第200話 俺、悪魔に助言される

文字数 4,505文字

 悪霊退治のための情報を得ようと冒険者ギルドの資料室に行ったら見知った顔がいた。

 魅惑の悪魔コサック(冒険者の時はサック)。

 メラニアの配下の悪魔である。


 *


「いやぁ奇遇だねぇ。まさかこんなところでジェイと会えるとは思わなかったよぉ」

 コサック、いやサックがニコニコしながら両腕を広げる。

 抱きつこうとしてきたのを俺はさっと避けた。

 空振りした両腕をサックが苦笑いしながら見つめ、こちらに向いた。

「もう、ジェイは酷いなぁ。おいらジェイの親友なのにこの扱いかい?」
「何が親友だ」
「うーん、そこは意見の相違かなぁ」

 サックがずれたシルクハットを整える。

 その間に俺を除いた全員が彼を取り囲んだ。サックの正面にニジュウ、右にシュナ、左にジューク、そして背後にイアナ嬢である。

 イアナ嬢が両手を腰に当ててクイックアンドデッドの構えをとった。

 シュナが鞘から聖剣ハースニールを抜いた。刀身にスパークが走る。

 ジュークが万能銃のバンちゃんに魔弾を装填した。その表情は闘志に満ちていたが、相手が誰かよくわかってない様子だ。まあ初対面だしな。

 ニジュウが魔力操作でドラゴンランスのドラちゃんを空中待機させた。ピンク色のファンシーな弓を構え魔力の矢を生み出す。狙いはサックだ。

「ええっ、おいらまだ何もしてないのにぃ」

 四方から殺意を向けられサックが眉をハの字にする。

 イアナ嬢が応えた。

「何かされる前に討つに決まってるでしょ。あんた馬鹿なの?」
「何もしないよぉ」
「君のことはジェイとグランデ伯爵令嬢から聞いてるよ。ここに来たということは何かあるってことだよね。何もなければ来ないでしょ」

 シュナが指摘する。

 呼応するように聖剣ハースニールがスパークを強めた。

 銃口をサックに向けたジュークが俺に尋ねてくる。

「ジェイ、こいつ誰?」

 ニジュウも俺に質問してきた。

「ジェイ、こいつ殺っていい?」

 質問しつつもドラちゃんの穂先をサックに突きつけている。おっかないお子様である。実年齢十五歳の成人だけどな。

「ちょ、ちょっとジェイ、この子何とかしてよぉ。ものすっごい問答無用感があるんだけどぉ」
「知らん」
「親友を見捨てるのぉ?」
「親友じゃないし」
「ジェイ、おいら泣きそう」
「じゃあ泣け。ついでに死んでくれ」
「ううっ、おいらって可哀想」

 シクシクシク……とわざとらしい動作でサックが涙を拭った。嘘泣き感がハンパないな。

「ジェイ、一応訊くけど本当に敵認定でいいんだね?」

 シュナが確認を求めてくる。

 俺はうなずいた。

「ああ。あと油断するなよ。こいつは精神操作が得意だ。前にも冒険者を操って俺たちを襲わせている」
「へぇ」

 シュナが聖剣ハースニールを構え直した。

「ますます後手に回る訳にはいかなくなったね。僕たちの誰かを操られる前に斬ってしまわないと」
「あわわわわわ」

 聖剣ハースニールの刀身がスパークを強め、サックがあわあわしだす。おお、ビビってるビビってる。

 つーか、シュナもこいつと遭うのは初めてなんだな。

 あ、そっか。

 俺がサックと最初に会った時、シュナはいなかったんだっけ。ザワワ湖の時はもうシュナとは別行動だったし、その後もラボの大実験場での対マリコー・ギロック戦までシュナ抜きで戦っていたんだから。

「あわわわわわっ、こ、こんなことならケチャと一緒に来るんだったよぉ。本当にただ調べ物をするだけの簡単なお仕事だったのにぃ」
「調べ物?」

 俺が興味を示すとサックが懇願した。

「知りたいなら教えてあげるよぉ。だからこれ何とかしてよぉ」
「ジェイ、これもこの悪魔の罠かな? 僕たちを油断させようとしてる?」
「そんなことしてないよぉ」

 目つきを鋭くさせるシュナ。

 サックが半泣きだ。

「……」

 俺はサックを見て、それからシュナたちを見た。

 サックに精神攻撃をした様子はない。

 シュナたちにも攻撃を受けた感じはしなかった。まあこの面子がそうそう精神を操られたりはしないと思うが。

 俺は言った。

「よし話せ」
「せめて武器を向けるのを止めさせてよぉ」
「……」

 めんどい奴である。

 俺は仕方なく皆にうなずいた。

 四人が武器を引っ込める。

 すかさずサックが逃げ出そうとした。

 ジュークとニジュウの間を擦り抜けて俺がいる戸口方向へとダッシュしてくる。

「……」

 やっぱこうなるか。

 俺は銀玉を収納から出し、サックの顔面に投げつけた。

「ウダァッ!」
「おごぉっ」

 真正面から銀玉をぶつけられたサックが顔を両手で覆いながら床に転がる。何だかやけに弱いぞこいつ。

 まあこいつ自分で戦わないタイプだからな。そういうのは弱いってのが相場だ。

 とか俺が思っていたら。

「もうっ、ジェイは酷いなぁ。おいら本当に何もしてないのに」

 サックが起き上がって顔を覆っていた両手を外した。

 その顔に銀玉のダメージはない。無傷である。

「化け物め」

 シュナが低く唸る。

「悪魔はその核となる魔石を破壊しないといけないんだったわね。いいわ、ぶった斬ってあげる」

 イアナ嬢。

「バンちゃんで蜂の巣にする。こいつ嫌い」

 ジューク。

「逃がさない」

 ニジュウ。

 四人とも殺る気満々だ。

 俺はサックから目を離さずに告げた。

「だ、そうだ。どうする? 抵抗しなければ多少は楽に死ねると思うぞ」
「おいら死ぬ前提なんだぁ」
「お前は放っておくと何をするかわからんからな」

 俺は左拳をサックに向けた。

 マジンガの腕輪に魔力を流す。

 チャージ。

「カセイダー伯爵の娘に取り憑いた悪霊の情報とかあるんだけどなぁ。聞きたくないかなぁ」
「!」

 俺はマジックパンチの発射を保留した。いつでも撃てる状態をキープしたまま尋ねる。

「何故そんなことを知っている?」

 ニヤリ。

 サックの口の端が上がった。

「知りたい?」
「いや、別にどうしてもって訳じゃない」

 俺はマジックパンチを発射した。

 轟音とともに左拳が放たれる。

「うわっ」

 サックが慌てて被っていたシルクハットを持って盾にした。

 拳がシルクハットに命中した刹那、青白い光が明滅する。

 衝撃波が俺を襲った。

 いや俺だけでなくシュナたちも衝撃波に巻き込まれた。

 資料室の本棚が倒れ無数の資料が散らばった。

 埃が舞い、あたりをうっすらと白く染める。あんまり掃除は行き届いていなかったようだ。

 サックの声。

「ふぅ、これすっごく魔力消費するからぁ、連発できないんだよねぇ。でもまあ何とかなったからいいかぁ」
「……」

 クソッ!

 サックの奴、こんな隠し玉を持っていたのか。

 なら、あのままシュナたちに攻撃されていても防いでいたかもしれない。

 やっぱりこいつは油断ならん。

 資料室の騒ぎを聞きつけたからか幾つもの駆け足の音が近づいてきた。あの怒鳴り声はギルドマスターの声だな。

「あちゃー、やっぱ誰か来ちゃうよねぇ」

 呑気なサックの声。

 埃の舞う中でサックがシルクハットを被り直す姿がシルエットとして見えた。小さな子供なら喜びそうな影絵のようだ。

「ジェイ、たとえ魔力を帯びた武器や魔法で攻撃してもあの悪霊には無意味だよぉ」

 サックが何を思ってアドバイスしてくれたのかは俺にもわからない。

 ひょっとしたらこれも何かの罠かもしれないしそうでないのかもしれない。

「この街の教会で『グラミーの魔女』を調べてみなよぉ。きっと面白いことがわかるよぉ」
「……」

 案外、サックが俺のことを親友だと思っているのは本当なのかもしれない。

 そんなあり得ないことをほんの少しだけ思ってしまった。

「……」

 ま、こんなのただの気のせいなんだろうけどな。うん、気のせい気のせい。

 だって、俺と奴は敵同士だぞ。

「うおっ、何だこりゃぁっ! おい、お前らこいつはどういうことだぁっ?」

 職員や冒険者たちを引き連れたギルドマスターが現れるなり大声を上げた。めっさうるさい。

 てか、これはもう調べ物どころじゃなくなるな。


 *


 ギルドマスターの部屋に連行された俺たちが事情を説明すると彼は腕組みして低く唸った。

 なお、今回はギルドマスターが執務机についており、その前で俺たちは横一列に並んで立っている。右からイアナ嬢、ニジュウ、俺、ジューク、そしてシュナといった順だ。ギルドマスターが俺を真ん中(ギルドマスターの真正面)に指定し、さらに俺の両隣をギロックたちが譲ろうとしなかったためこうなった。ハゲの正面は頭が眩しくて迷惑なのだが我慢するしかないだろう。

 ギルドマスターがハゲをキラリとさせる。

「ったく、よりにもよって悪魔がいたなんてくだらねぇ言い訳するか? ここをどこだと思ってやがる」
「あ、やっぱ信じられませんか」

 そんな気してた。

 やむなしと思いつつ俺がそう応じると他の四人が口を開いた。

「あたし嘘なんてついてないわよ」
「ジューク、あいつ嫌い」
「次は逃がさない」
「うーん、確かに容易に信じられないかもだけど本当にいたんだから仕方ないよね。それにあいつ冒険者に化けていたらしいからここに入り込めてもおかしくないよ」

 イアナ嬢、ジューク、ニジュウ、そしてシュナ。

 ギルドマスターがフンと鼻を鳴らした。

「あくまでもそのくっだらねぇ言い訳するか。まあいい、悪魔がいたっつーんなら相応に魔力残渣も見つかるだろうよ。見つからなかったらどうなるかわかってんだろうなコラッ!」
「……」

 うん。

 処分されるよね。

 資料室を滅茶苦茶にしたんだし当然の処置だよね。

 わぁ、めんどい。

 俺が内心ため息をついていると部屋のドアがノックされた。

 ギルドマスターが乱暴に返事をすると一人の男性職員が入室してくる。

「ギルドマスター、簡易検査の結果をお持ちしました」

 彼は一枚の羊皮紙を提出すると足早に退室した。

 その羊皮紙に目を通したギルドマスターが忌々しげに舌打ちする。

「ちっ、マジかよ」

 その悪党面が八割増しに凶悪になった。

「ハミルトン」
「はい」
「そいつはここで調べ物をしに来たんだよな? 何を調べてた?」
「すみません、聞く前に戦闘になりました」
「んだよ、使えねぇな」
「……」

 口答えしても良いことなさそうなので俺は黙っておく。

 でも他の四人は違った。

「あによ、あたしたちが追い払わなかったらあいつ図に乗って何していたかわからないわよ」
「ジューク、あいつ嫌い」
「あいつジェイの親友面してた。超ムカつく」
「いやあの時はそれどころじゃなかったし。とても悪魔から情報を引き出す暇なんてないよ」

 イアナ嬢、ジューク、ニジュウ、そしてシュナ。

 ギルドマスターが片眉を上げた。

 俺たちをしばし睨み、また舌打ちする。

「しゃーねぇ、気に入らねぇが悪魔を撃退したってことでこの件については処分を考慮してやる」
「!」

 おっ、こいつはラッキー。

 資料室をあんな風にしてしまったんだし無罪放免はないかなぁって思ってたんだ。

 それが想定より軽く済みそうだぞ。

 ……とか油断こいてたら。

「いいか、これ一つ貸しだからな」

 ギルドマスターが邪悪に笑んだ。


 なお、この後ぐっちゃぐっちゃになった資料室の整理と清掃をする羽目になった(職員の助力付き)。

 夜中まで終わらなかったよ、トホホ。

 おのれサック!
 
 
 
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