キノッピ 4

文字数 1,371文字

 「お願いがあるの」
そんな言葉、夜野まひるの口から聞けると思いもしなかった。それだけでも昇天しそうなのに、
「あたしたちを辻沢まで連れて行ってほしい」
つまり、RIBのアンセラフィムの3人と、ここから僕が生まれ育った辻沢までご一緒するってことだ。
 僕なんかでいいんでしょうか? エンブレムごり押し外車のイケメンだとか、嫌みなほどラグジュアリーなミニワゴンのIT社長とかでなくって。そもそも僕車持ってないです。
「この荷台にずっと隠れてるから、このままフェリーで運んでほしい」
 なるほどですね。それは名案ですけど、これは会社の車だから営業所に返さないといけないんです。帰ったら荷下ろしするのに営業所の人が庫内に入ってくるだろうし、濡れた荷物の件で詰問されるだろうし。そう言えば壬生はどこへ?
 すると夜野まひるは雪がちらつく庫外を指さして、
「そこで寝てる」
「この寒さの中で? 死にますよ」
「もう死んでる」
「どういうことでしょう?」
 僕は外に出て、広場に置かれた荷物のあたりを見て回った。それらにはすでに雪が積もり段ボールが濡れてしまっている。怒られるなこれは。
 助手席側のドアを開けて見る。そこは毎日を過ごした空間では無くなっていた。フロントガラスは割れ、運転席全体に血が飛び散っていた。見てはならないものを見たような気がしてドアを閉めたが動揺はしなかった。
 壬生を探した。運転席側に回ったら前輪の脇にこんもりとした白い小山があった。近づいて雪をはらうとデブった腹が出てきたので壬生のようだった。
「あー、ね」
 この状況を誰が作ったかなんてどうでもいい。突然の天使の降臨、壬生のザマーな死。それだけで今の僕には十分だった。
 壬生の死体には頭が付いてなさそうだった。あるべき所の雪面に大きな赤黒い滲みが出来ている。
 壬生の頭の行方を探した。トラックの下をのぞき込んだが、ない。もういちど運転席を見たがそこにも無かった。
 運転席を下りた時、背中に悪寒が走った。振り返ると少し離れたシラカバの根元に丸いものが落ちているのが見えた。それが壬生の胴体から切り離された頭だというのは察しがついた。近づいて見ると、顔の右半分、鼻の位置まで雪に覆われていて、地面側の半分から壬生の三白眼がこちらを恨めしそうに見ていた。けれども僕は、それが人間の生首ということも気にならなかった。
 僕は壬生の頭を足で森の奥に蹴り込んだ。頭は雪の斜面をズルズルと滑り落ちて行き雪の凹みで止まった。壬生のポケットからキーホルダーと財布を取って胴体も同じように雪の斜面に落とすとこれも同じ所に止まって雪の中に埋もれていった。これで春の雪解けまでは見つからないはずだ。あとはトラックの始末だった。
 振り返って、ここまで淡々と作業を進めた自分に驚いた。まるで分別ゴミを指定された曜日に出すがごとくにこなした。壬生は嫌いな先輩とはいえこの3ヶ月ずっと同じトラックに乗り合わせていた人間だ。それが胴体と頭とが切り離されて死んでいたのだから普通は気が動転してもいいはず。しかしそういう感情は一切沸かなかった。
 突然、死せる天使が現れた。彼女たちは僕に天国でなく地獄への入り口を指し示したのかもしれない。そもそも僕の日常は地獄だったのだ。そこになんの違いがあるというのだ。全てを受け入れる覚悟はできていた。
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