第168話 俺、もしかして要らなくね?

文字数 3,634文字

「見つけたよぉー」

 ジョウイチロウの腰に差したままの小刀、いやパンちゃんが間延びした声で告げる。

 別に俺が何かした訳でもないのに物凄く罪悪感を覚えてしまった。だって、めっちゃ眠そうで可哀想だったんだよ。

 しかし、そんなパンちゃんにドンちゃん(大きい方の刀)がさらに仕事を押しつけた。容赦ないな。

「よしっ、じゃあ一っ飛びして仕留めてこいっ!」
「ええーっ、無理だよぉ、。眠くてそれどころじゃないよぉー」
「ちっ、使えねぇな。ジョウ、仕方ないからお前がやれ」

 ご指名を受けたジョウイチロウが眉尻を下げた。

「駄目だよ、。僕はルールがあるからボスキャラへのラストアタックを禁じられてる」

 ちっ、とドンちゃんがまた舌打ちした。。

 刀の姿でどうやって舌打ちしたのかは謎だが、まあそのあたりはご都合主義的な力が働いているのだろう。気にしたら負けだ。

 俺は尋ねた。

「で、ラ・プンツェルはどこだ?」
「あっちだよぉー」

 小刀が鞘をくいっと曲げてこちらに向かってくる一群とは逆方向を指した。

 その方向には敵影はなく、ただただ空が広がっている。雲一つない実に清々しい青空だ。

「……」
「いるの?」
「俺様に訊くな」

 俺、ジョウイチロウ、そしてドンちゃん。

 俺にはラ・プンツェルがいるのかわからなかったしどうやらジョウイチロウとドンちゃんもわからなかったようだ。

「ニャー(あぁ、よーく見るとそれっぽいもんがいるような気がするな)」
「マジか」

 俺、ショック。

 わぁ、黒猫に見えて俺には見えないのかよ。

 めっちゃ負けてるじゃん。

「え、敵はあっちでしょ。何明後日の方を見てるのよ」

 俺たちの話を聞いていなかったらしくイアナ嬢が怪訝な表情をした。

 面倒だがここはきちんと教えておくことにしよう。

「あの連中は雑魚だ。本命(ラ・プンツェル)はあっち(と何もない空を指差す)。どうやら隠蔽で姿を隠しているみたいだぞ」
「へぇ」

 と、イアナ嬢は何もない空に向かって両手を腰の位置に構えた。

 おい、それは……。

「クイックアンドデッド!」

 両手を突き出しながら叫ぶイアナ嬢の声に合わせて四つの光が飛翔する。

 阿呆か。

 ちゃんと見えてない上に距離も高度もあるんだぞ。

 当たる訳ない……。


 斬。


 四つの光が空で交差したかと思うとその中心にヒビが走った。

 女の物と思しき細い右腕が肘のあたりから切断されて落ちてくる。ドレスの右袖のおまけ付きだ。

「惜しい、もうちょっとずれていれば」
「……」

 イアナ嬢。

 やっぱお前「ぶった斬り聖女」だよ。

 あれきっとラ・プンツェルが右腕で防御しようとしたんだろうな。

 右腕を犠牲にして防いでなかったら首飛んでたぞ。

 恐ろしいな。

 イアナ嬢に対してつくづく敵でなくて良かったと思っているとヒビ割れた空に右腕を失ったラ・プンツェルが現れた。

 遠目だがその表情が怒りに歪んでいるとわかる。

 そりゃ、余裕こいて隠れていたらいきなり攻撃されて首を斬られそうになったんだから怒りたくもなるか。やむなし。

「よ、よくも妾の右腕を……おのれ」

 後頭部から無数の触手が伸びた。先端に一つ目がある気色の悪い触手だ。まあ、気色の良い触手というのもアレではあるが。

 その触手の先端が一斉に俺たちに向く。

 そう、俺たちに。

「……」

 て。

 おいおい、やったのは俺じゃなくてイアナ嬢だぞ。

「あの光線は厄介よねぇ」

 イアナ嬢が何層にも重ねられた分厚い板状の結界を張った。結界ではなく障壁と呼ぶべきかもなのだが今はそれどころではない。

 これなら光線を止められ……わぁ、ブチ抜かれた!

 足下に光線が届いてじゅわっと地表を融解させる。やばい、やば過ぎる。これ食らったら絶対死ぬぞ。

「うーん、板状なら盾のようにして守りつつ攻撃できそうだったのに。上手くいかないわね」
「阿呆か。実践中に実験するな!」

 一つ間違えれば死ぬぞ。

「でも防御結界じゃこちらから攻撃できないじゃない」
「どちらにしろお前の結界じゃ撃ち抜かれるだろうが」
「わあ、それ言ったらお終いでしょ。ジェイの馬鹿!」
「馬鹿に馬鹿って言われたくねぇ」

 連射される光線を逃げまくる俺とイアナ嬢。

 案外、身のこなしだけでも何とかなるものである。

 そして、安全圏に退避して俺たちを見守る頼もしくも愉快な仲間たち。てめーら後で憶えてろよ。

 あ、でもジョウイチロウ(と二匹)だけは最初の一群と交戦中だ。

 俺より身体の動きがいいし攻守に無駄がない。

 雑魚どもの大半は俺がランドの森で倒したフォレストウルフ(やけにでかい)で森にいたのとは異なり背中からコウモリの羽根を生やしていた。違いは羽根の有無なのだがこいつらは別の魔物なのだろうか?

 狩人も数名おり、こちらは全員血走った目をぎらつかせている。正直めっさ怖い。これまでの人生のお陰で魔物よりこういう連中の方が危ないのだと俺は学習しているのだ。

 俺の親父とマルソー夫人には感謝するべきなのだろうな……すげぇもやもやするが。

 それはさておき。

 一群の中に金色の髪に黒いローブのケチャたちがいるのだが。

 王都で俺が戦ったピンクケチャのように何体も揃っているのは……あれか、これはもうそういうものだと思うことにした方がいいのか。

 ええっと、とりあえずあいつら何て呼ぼう?

 ゴールドケチャ? それともブラックケチャ?

 俺が悩んでいるとドンちゃんが叫んだ。

「何匹いてもなぁ、てめーらケチャリムビホルダーは俺様の敵じゃねぇんだよッ!」

 ジョウイチロウが刀を振るうと剣撃が飛んでケチャもどきを両断した。

 その攻撃は一体のみでなくその後ろにいた他の数体のケチャもどきをも斬り捨てていく。

「……」

 うん。

 これ、ケチャもどきが弱いんじゃなくてドンちゃんが凄いんだよね。

 いや、この場合ドンちゃんは武器(刀)なんだからそれを使っているジョウイチロウが凄いのか?

 別のケチャもどき(もうこの呼称でいいや)が頭の左右に魔方陣を展開させて中から触手を伸ばしてくる。

 触手の先には赤々と光る一つ目。

 その一つ目が光を増し、赤い光線を発射する。

 左右同時の光線攻撃がジョウイチロウを襲うが……命中せずに途中で消えた。

 パンちゃんだ。

「もぅ、眠いのにぃー、静かにしてよぉー」

 ジョウイチロウを守るように見えない壁が展開していた。肉眼では視認できないが魔力探知でなら判別できる、そういう類の魔法障壁だ。

 結界の一種なのだろうが俺の知る魔法とはどうやら毛色が違うようだ。

 まあ、シュナと一緒に居るラ・ムーが無茶苦茶な雷を操っている訳だしパンちゃんも似たようなことをしているのだろう。

 ご都合主義にいちいちつっこんでいても疲れるだけだ。

「眠りの邪魔するならぁ、許さないんだからねぇー」

 パンちゃんがそう宣言すると見えない壁から幾筋もの光が放たれる。

 普通に見たら何もない位置から光が発射されたように見えただろう。

 その攻撃でジョウイチロウを囲んでいた敵はもちろん離れていた敵も消滅した。

 圧倒的だった。

 ジョウイチロウは認めていないが「暴食のラ・ドン」と「怠惰のラ・パン」の凄さに俺はごくりと唾を飲み込んでしまった。

「ねぇ」

 イアナ嬢。

「あたしたち要らなくない?」
「言うな、俺まで虚しくなる」

 つーか、眼前にあれの元同類(?)がいるのだ。

 テンション下げている場合じゃないぞ。

 ラ・プンツェルが空中からこちらを睨んでいる。

 悪魔の顔を模したサークレットの目が妖しく赤く光った。

「妾の右腕の代償は高いぞ」
「……」
「べ、別に脅したって恐くないんだからねっ」

 俺が横目でイアナ嬢を見ると彼女は顔を青くしていた。

 イアナ嬢。

 十分恐がってるじゃねーか。

 威圧されてんじゃねぇぞ。

 ラ・プンツェルが後頭部から伸びた触手を俺たちに向ける。

 魔力をチャージするかのようにラ・プンツェルの殺意が膨らんでいった。触手の先端にある一つ目も赤々と光を強めていく。

 やばい。

 直感で俺やイアナ嬢の結界では防げない攻撃が来ると理解した。

 ならば下手に防御しようとせず逃げの一手なのだがそれもしくじりそうな気がする。

 どうしたものか。

「後悔する暇もなく滅ぶが良い」

 一斉に光線が放たれる刹那。

 ぐおん。

 周囲の空間ごとラ・プンツェルが歪んでぐにゃりと回転した。

 ゆっくりと周りながらラ・プンツェルと周囲の空間が小さくなっていく。巻き込まれていない空間との境がどうして普通に見えるのかは謎だがきっとこれも何かのご都合主義的な力が働いているのだろう。だから俺はあえてつっこまないぞ。

 それより。

「ふふっ、このワルツちゃんの隠蔽に気づかないなんてとんだお間抜けさんね」

 空間から滲み出るように現れた彼女は箒に股がった格好で上機嫌に言った。

「疾風の魔女ワルツちゃんはそう簡単に滅びたりしないんだからね♪」
「……」

 こいつ、またキャラが変わってないか?

 俺はつっこみそうになるのをどうにか堪えた。

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