キノッピ 25

文字数 1,819文字

 大家の家で対面したオトナの一人を僕は知っていた。

背が高く痩せていて、夏でも着ているハイネックニットの襟を指でなぞってのばす癖。

今はひげ面だが、その落ちくぼんだ目にも見覚えがある。

「木下レーヨンくんだったかな。久しぶりだね」

「レイオンです。レ・イ・オ・ン」

昔も同じように人の名前を間違えた。

「あー、すまない。そうだった、そうだった」

 と大げさに頭を掻く仕草をし、そして、

「それで

くんに聞きたいことがあるんだが……」

 その口ぶりにも聞き覚えがあった。

 

 僕は小6と中1の2回、辻沢町主催のサマー・スクールに参加した。

辻沢町では、毎年お盆前の2週間、夏休み中の町の子どもたちを募ってサマー・スクールを開催している。

参加するのは辻沢在住の小学生低学年から中学生までの50人ほどだ。

出発の早朝、50人は町役場の前に集まって、町長挨拶の長い話を聞かされた後に「辻っ子団」団結式を行う。

そしてバスに乗り込んでフェリーで苫小牧までの船旅の後、次の日に札幌のヤオマン・インに到着。

そこから2週間滞在した。

滞在中は、モエレ沼公園にピクニックに行ったり、大倉山で夏スキージャンプを見学したりとレクリエーション満載だった。

そして毎夜行われるキャンプファイヤー。

歌を歌ったりフォークダンスを踊ったりもするが、メインはお話の時間だ。

燃えさかる炎を前に、子どもたちを座らせてオトナたちが長々とお話をする。

それは、いつも辻沢のヴァンパイアにまつわるおとぎ話だった。

顔が炎に照らされ鬼気迫って話すオトナたちのほうがヴァンパイアより怖かった。

 そして2週間の滞在が終わると、辻沢に帰ってきて「辻っ子団」の解散式をする。

小6の時だったと思う。解散式の後、肩を叩かれて、

「レーヨンくん。君も今日から辻っ子だ。誇りを持って生きなさい」

 と言われた。

それがこのオトナ、当時は辻っ子団団長だった。

 小6の時は特に思い出はない。

おそらく楽しかったのだろう。

中1の時は、友達もいなくて何で来ちゃったんだろうと後悔した。

特にキャンプファイヤーが辛かった。

その日はお話でなくロールプレーというものをやったのだった。

一人がヴァンパイア役になって、辻っ子団全員で質問攻めにするというものだ。

ヴァンパイアに選ばれるのは上級生、中学生だ。

その時、中2の人が3人いたから僕は選ばれないだろうと思っていた。

でも中2の人たちは互いに反対しあってヴァンパイア役を免れてしまった。

選定された人は他の人の反対があると免除されるルールだったのだ。

そうなると、中1にお鉢が回ってくる。

で、当然のように反対してくれる友達のいない僕がヴァンパイア役になった。

最初は低学年から質問が始まる。

「本当にヴァンパイアっているんですか」

「普段は何をしてるんですか?」

「辻沢に来たのはいつですか?」

 そんな基本的な質問が飛んでくる。

僕はヴァンパイアになりきって、それまでに聞いたおとぎ話からそれらしい答えをひねり出して対応して行く。

時としてオトナの注釈が入ったりしたけれど、小学生の質問は全て返す事が出来た。

そして中学生の質問の番だ。

これがキツかった。

特に、中一の双子の姉妹は僕が本当のヴァンパイアであるかのように責め立てて来た。

それは最早質問ではなかった。

「お前たちは辻沢の肥やしだ」

「ふんぞり返っていられるのも今のうちだ」

「いつでも寝首を欠けることを忘れるな」

 それをハイテンションで延々30分。

まさに喉元に匕首を当てられたかのような戦慄を覚えたのだった。

その双子の姉妹は団長の娘だった。

 それからサマー・スクールで僕と話をする人はいなくなった。

ロールプレイは終わったのに、ヴァンパイアのレッテルをはられたままのようで居心地が悪かった。

その状態は解散式の後もずっと続いて、そのまま学校でも僕は完全にぼっちになった。



 その団長が目の前にいる。

「レーヨンくんを(かどわ)かしたヴァンパイアどもを退治しなければならない」

理由など聞く気も起きなかった。

 サマー・スクールでヴァンパイアは辻っ子の敵と教わった。

けれど、その理由を聞いたことはなかった。

辻っ子ならば暗黙の了解、疑う余地のない事実なのだ。

 誓って言うが僕はヴァンパイアではない。

先祖にもヴァンパイアはいないと聞いている。

でも、もうそんなことはどうでもいい。

僕は夜野まひるの味方だ。それだけが確かなことだ。

もしも夜野まひるがヴァンパイアというのなら、僕は辻っ子の敵で構わない。
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