第57話 俺も実物を目にするのは初めてだ

文字数 3,289文字

 俺とイアナ嬢は離宮を後にした。

 いやぁ、イアナ嬢がクッキーを食べまくったものだから、それ以降居心地が悪いこと悪いこと。早々に話を切り上げてしまったよ。

 何せ見送ってくれたリアさんが苦笑してたくらいだからね。もう恥ずい恥ずい。

 それなのに……。

「バタークッキー♪ バタークッキー♪ バタークッキー♪」

 すっげぇ上機嫌でやんの。

 こいつがあんまりにも美味そうにクッキーを食べるものだから帰り際にリアさんが持たせてくれたんだよね。結構大きめの布袋一つ分だけどきっとイアナ嬢なら一人で全部平らげてしまうはず。

 うん、このまま王都にいたら太るな。

 とか思ってたら睨まれたよ。何故だ。

「あんた、あたしがクッキー貰えて浮かれてるって思ってるでしょ」
「いや、思ってないぞ」

 太るとは思ったがな。

 イアナ嬢がはあっと溜め息をついた。

「あのね、あたしはリアさんからネンチャーク男爵のことを聞き出せたから気分が良いの。間違ってもバタークッキーが手に入ったから嬉しいんじゃないんだからね」
「……」

 絶対嘘だ。

 つーか、こいつ放っておいたら一人でもネンチャーク男爵のところに突撃するんじゃないか?

 油断できないな。

 ともあれ俺たちは騎士団の詰め所に向かっていた。

 シスターラビットのお店で捕まえた暴漢のことを訊くためだ。それによってネンチャーク男爵との関わりの有無もはっきりするかもしれないからな。

 騎士団の詰め所は王都に数カ所あり俺たちが目指しているのはそのうちの一つだった。場所はシスターラビットのお店からも近い。

 俺たちがその付近まで来ると何やら騒いでいるのが聞こえた。

「ん?」
「ねぇ、あれ煙が上がってない?」

 イアナ嬢の指差した方向に黒煙が見えた。

 丁度、騎士団の詰め所があるあたりだ。

 そして、そちらから逃げるように人々が走って来る。何事かが起きたのは疑いようもない。

「急ぐぞ」

 俺はイアナ嬢の返事を待たずに駆け出した。

 *

 現場に到着すると騎士団の詰め所があった場所には瓦礫の山が出来ていた。それどころか周囲の建物まで巻き込まれており酷い有様だ。

 逃げずに野次馬をしている数人のうちの一人に声をかけた。

「何があった?」
「詰め所を魔物が襲ったんだよ」
「いやいや、あれは詰め所の中から出て来たぞ。誰かが詰め所の中で魔物を召喚したんだ」
「俺は男が魔物に化けたって聞いたぞ」
「騎士様が何人も殺られたそうじゃないか」
「こういう時にシスター仮面が来てくれたらなぁ」
「そうそう、魔物なんて一発だろうに」
「……」

 えっと。

 シスター仮面って?

 いや、それはとりあえず脇に置こう。

 何となく触れたら駄目な気がする。

「ところで騎士団の人たちは? 魔物の姿も見当たらないけど」

 イアナ嬢がきょろきょろしながら訊いた。

 野次馬の一人が答える。

「それがさっきまでいたのに急に見えなくなっちまったんだよなぁ」
「消える直前に魔法の粒子が見えたぜ」

 別の野次馬。

「騎士様の誰かが被害を広げないようにって結界を張ったんじゃね?」

 さらに別の野次馬が混じって来る。

「それにしたって結界内も見えるだろうに」
「そんなの知らねぇよ」
「案外、騎士じゃなくて魔物の仕業だったりな」
「おいおい、それじゃやばいんじゃないか? そんなこと出来る魔物相手じゃいくら騎士でも苦戦するぞ」
「誰か城の魔導師呼んで来いよ」
「それよりシスター仮面呼ぼうぜ」
「どうやって呼ぶんだよ。あの人神出鬼没なんだぞ」
「あ、俺、ウィル教の教皇直属の特務だって聞いたことあるよ」
「それガセだろ。信じてるんじゃねーよ」

 野次馬たちが次々と話に加わってきたので収集がつかない。

「……」

 あ、やばい。

 イアナ嬢がにこやかだけど青筋浮かべてる。

 おいおい、野次馬たちを相手に暴れたりしないでくれよ。

 俺はイアナ嬢に向いた。

「場所を変えよう」

 俺たちは野次馬たちから離れた。

 シスターラビットのお店の方へと移動しながら尋ねる。

「まだ今日の上位鑑定使ってないよな?」
「ええ」

 こくり、とイアナ嬢がうなずいた。

「何回か使おうとしたけどね。でも我慢したわ」
「よしよし、偉い偉い」

 頭を撫でてやった。

 イアナ嬢の顔が真っ赤になる。

「ちょ、あたしを子供扱いしないでよね」
「おっと、嫌だったか」
「むぅ」

 イアナ嬢がすげぇ目つきで睨んできた。

 わぁ、そんな怒らなくてもいいだろ。

 て、それどころじゃないな。

「イアナ嬢、上位鑑定で何が起きているかわからないか?」
「えっ」
「結界が張られているかどうかはともかく、何かがあればそれを見つけられるかもしれない。仮に結界内に騎士たちが閉じ込められていたら早く助けないと手遅れになりかねない」

 俺の話を聞いているうちにイアナ嬢の表情がどんどん硬くなった。

 彼女は遠目に騎士団の詰め所の方を見つめ、しばし黙り込む。

 その目が大きく見開かれた。

「ジェイ、これ魔物の仕業じゃないわ」
「魔物、じゃない?」
「ええ」

 彼女はクッキーの布袋の口をぎゅっと握った。

 ブツブツと呟きながら詰め所の方へと引き返し始める。呪文の詠唱だとは理解出来るが何の呪文かまでは判別つかない。小声だしな。

 俺も彼女の後を追った。

「おい、じゃあ何の」

 仕業なんだ、と訊こうとしたところでイアナ嬢が魔法を発動させた。

 見えない壁に干渉するように光の粒子がイアナ嬢の前で飛び散る。結界を破壊するというより穴を開けて侵入するといった感じだった。

 恐らくこれは破壊するのが困難な結界なのだろう。それでも入り込めるだけの穴をこじ開けられるイアナ嬢の実力は大したものだと思う。さすがは次代の聖女様。

「あんまり長く開けていられないから早く入って」
「お、おう」

 先行したイアナ嬢に急かされながら先に進むと違和感があった。

 急に耳が遠くなったというか不自然に周囲の音が聞こえ難くなったのだ。それに野次馬たちの姿は見えるのに彼らの声が聞こえない。

 どういうことだ?

 疑問を浮かべながら飛んできた何かを躱した。

 うわっ、折れた剣先かよ。危ねぇなあ。

 剣先の飛んできた方を見ると消えていた騎士団の連中が武器を手に魔物と戦っていた。数人が倒れているが死んでいるかどうかは不明だ。

 ただ、首が不自然な方向に曲がっていたり胸に風穴が空いていたりしている者は絶望的だろう。あれで生きていたらそっちの方が怖い。

 そして騎士団が対峙しているのは……。

「グレーターリザーティコアか」

 俺も実物を目にするのは初めてだった。

 前に読んだ本によるとグレーターリザーティコアはリザーティコアの上位種で、体の大きさが二回り以上のサイズになるだけでなく素早さや攻撃力も数倍に跳ね上がるらしい。さらにブレスや魔法も使ってくるとか。わあ怖い。

 モンスターランクはA。

 凄腕の冒険者でも複数パーティーでの討伐が推奨されている危険な魔物だ。いくら王都の騎士でもこいつには手こずるだろう。実際手こずってるみたいだしな。

 騎士の一人が剣を振りかぶりながらグレーターリザーティコアへと突撃した。

 一閃するもグレーターリザーティコアの分厚い皮膚に阻まれる。むしろ体勢を崩した騎士にグレーターリザーティコアの尻尾が襲いかかった。その先端にはサソリの毒針がある。もちろん猛毒だ。

 騎士は避けられなかった。

 吸い込まれるように毒針が騎士の胸へと突き立てられ……。

「ウダァッ!」

 俺の放ったマジックパンチが間一髪間に合った。サソリの尻尾の先端ごと毒針を粉砕する。

 ファストに腕輪の改良をしてもらっておいて本当に良かった。赤の他人だけど目の前で死なれるのは気分悪いしな。

 戻ってきた左拳が手首に接合したタイミングでダーティワークを解除。

 俺は再度腕輪に魔力を流す。

 負傷している騎士の数を視認して次の能力を発動させた。

「スプラッシュ」

 発射した水球は空中で人数分に分かれた。寸分違わぬコントロールで全員に着弾していく。

「おおっ、傷が癒えた」
「これならまだ戦える」
「第三と第四班は悪魔を討て。それ以外でこのままこいつを片づけるッ!」

 回復した騎士たちが活気づいた。
 
 
 
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