第85話 俺は距離感を絶対に間違えないようにしようと心に決めた

文字数 3,657文字

 あてがわれていた部屋に戻った俺たちを待っていたのはポゥとファストだった。

 ローテーブルを挟んで向き合っている。

 まあ正確にはポゥがローテーブルの端にいるのだが。

 ファストはソファーに寝転んでいます。そりゃあもうくつろいでいることくつろいでいること。まるでこの部屋の主のようですね。

 ローテーブルの上には何かの盤。いやこれどっかで見たぞ。

 どこでだっけなぁ。

「あ、これエミリアさんの教会にあったリバーシ」
「……」

 うん。

 そうだね。そういやちょっと前にお嬢様が暇潰しにいいからって作ってたね。
 試しにブラザーラモスと対戦したらやたら強くて一度も勝てなかったってお嬢様がぼやいていたね。

 つい遠い目をしてしまったよ。

 盤上には白と黒の駒があって白が大半を占めていた。四隅も白に取られている。

 ああ、これ黒はもう駄目だな。

 つーかファストとポゥでやってるのか? 精霊王なんだから少しは手加減してやれよ。

 とか思っていたらポゥに不満そうな目で睨まれた。何故だ。

「えっと」

 言い難そうにイアナ嬢が指摘する。

「もしかしてポゥちゃんが白?」
「……」
「ポゥ」

 ファストが目を逸らし、ポゥが得意気に鳴く。

「……」

 イアナ嬢が苦笑したまま固まった。

 ファストが無言で収納を使いローテーブルの上を片づける。

 目を見開くポゥ。しかしもうリバーシの盤はない。

「わぁ、ひでぇ」
「ポゥッ!」

 俺とポゥが批難するがファストは素知らぬ顔だ。最低だな。

「あーその何じゃ」

 ファストが明後日の方向を向きながら咳払いした。

「お主らの銀玉と円盤を作ったのでな。持ってきてやったのじゃ」
「ああ、そいつはすまないな」
「あ、ありがとうございます」

 ネンチャーク男爵(悪魔ジルバ)との戦いの後、俺とイアナ嬢は臨時クエストの報酬として大量の経験値と熟練度をゲットしていた。

 その結果俺たちはオールレンジ攻撃を進化させてそれぞれ「サウザンドナックル」と「クイックアンドデッド」を使えるようになっている。

 オールレンジ攻撃に用いる専用魔道具には特殊な素材が必要だ。そのため俺はファストにミスリルゴーレムから得たミスリルのほとんどを追加で渡し作成を依頼していた。

 なお、俺の分だけではなくイアナ嬢の分も頼んでいます。一応パーティーの仲間だしね。

「次代の聖女の円盤はそうでもなかったがお主の銀玉は手間じゃったのう」
「銀玉を作るのなんて一瞬なんだろ? さして手間でもないだろうに」
「お主、同じ物ばかり900個も作るのじゃぞ。幾ら一瞬とはいえそんなもの飽きるわ」

 ファストにジト目で睨まれた。

 受け取った銀玉と円盤をそれぞれ収納する。

「さて」

 俺は一息ついて言った。

「クースー草の報酬も貰ったし、ノーゼアに帰るか」
「そうね」

 イアナ嬢が首肯した。

「あたしがここにいるって知ったら突撃して来そうな連中もいるでしょうし。うるさいのが来る前におさらばするべきよね」
「そんな連中がいるのか?」

 ケチャたちのことが頭をよぎるが俺はすぐに否定する。

 たぶん当面はあいつらがイアナ嬢を狙うことはないだろう。

 絶対にないとは言い切れないが可能性としてはかなり低まっているはずだ。

 あいつらは……いやメラニアは聖女になる以上のことを望んでいる。

 目的のエンディング。

 これが何かはわからないがただ聖女になるということだけではないだろう。

 悪魔討伐の件でもイアナ嬢の存在を利用するようだし、そんな中でイアナ嬢を暗殺したらどんな不利益になるかメラニアだってわかっているはずだ。

 それにイアナ嬢だってパワーアップしている。そう簡単には殺られないぞ。

 コンコン。

 ドアをノックする音に俺とイアナ嬢は顔を見合わせた。

 誰だ?

 この時間に予定はないわよね?

 無言で疑問を交わしつつも来訪者を出迎える。

 栗色の髪の気弱そうな侍女さんがいた。初めて見る顔だ。

「あ、あの、急で大変申し訳ありませんが……」
「騎士しゃま」

 可愛らしい声が侍女さんの背後から聞こえた。

「……」

 てか、噛んでたよな?

 声の主が顔を赤くしている。

 ちらちらと上目遣いでこちらを見てくる姿はちょっとそっちの趣味がある奴ならイチコロに違いない。

 俺もちょいやばかったのは内緒だ。

 あ、でもロリコンじゃないからな。

 て。

 俺は廊下に出て周囲を見回した。

 もちろん危険人物を探すためだ。

「……」

 いない。

 よ、良し。

 とりあえずトラブル回避。

「どなたかお探しですか?」
「ひっ」

 不覚にも小さな悲鳴を漏らしてしまった。

 何でこの人部屋の中から声をかけてくるんだよ。おかしいだろ?

 俺は振り向いてリアさんを睨んだ。

 泣き黒子が色っぽくてそそるけど姫様大好きすぎて全て台無しにしちゃってる闇の精霊王は俺の睨みなど意に介さずシャルロット姫を片手で抱き上げる。

 お姫様に優しく微笑んでからリアさんは栗色の髪の侍女さんに命じた。

「後は渡しがやります。下がってください」
「はい」

 栗色の髪の侍女さんはシャルロット姫と俺たちに礼をするとやや足早に立ち去った。何かに逃げるような感じだったけど……リアさんからか?

「あーあ、リアに内緒で離宮から抜け出したのに」

 シャルロット姫がぼやく。

 なるほど、侍女さんのあれはやはり逃げたのか。

「闇のは相変わらずじゃのう」
「ポゥ」
「そうね。迂闊に近づくと巻き込まれるからあたしたちは少し離れていましょうね」

 ファスト、ポゥ、イアナ嬢。

「うふふふふふふふ」

 黒いオーラこそないが微笑みがやたら不穏なリアさん。

 俺は悪寒を覚えながらも。

「な、何か御用ですか?」
「用がなければ来ては駄目ですか?」

 シャルロット姫の表情が曇る。

 その頭を軽く撫でてリアさんが言った。

「姫様に来るなと拒める愚か者などこの世にいませんよ。仮にいたとしても私が秒で滅ぼします」
「またリアはそういう物騒なことを言って……おかしな冗談はめっですよ」
「……」

 ん?

 ひょっとしてシャルロット姫はリアさんの正体に気づいてない?

 俺がそんなふうに思っているとリアさんがウインクした。

 おっと、これは予想的中か。

 でも異空間であんなにやらかしていたのにバレないもんだなぁ。

 すぐ寝ちゃったけどシャルロット姫が起きてた時間もあっただろうに。

「あやつ、よもや記憶操作をしておらぬじゃろうな」
「……」

 ファスト。

 めっちゃやっていそうで怖いよ。

 リアさんだからなぁ。

「騎士様」

 シャルロット姫がもじもじしながら。

「お礼が遅れてしまいましたが……わ、私のために特効薬の材料となる薬草を採って来てくれてありがとうごじゃいました」
「……」

 惜しい。

 あともうちょいってところで噛んじゃったよ。

 あーあ、そんなに赤面しなくてもいいのに。可愛いけど可哀想。

 いやこの場合可哀想だけど可愛いなのか?

 あと俺騎士じゃなくて冒険者なんだけど。

 ま、いいや。

 俺はシャルロット姫に笑いかけた。

「もったいないお言葉です。姫様が快癒されてこちらも大変嬉しく思います」
「……ジェイ」
「はい?」

 俺が応えるとシャルロット姫が口角を下げた。

 明らかに機嫌を損ねた口調で名を呼ばれ、俺も若干声が頓狂になる。

 え?

 俺、何か失礼なことした?

「姫様じゃなくてシャルって呼んでくだしゃい。わ、私も騎士様のことをジェイって呼びましゅから」
「……」

 すげぇ顔赤いけどこの子大丈夫かな?

 熱でぶっ倒れたりしないよな?

 ま、まあリアさんが抱いてるから倒れる心配はないんだろうけど。

 じゃなくて!

「ええっと、姫様にそんな呼び方をしたら不敬になるのでは?」
「私がしょれで良いと言っているんでしゅ」

 噛み噛みだな、とか思ったのは内緒にしてあげよう。

 それが大人の優しさってもんだ。

 それとリアさん。

 俺をそんな視線で射殺さんばかりに睨むのは止めてください。

 めっちゃ怖いです。

 ……て、うわっ。

 何か黒いオーラを出してきやがった。

 やばいやばい。

「姫様」

 にっこり。

「その者は野蛮で不定期収入で将来性の欠片もない冒険者ですよ。そんな裏通りの吐瀉物以下の存在相手に姫様が親しくする必要はありません」
「……」

 リアさん、そこまで言うの?

 酷くない?

 怒れ。

 わぁ、俺の中の「それ」が煽ってきたよ。

 まあ無視するけどね。

 リアさんみたいなやばい相手とやり合うなんて絶対に無理。

 死ぬから。

 命が幾らあっても足りないから。

 つーか滅ぼされかねないから。

 などと考えているとリアさんがふっと笑んだ。

 優しい声音で。

「まあ一応姫様の命の恩人ですからね。わかりました、姫様のお心のままにしてください」
「だそうでしゅ」

 シャルロット姫が嬉しそうに告げた。

 どうやら今後は「ジェイ」「シャル」と呼び合う関係になったようだ。

「……調子こいて彼氏面したら魂ごと滅ぼしますからね」
「……」

 リアさん。

 怖いよ。

 俺はシャルロット姫との距離感を絶対に間違えないようにしようと心に決めた。

 ま、俺はロリコンじゃないから大丈夫だけど。

 大丈夫だよな?
 
 
 
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