キノッピ 18

文字数 3,361文字

 それにしても凍える。

今、いったいマイナス何度だろう。

そう言えば、こっちの人はいちいちマイナス何度とか言わないんだっけ。

 来たばかりのとき、

「しばれるね。最高気温10度だってよ」

って言うから今日は暖かくなるのかなって思っらとんでもなく寒い日だった。

最高気温マイナス10度。寒すぎる。

まだここの人になりきれてない自分。

 このままじっとしていたら、さすがにベンチコート+ホカロンだけでは保たなさそうだ。

だってもう、僕の耳にはまひるの声が聞こえ始めている。

幻聴だ。

低体温症になると幻覚とか幻聴とか、しまいに雪の中に裸で躍り出たりするらしい。

まだ裸になりたいとは思わないから大丈夫かもだけど。

「キノッピ、生きてる?」

雪の向こうにまひるの顔が。

幻覚でも推しを見るんだもの、僕は自分のこと誇っていいよな。

「あいつゲームしてます」

「うん。分かってる」

「それとこの草履履いてください。きっちり暖めときました」

渡さなきゃ。せっかくホカロン全部使って暖めたんだから。

「その草履、あたしが言うまで持っていて」

「り」

もう頷くことしか出来ない。

 こっちでは手袋をすることを靴と同じく

「しばれるから手袋履きな」

って言う。

だから僕はおおよそ間違っていない。



 月明かりに照らされた雪景色の中、まひるが怪鳥がいる枯れ木に歩み寄って行く。

手にはあの白鞘の刀。

怪鳥はそれに気付いているだろうのに、じっとして動かない。

「おい! 傷の具合はどうだ?」

まひるが叫んだ。

怪鳥がゆっくりと羽を広げて展望台の上に降りて来た。

「おかげさまでずいぶんとよくなったよ」

と言って、その場から消えた。

いや、そうではなかった。

展望台の上に学生服の男が立っていた。

変身したのか?

その男は手に拳銃を持っていて、それをこめかみにあてると、

「桜子、兄さんはもうダメだ!」

と叫んで発砲した。

頭が弾け、ゆっくりと体をのけぞらして倒れていく。

そのまま雪の上に昏倒するかと思ったら不自然に空中で止まり、そこから元に戻って、

「じゃじゃーーん。本日二度目のオープニングでした!」

と大げさに手を広げてお辞儀をした。

 そこに背後から道着の人が刀を振りかざして襲いかかる。杉本さんだ。

学生服はその斬撃を交わし、杉本さんは雪の中につんのめってゆく。

杉本さんが振り向きざま次の太刀を入れるも、ギリギリで避けられてしまう。

次の太刀も次の太刀も同じように避けられてしまい、杉本さんはもう打つ手がなさそうだった。

肩で息をしながら杉本さんが、

「なぜ、手をださない? なぜ、あたしを殺さない?」

と学生服に問いかけた。

「あれ、死にたかったんだ。じゃあ、これをどうぞ」

と言って、持っていた拳銃を杉本さんの足下に投げ捨てた。

杉本さんは、それを拾って怪鳥に狙いを定める。

すると学生服は両手でその胸を広げ、

「桜子、僕を殺してくれ! 僕の形見の銃で。ただし弾は3発しか残ってないから慎重にね」

と言って、杉本さんを挑発した。

「そいつには効かない」

まひるが言う。

それでも杉本さんは学生服の脳天を狙いを付けて離さない。

「お兄さんの二の舞になる気?」

杉本さんがまひるを横目で見た。

「あいつはあなたを自殺に追い込む気だ。お兄さんのように」

すると杉本さんは銃を下ろしトリガーから指を離した。

「それをこっちへ」

杉本さんは銃を持ち直しまひるに向かって投げる。

「よくお分かりで。それを手にしたところで同じこと。何丁あってもあたしには効かない」

学生服が不適な笑みをまひるに向けている。

「そうかな?」

まひるは投げられた拳銃を拾うと、

「キノッピ! 草履!」

と叫んだ。

今だ! 今こそ草履の出番。

僕は胸に抱えていたホカロンを剥ぎ取り、中の草履をまひるに向かって投げたのだった。

真っ黒い物体が放物線を描いてまひるの向かって飛んで行く。

それはホッカホカに暖められたトカレフだ。

まひるはトカレフを横っ飛びで手にすると、口でコッキング、学生服に向かって二丁拳銃を発砲した。



 怪鳥に連れてこられて、この場に落とされた時もうダメだと思った。

なんとか逃げられないかと思ったけれど、怪鳥は僕が動こうとすると声を掛けてきた。

「退屈そうだな」

退屈?

「お前は退屈にどう対処している?」

そんなの知らない。黙っていると。

「退屈は地獄だぞ。何百年間ずっと代わり映えのない日常を生きてみろ」

それはお前がヴァンパイアだからだろ。

「なるほど、たかが人間のお前は本当の退屈を知る前に死ぬか」

余計なお世話だ。

「あたしにとってあの子は退屈を癒やしてくれるゲームだ」

あの子?

「桜子だ」

誰?

「知らぬのか?」

知らない。

「もうよい」

怪鳥は心を読むらしい。

これでは逃げるなんてとても無理だ。

ならばこの場の居心地を少しでもよくして生き延びよう。

うまくすればまひるが助けに来てくれるかも知れない。

そう思って風雪が直接当たらないように雪を掘り下げてみた。

手で雪を掻き続けると何かに触れた。

固くて冷たいもの。

掘り出してみるとトカレフだった。

なんで、こんなところに?

そんなことはどうでもいい。

これで怪鳥を撃ち殺せないか。

そう思って、そうっとコッキングしようと思ったら凍りついてダメだった。

幸い杉本さんがたくさんホカロンをポケットに入れておいてくれた。

こいつで暖めたらなんとかなるかも。

ホカロンの束と一緒にそれを胸に抱く。

胸に冷たく固い銃器の感触がある。

草履を暖めてるみたいだな。

そうか、僕は信長様の草履を暖める藤吉郎なんだ。

僕の信長様は当然まひるだ。

ならば信長様が来るまでこの草履を暖め続けなけりゃ。

「ふふふ」

樹上の怪鳥が不気味に笑った。



 二丁拳銃から放たれた二発の弾は学生服の両目を撃ち抜いた。

「討って!」

杉本さんは既に学生服の懐に飛び込んでいた。

真剣を逆袈裟に切り上げ、学生服を真っ二つにしたのだった。

学生服の上半身がズルズルと斜めに雪の上に落ちる。

赤黒い血が盛大に飛び散って辺りの雪を染めた。

学生服の体が紫の炎を上げ始め、あっという間に燃え尽きると辺りに松脂の匂いが広がった。

消し炭になった学生服の側に立った杉本さんが、

「まひるさん、ありがとう。兄の仇が取れました」

言った。

まひるが雪を掻きながら杉本さんに近づいて行く。

「これを。お兄さんの形見ですよね」

と言って二丁の拳銃を手渡した。

杉本さんの目に涙があふれてきた。

杉本さんが道着の袖で涙を拭いながら

「拳銃は効かないはずなのに、どうして」

まひるに尋ねた。

「自分の頭を撃ち抜いたとき回復するのにタイムラグがあった。ならば目を撃てば一瞬あいつは視界を失う」

たしかに、頭を撃ってのけぞってから戻るまで少し時間がかかっていた。

「あいつは人の心が読めるけれど最後の見切りはあえて目を使っていた」

そこに杉本さんが切り込んでとどめを刺したのだ。

「なんでそんなことを」

「エカチェリーナさんとの戦いがあいつにとってゲームだったから」

僕はなんで杉本さんに手をださなかったのか合点がいった。

敵を倒せばゲームオーバー、また退屈がやってくる。

「あいつは勝手に縛りをいれて楽しんでいた」

飽きてきたり慣れてしまったゲームだとわざとピーキーな状況を作り出して遊ぶことがある。

それを縛りという。

例えばFPS(ファースト・パースン・シューティングゲーム※)などでライフルやマシンガンを使わずピストルだけで戦うというアレだ。

「最後まで心を読んでいればあたしに目をやられても避けられはず」

「じゃあゲーム癖が自滅を招いたと」

杉本さんが言った。

「そう。自戒を込めて」

ただそれが出来たのもまひるの超絶エイムがあってこそだ。

両方の目を同時に打ち抜ける技量が無ければ不可能だった。

さすが僕のまひる。

さらに猛烈に推したくなった。

「ここは寒いでしょう。車にもどりましょう」

まひるが雪の中を歩き出す。

「はい」

杉本さんは二丁の拳銃を大事そうに胸に抱えてそれに従う。

瞰望岩の頂上を立ち去って行く二人の後ろ姿。

月明かりに照らされて輝いて見えた。

……。

待って、僕のこと忘れてますよね。



※2021/08/28文言の訂正
誤:FTP=ファイル・トアンスファー・プロトコル(書類伝達通信仕様)
正:FPS=ファースト・パースン・シューティングゲーム(一人称視点銃撃遊戯)
なんかね、頭が切り替わらなかったのですよ。システム開発から。_| ̄|○


ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み