンパイアになった時と同じだ。

おそらくキノッピはヴァンパイアになったのだ。

「絶対死なしちゃダメですよ」

 あたしはエカチェリーナさんとの約束を破ってしまった。

でも二度と、キノッピを死なせはしない。

そういう言い方が正しいかは分からないけれども。

 何度かの攻撃で、見えてきたことがあった。

それは、巨獣の回避が2パターンに分かれるということだ。

スウェーやヘッドスリップは余裕がある時、ヴァンパイアの拡散は余裕がない時なのだ。

そして拡散するとき、どこを攻撃されようとも一瞬だが巨獣全体の密度が緩む。

その時だけ、喉の奥の親父を見透かすことが出来るのだった。

一度、絶好のチャンスがあったが、あたし自身が落下中だったために眺めるだけで終わってしまった。

今の状況では拡散させることが精いっぱいで、さらにもうひと攻撃ができなかった。

 黒い影が大看板の向こうに飛び去ったのが見えた。

それはまるで忘れ物を取りに行ったような動きだった。

HONDA Z 360に何かあっただろうか?

あたしの脳裏にガレージのキノッピとヒョードルさんの姿が蘇ってきた。

なるほど、そういうこと?

ならばあたしはそれに備えて万全を期す。

振り下ろされる巨獣の拳を回避しながら黒い影が再び現れるのを待つ。

その間、数分。

黒い影が大看板の上に現れた。

あたしはそれをきっかけにすすき野の大地を蹴ってジャンプする。

「まひる! トカレフだ!!」

遠軽の瞰望岩で「草履」を投げてくれたキノッピの声だった。

するすると手元に飛んで来る鈍色の物体。

左右からは巨獣の掌が迫ってきている。

あたしは銃を受け取る寸前、手にした長ドスを巨獣の真っ赤な瞳に投げるつける。

巨獣は不意を突かれた体で、凝集のヴァンナパイアを拡散する。

変態親父が透けて見えた。

その一瞬を逃さず、全弾ぶち込んでやった。

世界を制したエイムだ。一発も外さなかった。

同時に掌撃があたしを襲い、あらぬ方向に吹っ飛ばされた。

地面に叩きつけられ意識が朦朧とするなか、巨獣の末路を目視する。

しかし、あたしが目にしたのは予想だにしない結果だった。
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