第208話 俺の「サーティ」が目覚める

文字数 5,432文字

 そいつは突然現れた。

「お仕事放って遊んでる悪い子(管理者)はいねぇーかぁ? でおじゃる」

 何の予兆もなく出現したそいつは頭にエボシを被り、細い目をさらに細くしてドジョウのような髭をゆらゆらさせていた。イチノジョウとはまた違った着物を着ていて何となく雅な印象を抱かせる。

 手に持ったシャクがクイクイと俺たちを挑発するかのように動いた。あれって別個の意思とかあるのかなぁ。

 あとめっちゃ冷えてきたんだが。

 新手の氷魔法か?

 俺たちがノーリアクションでいるのを見てそいつは自分が放った言葉が完全に滑ったのを自覚したのか「コホン」と咳払いした。

 それだけで急に寒くなった場の空気に対処できたと思ったのなら大間違いだぞ。

 とか俺が思っているとイチノジョウの顔がみるみるうちに青くなった。

「リ、リーエフ」
「おやそこにおるのはジョウイチロウではおじゃらぬか。おかしいでおじゃるな。そちにはシベリアンハスキーの調査をお願いしていたはずでおじゃるが?」
「けっ、ざーとらしいこと言いやがって。はっきり『仕事サボるな』って言えばいいだろーが。これだから精霊って奴はよぉ」
「そちも今は精霊でおじゃるぞ? おやおや、未だに悪魔気分が抜けぬとはやはり元が悪魔だと程度も知れておるのでおじゃるのう」
「んだとオラァ、喰われてぇのか!」
「おお、恐い恐い。ほんに元悪魔は凶暴でガラも品性も最悪でおじゃるのう」

 ドジョウ髭の精霊王……じゃなくて、時空の精霊王リーエフとドンちゃんがぎゃあぎゃあやりだした。

 なーんか少し前にもエディオンとイチノジョウがやり合っていたので「またか」って気分だ。こいつら急いでたんじゃないのかよ。

 呆れたようにお嬢様がため息をつくと俺に告げた。

「やはり場所を変えましょう」
「あ、はい」

 俺が返事をすると視界が変わった。

「……」

 また白い空間だ。

 そして、遠くには片開きのドアが置かれている。

 ちょっと横に視線をずらすとメイド姿のリアさん(恐らく分身体)が六歳くらいの女児の人形をギュッと抱き締めて頬をすりすりさせていた。

 俺の位置からだとはっきり見えないがたぶんシャルロット姫を模した人形じゃないかと思う。いや、たぶんじゃなくて絶対にそうだな。そうでなかったら誘拐……いやそういうことを考えては駄目だ。

 なーんてあれ実は人形じゃなくて本物のシャルロット姫だったりして……。

 いやいや、まさかなぁ。

 いくらここから距離があるからって生身の人間と人形を見間違えたりはしないよなぁ。

「ああ、またリアの分身体がシャルロットちゃんを離宮から連れ出しているんですか。侍女服ではなくメイド服を着ていればばれないとでも思ってるんですかねぇ」
「……」

 はい誘拐確定(確定してない)

 リアさん。

 あんた、そのうち本体だけでなく分身体ごと調整食らうんじゃないか?

 まあシャルロット姫を愛でたい気持ちはわからなくも……いや、全くわからんな。

 確かに「可愛い」とは思うがあそこまで執着はできないぞ。

 うん、俺は正常だな。ロリコンじゃない。

「ま、リアのことは脇に置くとして」

 とお嬢様は早々にリアさんを放置すると俺に向き直った。

 なお、俺の前には白い寝台に寝かされたサンジュウが置かれている。

 お嬢様はくるりと指で中空に円を描くとその中心を二回叩いた。

 天の声が聞こえてくる。


『バイタル反応なし』
『各機能、完全に停止しています』
『警告! この個体を起動させるための魔力が足りません』
『エーテル25%を含む高濃度魔力を充填してください』


「エーテルリンクに干渉、ディメンションコアとのアクセスを管理者権限で行使します」

 お嬢様が中空に向かって命令し始める。

 天の声がお嬢様の言葉に反応した。


『管理者コード(ピーと雑音)を確認』
『エーテルリンクからディメンションコアへのアクセスを開始しました』


「ジェイ」

 お嬢様が言った。

「サンジュウはマリコーが自分の新しい身体とするために作った最新型のギロック。管理者の力をそのまま移し替えることも可能なくらい高スペックの仕様となっています」
「はぁ……」

 そうなんだろうけど、この状況が状況なので思わず変な声になってしまった。

 てか、サンジュウを起動させるにしてもそのための魔力がないんじゃどうしようもないのでは?

 俺がそんなふうに思っているとお嬢様がニコリとした。

「『お手軽改変チケット』を使用してください。それによりサンジュウは神の器からただの強力な魔導人形(オートマータ)へと変化します。チケットを使う際に胸の窪みに魔核をセットしておくことでサンジュウに魂が宿ります」
「え」
「チケットを持ってますよね?」

 にこやかに訊いてくるお嬢様。

 でも圧が凄いよ。何その強烈なプレッシャー。

 俺のお嬢様ってどこの最強人種だよ。

「あ、それと魔核はこちらで用意した物がありますよ。ちゃんと魔導人形(オートマータ)向けの処理も済んでますので起動後の制御も簡単だと思います」
「……」

 俺はお嬢様が修道服の袖口から出した真っ赤な魔核を見た。

 大きさは俺の持っている悪霊……じゃなくてカーリーの魔法石より小さい。

「まあ制御が簡単な分最大魔力量が落ちるんですけどね。けど安全性はこちらの方が上ですし、ジェイにこだわりがないのならそれで十分だと思いますよ」
「……」

 俺は自分の収納からカーリーの魔核を取り出した。

 うん。

 こっちの方がやっぱ大きい。

 それにサンジュウの胸の窪みのサイズとマッチしているんじゃないか?

 そう思っているとお嬢様が首を傾げた。その仕草も可愛い。

「その魔核を使いたいんですか。でも元悪霊の魔核ですよ?」
「あ、はい。そうなんですけど」

 言いながら俺はカーリーの魔核を見た。

 俺の手の中でぼんやりと淡く赤く光っている。よく見ると鼓動しているかのようにゆっくりと色が濃くなったり薄くなったりしていた。

 指名依頼の一件でこの魔核を手に入れた訳だがあの時何故かこれを破壊したいとは思わなかった。

 カーリーは死産だった。

 双子の姉であるアリスはこの世での生を獲得したというのにカーリーは得ることができなかった。

 命はとても不思議だ。そして残酷でもある。

 もし何かが違っていたら今生きているのはアリスではなくカーリーだったかもしれない。

 二人とも生きていたかもしれないし死んでいたかもしれない。

 そして、俺ももしかしたらバロックの研究が失敗してこの身体を得られなかったかもしれない。

 ホムンクルスと精霊の融合ができていなければ、そしてこの身に精霊を宿していなければ早々に失敗作として処理されていたかもしれない。

 村を焼かれたあの時、俺の宿した精霊が「それ」になっていなかったら俺は炎の海に沈んでいたかもしれない。

 生と死はまるで人知を超えた誰かによって気まぐれに決められたかのようだ。何かがあれば結果は異なっていたかもしれない。あるいはそのままだったかもしれない。

 俺はカーリーの魂にも可能性があったのではないかと思った。

 死産ではなく「生きて」生まれたカーリー・カセイダーという可能性が。

 確かに現実としてのカーリーは死産であり彼女は最終的に魔核となった(過程はいろいろ省略)。

 俺の目の前にはサンジュウ。

「……」

 俺は収納から銀色の紙を取り出した。

 さして迷うことなくサンジュウの額にペタリと銀色の紙を貼り付ける。そして、胸の窪みにカーリーの魔核をセットした。

 天の声が聞こえる。


『「お手軽改変チケット』のスペシャルパワーを使いますか?(はい・いいえ)』


 天の声の問いに俺は答えた。

「はい、だ」


『改変術式を展開して指定された神の器を(ピーと雑音)に変更します』
『アイデンティフィケーションフェイズ』
『エンヴァイロメントフェイズ』
『データフェイズ』
『プログラムフェイズ』
『エンドフェイズ』


 外見的にサンジュウの身体に変化はない。

 だが、俺がサンジュウから感じる魔力はとてつもないものだった。

 このとてつもない魔力でサンジュウは「神の器」から「人が扱える物」へとグレードダウンしている。

 アップではない。

 ダウンだ。

 聞きようによっては拍子抜けしそうな話ではあるが現実問題として神の器を持て余してしまうのだから仕方ない。

 起動させるために膨大な魔力、それもエーテルを含んだ魔力を必要とするサンジュウなんてそのまま使えるはずがないのだ。

 神の器だから必要とされる魔力も「神」相当になる。

 だったら「人が扱える」段階までグレードを下げてしまえばいい。

 そういうことだ。

「……」

 あれ?

 これ、俺の意思(ウィル)なの?

 俺、そんなにサンジュウのこと必要だったっけ?

 あれれ?

「……」

 ま、いっか。

 俺がサンジュウを目覚めさせたら、きっとお嬢様も喜ぶだろうし。

 お嬢様のためになるなら俺の意思(ウィル)なんてどうでもいいや。

 お嬢様可愛い。むっちゃ可愛いっ!

「うーん、ちょっと魔改造し過ぎちゃいましたかねぇ。ジェイの意思(ウィル)が壊れてきてます」

 お嬢様の声が聞こえた気がするけど、何だかやたら高い金属音が鳴っていてよく聞こえない。

 気のせいかな?

 うーん?

 ……とかやってるうちにサンジュウの改変が終わったらしく天の声が知らせてきた。


『サンジュウの改変処理が終了しました』
『新たに魔導人形(オートマータ)となったサンジュウの名前を変更することが可能です』
『変更する場合、二文字以上三十文字以内で名前を付けてください』


「……」

 え、名前を変えられるの?

 俺はサンジュウの首のチョーカーに目を遣った。

 サンジュウはマリコー・ギロックが付けた名前だ。チョーカーの数字が示す通り三十番目のギロックなのだろう(男性型は別カウント)。

 でも、今のサンジュウは「お手軽改変チケット」で新しく生まれ変わった魔導人形(オートマータ)だ。

 せっかくだし別の名前にしてもいいんじゃね?

 とは言え、俺あんまり名付けって得意じゃないんだよなぁ。それなら名前変えるなって話になるんだけど。

 ええっと。

「30だから『サーティ』はどうですかぁ?」
「!」

 今の声がお嬢様のものだったのかどうかはわからない。

 ただ、何かビビッときた。

 よし。

 俺は天の声に告げた。

「名前変更、新しい名前は『サーティ』だッ!」


『サンジュウの名前を「サーティ」に変更します』
『よろしいですか?(はい・いいえ)』


 俺は大きくうなずいた。

「はい、だ!」


『魔導人形(オートマータ)「サーティ」の設定が完了しました』
『なお、所有者名は「ジェイ・ハミルトン」となります』

『ジェイ・ハミルトンに称号「お人形遣い」が授与されました』
『魔導人形(オートマータ)サーティとジェイ・ハミルトンの間に次元回線が開通しました』
『魔導人形(オートマータ)サーティに能力「コールミーメイビー」が追加されました』
『なお、この情報は……』


 天の声はまだアナウンスをしていたが「うわーん、もういろいろ終わってるぅぅぅぅぅぅぅぅぅッ!」という悲鳴のような叫び声によって全て掻き消されてしまった。

 イチノジョウが転移してきたのだ。付属品としてカラス(ドンちゃん)とウサギ(パンちゃん)もいます。

 こちらを睨みつけているドンちゃんを頭の上に乗せ、右肩に眠っているパンちゃんをぶら下げたイチノジョウが物凄い形相で俺に詰め寄ってきた。

「ジェイ、どーして僕のいないところでこの子を起動させようとしてるの? こんなお人形の起動イベントなんてそうそうないんだよ? それを僕抜きでやろうなんてどんだけ……」
「はいはい、邪魔はしないでくださいねぇ。退場退場」

 お嬢様が中空に指を走らせると、イチノジョウが一瞬で消えた。

 ニコニコしながら(顔の上半分はウサギの仮面で隠れているけどそういうのは何となくわかる)お嬢様はさらに指をクルクルさせた。

 薄緑色の光の線が奇妙な文字を中空に浮かばせる。俺的なイメージとしては鍵とか閂に見えなくもない。

 天の声。


『この空間を隔離しました』


「まあ第一級管理者なら幾らでも空間に穴を空けてこちらに戻ってくる方法はあるのでしょうが時間稼ぎくらいにはなりますよねぇ」

 独り言のようにお嬢様はそう言うと俺に顔を向けた。

「ジェイ、この子の名を呼んであげてください」
「……はい」

 俺は一度深呼吸をしてから目の前に横たわっている魔道人形(オートマータ)の名を呼んだ。

「サーティー」


 すうっと全身から力が抜けていくような感覚に襲われた。

 膝から崩れそうになるのをどうにか堪え、ありったけの気力で立ち続ける。

 俺の魔力探知が俺からサーティへと流れていく魔力を感知していた。かなりの量だ。一気に魔力を失っているので地味にきつい。

 魔核の魔力もエネルギーとして当てているのだろう。魔力が充填されたからかサーティの胸の魔核が赤々と輝いた。

 その光がやがて七色に変わりサーティの全身を包んでいく。

 七色の光の中でサーティが目を開いた。

 パチリといった感じだ。

 そして、俺と目が合った。

 ニコリとするサーティ。

 お、こうして見るとちょい可愛い?

 まあお嬢様程ではないけど。

 七色の光が強まりサーティの姿がその中に没した。七色の光が人型となってゆっくりと起き上がる……て。

 うわっ、こいつ突然動きを速めやがった。

 しかも無言で俺に飛びかかってきやがっ……。

 そして。

 俺の意識が途絶えた。
 
 
 
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