第37話 俺はおやつ(?)を受け取った。オレンジ味は

文字数 3,089文字

 アーワの森に行くためにノーゼアの街の東門へと向かうと巨大な門を背にしたお嬢様が立っていた。すぐ傍には険しい顔つきのそれでいてどこか億劫そうなシスターキャロルがいる。

 俺たちに気づいたのかお嬢様の方から駆け寄ってきた。

「良かった、間に合いました」

 安堵の表情を浮かべるお嬢様。可愛い。天使。

 後ろに控えるシスターキャロルが絶対零度の微笑みだが気にしない気にしない。

「教会に来た冒険者の方から第三王女の件を聞きまして、ひょっとしたらジェイたちも引き受けるのではないかと思って待っていました」
「そうなんですか」

 実は冒険者ギルドではなく領主のオルトン辺境伯から受けた依頼なんだが。まあ、細かいことはいいか。

「ジェイとイアナさんだけなんですか? 雷の剣士さんは?」

 シュナがいなかったためかそう訊かれた。

 俺は肩をすくめる。

「今回はパスだそうです」
「えっ。じゃあこれ別イベント?」
「……?」

 言ってる意味がわからず俺は首を傾げた。

 別イベントってなんだ?

 イアナ嬢も頭の上に疑問符を浮かべている。

 お嬢様が思案するように腕組みした。小声でぶつぶつ言い始める。

「どういうことでしょう? てっきり雷の剣士さんとメラニアさんの再会イベントに繋がるクエストだと思ってたんですけど。これだと剣士さん抜きで進んでしまいますねぇ」
「あの、お嬢様」
「王妃エンドではなく聖女エンドを狙ってると踏んでいるのですがそれも違うと? いやもちろんまだ別エンドの可能性もありますがここまで展開していると……」

 あれだ。

 これ、しばらく戻ってこない奴だ。

 とか思っていたら。

「ま、それは後で対策を考えるとして。とりあえず出発前に二人は捕まえたんですから良しとしましょう」

 あ、戻ってきた。

 というかあれ?

 捕まえたとか言われてるぞ。

 何事?

 俺はイアナ嬢と目を合わせた。なぜか彼女の顔が赤くなってそっぽを向かれる。あれ?

 やや声を上ずらせながらイアナ嬢が訊いた。

「あ、あたしたちに何か御用ですか?」
「ええ、あの森はとても危険だからいくつか渡したくて」
「はぁ」

 お嬢様は修道服の袖口から布袋を取り出した。

 てか、もう人目をはばかるつもりもないんですね。

「まずはウマイボーの改良版。ハチミツ味とオレンジ味を作ってみました。ハチミツ味の方は精神安定効果、オレンジ味は毒消し効果があります。それとコーン味とチーズ味も効果を強めてみましたのでおやつ代わりにどうぞ」
「……ありがとうございます」

 おやつ?

 もうこれ、ポーションの代用品じゃね?

「あとレーズン入りのクッキーもありますので。そちらは普通のおやつとして食べてください。変な期待をしても何の効果もありませんよ」
「少し疲労回復したり痛みが軽減されるみたいですけどね」

 ぽそりとシスターキャロル。

 おいおい、こっちもただのおやつじゃないじゃん。

 俺は自分の頬が引きつるのを自覚した。

「オレンジ味のウマイボーの毒消し効果は前もって食べておけば一時間くらい持続します。その後は時間経過とともに効果も弱まりますのでタイミングを見計らいつつ食べることをおすすめしますよ」

 きりっ、と音がしそうなほど急にお嬢様の顔が真剣になった。

「中ボス……じゃなくて森の奥で魔力反応の大きな敵に遭遇しそうになったら迷わずオレンジ味を食べてくださいね。あとマジックパンチは意外と基礎魔力消費が激しいので多用は控えてください」
「あ、はい」

 気圧され俺も声が上ずった。

 お嬢様がマジだ。

 それとこれを、とお嬢様がまた修道服の袖口から何かを取り出した。

 サファイアが填まった銀の指輪だった。

「イアナさんに」
「あ、あたしに?」
「急ごしらえだったんでシンプルなデザインになってしまったんですけど、毒と呪いと精神操作に対しての強い耐性を付与しておきました。最悪飲み込むくらいの覚悟で常に身に付けておいてください」
「……えっと」

 何であたしに?

 そんな言葉を発しそうな表情でイアナ嬢が目を瞬かせる。

 お嬢様は指輪をイアナ嬢に握らせた。

「できるだけジェイから離れないでくださいね。ジェイ」
「はい」
「イアナさんを頼みますね。しっかり守ってください」
「……はい」

 いや、俺が守りたいのはイアナ嬢ではなくお嬢様なのだが。

 つーかイアナ嬢は俺がいなくても一人で身を守れそうなんだよなぁ。結界とかも得意だし。

「帰って来たらマジックパンチをアップグレードしましょうね。ジェイたちのいない一週間の間に作りかけのもう一個の腕輪も完成させますので」
「……」

 やっぱもう一個も作っているのか。

 まあ、左右でマジックパンチを撃てれば連射もできるかもだしなぁ。

 拳を撃ったときに両手首の先がめっちゃ不安な状態になるのがちょっと……いやかなりアレなんだが。

 これ、拳を飛ばすのではなく、拳から魔力弾を撃てるようにするとかにできないか?

 あ、はいそうですね。

 余計なこと言ってさらにおかしな改造とかされたら今以上に不穏な拳になってしまいますよね。

 うん、お口チャックしよ。

「……」

 ん?

 俺はふと気づいた。

 俺たちの帰ってくるのが一週間後?

 いやいやいやいや、そんなに長くノーゼアの街を離れるつもりはないぞ。

 あれ?

 ノーゼアからアーワの森まで行ってその奥でクースー草を採取して帰って来てもそんなにかからないよな。

 仮にトラブっても三日で戻れる自信があるし。

 何事もなければ早くて今夜には帰れるだろうし森で一泊しても明日の午後にはノーゼアの街に入れるはず。

 それが一週間?

「ふふっ、邪魔者もいませんしジェイと二人っきりですねぇ」
「そんなっ、べべべ別にそういうの全然違いますから。あたしはこんな奴何とも思ってませんから」
「ジェイはあれで押しに弱いのですよ。それで他のメイドたちからもあれやこれやと……」
「あら、さすがキャロ、詳しいのね。それじゃ、マルソー夫人の件も知ってる?」
「もちろんです。おや、イアナ様、お顔が凄いことになっておりますが大丈夫ですか? 出立前にお倒れになられたら大変ですし、どこかでお休みになられたらいかがですか。何ならジェイにお姫様抱っこで運ばせますが」
「……いえ、平気です」

 俺が疑問に思っている間にイアナ嬢がお嬢様たちと話をしていた。

 赤面したイアナ嬢をニヤニヤした顔のお嬢様と一見すると無表情だがよく見ると口の端を僅かに緩めたシスターキャロルが小声で揶揄っている。女子トークっぽいので俺は聞かない方がいいだろう。

 てか、うん。聞こえてないってことにしよう。そっちの方が平穏そうだし。

 ……にしてもあのメイドたちには参ったよなぁ。あれ下手したら女性恐怖症になっていたぞ。

 しかも武闘派集団だし。あ、これは親父のせいか。

 うん、ライドナウ家の使用人が武闘派なのは筆頭執事の親父のせい。そんなんだから王族に謀反を疑われるんだよ。

 あとマルソー夫人には二度と関わりたくない。あの人はもうお腹一杯です。

 苦い記憶を遠くに押し退けているとイアナ嬢が俺の腕を引いた。

「ほ、ほら、ぼうっとしてないで行くわよ」
「お、おい。そんなに引っ張るな。えっと」

 お嬢様がにこにこしながら小さく手を振って見送りをしてくれていた。むっちゃ可愛い。天使すぎる。

 その脇のシスターキャロルの無表情との対比が酷いなおい。でもお嬢様が可愛いからいっか。

「お嬢様、行って来ます」
「はいはい、行ってらっしゃい」

 あ、これいいな。

 そんな呑気なことを考えながら俺は出発した。

 よし、超特急でクースー草をゲットだぜッ!

 明日までにはノーゼアの街に帰るからな!
 
 
 
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