キノッピ 27

文字数 2,070文字

 僕は目隠しでストレッチャーに縛り付けられて屋外に連れ出された。

し尿の匂いがする泥道で、何度もストレッチャーが傾いて倒れそうになる。

その度にすぐ側で、

「おい、気をつけろ!」

 というコージの声が聞こえていた。

そしてガタガタと激しく揺れた後、扉の閉まる音がした。

「おーい」

 不安になって僕が声を出すと、すぐ耳元で、

「ここにいるよ」

 とコージの声がした。

「ほどいてくれよ」

 声のした方に頼むと、

「済まんな。それはできんのだ。代わりにこれは取ってやる」

 と目隠しを外してくれた。

 そこはトラックの荷台の中のようだった。

天井からぶら下がった裸電球が庫内をぼんやり照らしている。

庫内には僕たち以外の気配がした。

僕には見えない枕上から獣がうめくような声がしていたのだ。

そして充満している饐えた菜っ葉のような匂い。

 排気ブレーキの音がした。急ブレーキがかかったのだ。

突然ストレッチャーが前方に動きだした。

前方に押し出され、倒れそうになったのをコージが体を呈して止めた。

気付けば頭の上に檻の鉄枠が迫ってきていた。

見上げると、中からいくつもの金色の目がこちらを見下ろしていた。

どれもカーミラ・亜種と改・ドラキュラの目だった。

やはり辻沢からこいつらをトラックに積んで来たのだ。

人外をよくもアヤネちゃんにけしかけたなと思うと腹が立った。

コージはストレッチャーを入り口まで戻し、近くの段ボールを引っ張ってきて動かないようにした。

「コージがあれのお守りを?」

「ああ、蛭人間はミツバチみたいなものだからって」

 蛭人間は、生き物を襲って血を吸いそれを自分たちの巣に溜めると聞いたことがある。

「出来るの?」

「いいや。出来ないのにあいつらに無理矢理連れてこられた」

 コージも何か事情あってここにいるようだった。

「どうして僕を売った?」

「人聞きの悪いことを。俺はお前を助けようとしただけだ」

 大的外(おおまとはず)れだ。

「僕は助けてなんて言ってないよ」

 と言うと、

「分かってないな、お前は連れ回したやつらに洗脳されてるんだ」

 洗脳ってなんだ?

僕がまひるのソバにいたいのは、紛れもなく僕の欲求なんだが。

「誰がそんなこと言った?」

「団長だよ。団長がお前は拉致られて逃げられないでいるって」

「僕を拉致?」

「残虐なヴァンパイアたちに」

 まひるはヴァンパイアかもしれないけれど、残虐なんかじゃない。

「だから奴らを殲滅するって」

「だから?」

「それな」

 理由なんてとってつけたようなもの。奴らは最初から殲滅するのが目的なのだ。

 辻沢は戦国の世から、暴悪で残虐なヴァンパイアに支配されていると教わった。

それに対し、ヴァンパイアの恐怖支配を排除しようという勢力があって、暴力的な事件はすべてレジスト行為だとも。

「団長が今回のことを?」

 RIBの墜落事故から始まる一連の出来事のことだ。

「分からない。でも、あいつが急先鋒なのは間違いない」

 団長は反ヴァンパイア勢力の中心人物だ。

しかし、辻っ子団の団長を務めていたように、行動よりも思想で変革を目指す穏健派だったはずだ。

それがどうして急進派の指揮を執っているのだろう。まるでテロリストのように。

「団長の娘たちを覚えているか?」

 コージが言っているのは、僕がロールプレイでヴァンパイア役をしたときに、30分間難詰してきた双子の姉妹のことだ。

「覚えている」

「二人ともヴァンパイアに殺されたんだ」

 知らなかった。つまりこれは団長の復讐劇ってことか。

「しかもサマースクールでだ」

 自分の最も大切にしている者を自分が手塩をかけたフィールドで殺されたとなれば、思想犯が急進的な実行犯になってもおかしくはないと。

 コージがその事件のことを詳しく話してくれた。

それは僕が最後に行った次の年のサマー・スクールでのことだそうだ。

サマー・スクール最終日、団長の双子の娘が泊まった部屋で火災が起こった。

鎮火後、焼け跡からは首のない焼死体が1つ見つかったが、もう一人の行方は分からなかった。

火力が強すぎたため残った焼死体すら完全な形をしてはいなかったので、もう一人は焼き尽くされてしまったとも言われた。

そして、焼け跡はガソリンの匂いがしていたため放火とみなされた。

その夜、泊まっていたのはサマースクールの参加者と引率の大人だけだったので、その中から犯人捜しが始まった。

そしてその日のロールプレーでヴァンパイア役をした女子中学生が犯人にされた。

親は知らずに参加させていたのだったが、僕のようにDNA検査でヴァンパイアの家系と見做されていたのだった。

ところがすでにその子は宿所からいなくなっていた。そして辻沢にも戻って来なかった。

おそらくヴァンパイアの本性をあらわして姉妹を襲い、その後姿をくらましたのだろうと噂された。

結局表向きは、その年のサマーキャンプは一人の焼死者と二人の行方不明者を出したことになった。

その責任を取って団長以下役職者は永久退団、辻沢町は次年度からの開催地を札幌から沖縄に変更することにした。

「ヴァンパイアにくけりゃってやつさ」

 コージはそう言って、ため息をついたのだった。
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